3.家
城を拠点にすると決めてからの行動は早かった。
魔法使いたちのとりまとめはわたしが、獣人たちのとりまとめはエドリムが引き受けたのだが、彼がこういうことに向いていたのは、正直、意外で、けれど同時にありがたいと思えた。
体力のある獣人たちは自前の足で山を越えたが、体力のないものや負傷しているものは、シェンの骨竜でわたしが一足先に城に向かい、その前庭につけた“魔法使いの印”を目印に魔法使いたちが転移魔法で運んだ。
麓から城へ登る道はところどころ脆くなり、ときには崩れてもいたが、魔法使いたちが応急処置代わりに魔法で土砂をどかし土を固め強化魔法で補強して、当面をやり過ごすことにした。本格的に直すとしても、春以降の話になるだろう。そのための人員をどうするか考える必要はあるが。
必要な物資や食糧はできるものが手を尽くし、さまざまな場所で調達して少しずつ運び込んだ。
そうやってどうにか体裁が整ってようやく腰を落ち着けられるようになったのは、あれからふた月近く過ぎたころだ。本格的な雪に閉ざされる前に、どうにか冬越しの目処も立ち、わたしたちは安堵の溜息を吐くことができた。
「これから、ここが、家になるんだ……」
城を見上げて誰かが漏らした呟きに、なるほど、そうか、これが家なのかとわたしも頷いた。
「あのまま冬を迎えていたら、状況は相当に厳しくなったでしょうね」
「そうだな。負傷者は半分くらいだめだったかもしれない」
自室と定めた部屋の暖炉に火を入れながら、エドリムとそんな話をする。
予想通り、あれからクラインリッシュはわたしたちを執拗に追いかけるようになり、北へ向かう途中に何度も戦いになった。どうにか凌いで山に逃げ込めたが、あと数度戦っていたら、恐らくもたずにバラバラに瓦解したままだったろう。
この城までついて来れたのも最初の6割といったところか。わたしたちから離れたものも、途中で脱落したものも多かった。最終的に残ったものは数にして約300。結構な人数だがその全員が城内にとどまっているわけでもなく、城周辺に居を定めたものもそれなりにいる。獣人たちはもともとこういう山中などに氏族単位で集まって住むことも多く、石造りの城内を窮屈に感じて嫌がるものは多いようだ。
「さて、これからのことですが」
城内のホールに集まったものたちを前に、ちらりとイーラに目をやってから口火を切る。
イーラとエドリムとともにこの集団に入って以来、だんだんと、わたしは魔法使いたちのとりまとめ役を、エドリムは獣人たちのとりまとめ役をこなすようになっていた。イーラは、そのどちらにも偏らないものとして間に立っている。この場に唯一の人間として。
最初はもちろん、人間がなぜという反発はあったはずなのだが、イーラはいつの間にか彼らに馴染んでいた。戦い続きだった環境のためか、彼の性格ゆえか、いつの間にか種族問わずなのはイーラらしいと思う。
「“陣”の情報を手土産に、ヴァルツフートからこの城の権利と後ろ盾を得ようと思います」
この城のあたりの山はクラインリッシュとヴァルツフートの国境に位置しているが、どっちに属しているのかは非常にあいまいだ。どちらでもないとも言えるし、どちらでもあるとも言える。
「これだけの数の魔法使いと獣人が揃っていますから、それなりに有利な条件で交渉できるのではと考えてます。わたしたちの手札があれば、十分、目的を果たすための援護をもぎ取ることはできるでしょう」
これまで、散々魔法使いたちや獣人の代表とも話し合った。シェンの持ち寄った異界の魔法の情報を渡すかどうか、渡す渡さないでどれだけの条件を引き出せるか……どちらにしろ、このままわたしたちだけで孤立していては先がないだろう、という結論に変わりはなかった。
「それで、誰を相手に交渉するつもりだ。まさか、国王本人か」
目を眇めてわたしをじっと見るシェンに、笑ってみせる。
「いえ、さすがに国王陛下本人に直接謁見を申し出て交渉できるほどの伝手はありません……が、繋ぎを取るには十分な伝手ですよ。前魔術師団長を勤め上げた魔法使いです」
少し考えるように、シェンがもうひとつ疑問を口に出した。
「魔術師団というのは、宮廷魔術師のようなものか?」
「魔法使いで構成された騎士団と例えればわかりやすいですか? 会うのは……100年ぶりくらいかと思います。探求心の強い魔法使いですから、きっとこの手土産にはしっかり食いついてくれるでしょうね。口は悪いですが、一応信用のできる魔法使いですし、悪くない相手です」
「ふむ……そこには私も同席したほうがよいのだろうか」
「いえ。あなたはここに残ってください。わたしとイーラで行きます。イーラにはこちらの代表として、わたしが彼を補佐するという形になります。」
なるほど、と納得するように、シェンは頷く。ヴァルツフートの前魔術師団長と聞いて心当たりのあるものもいるようで、あれか、と頷く姿がちらほらと見受けられた。
ただ、イーラだけは今ひとつ納得ができてないのか、自分が代表となることに少々憮然としたままである。わたしたちのように、さまざまな何かに対する執着やしがらみを持たない彼なら、ここに集まったものも皆納得できるだろうという理由で選ばれたのだが。
「万が一、わたしに何かあった場合は、よろしくお願いしますよ」
イーラだけは絶対に帰しますから、と言えば、彼はとても嫌そうな顔で「そんなことにならないように、準備したんだろ」と顔を顰めた。
オスロスへと転移魔法で移動し、あらかじめ伝言を送ったとおりの時間にヴァルツフート前魔術師団長の屋敷を訪れると……。
「お待ちしてました。魔法使いシーロンは奥です。こちらへ」
魔法使いのローブを着た若い魔族に出迎えられ、少々驚く。シーロン以外の魔法使いがいるとは思わなかったのだ。
「……あなたは、まさか、シーロンの弟子ですか?」
「はい」
ちらりとこちらに目を向けて頷く彼の後ろに続きながら、珍しそうに、ちらちらとあちこちに目をやるイーラを促す。かつてのシーロンであれば、弟子を取るなど考えなかっただろうに、どんな心境の変化なのか。
「よう、ひさしぶりだな。お前、クラインリッシュに捕まったんじゃなかったのか」
長椅子にゆったりと腰かけたシーロンの以前とまったく変わらない言い様に、ふ、と笑む。
「あなたも相変わらずのようですが、まさか弟子を取っているとは思いませんでしたよ」
「成り行きだよ。お前こそその人間の子供はなんだ? まさかお前も弟子を取ったってわけじゃねえだろうな」
「いえ。違います。彼はわたしたちの代表で、わたしの主ですよ」
「──はあ?」
「えっ?」
さすがのシーロンも驚いたようだったが、なぜイーラまでが驚くのか。つい笑いが込み上げる。
「イーラ、今更ですよ。なぜ驚くんですか」
「や、だってさ……俺が主とか……」
わたしを見上げてぶつぶつと言い出すイーラに目を細め、それからまた視線を戻すと「お前、なんか変わったな」とシーロンが呟いた。
「それはともかく、シーロン、今日はあなたにお願いがあります」
「……みたいだな。クラインリッシュの魔法を破ったってのはお前らだろう? こいつが俺のところまで回ってきたぞ」
シーロンか取り出した羊皮紙に描かれたものを見て、また笑みが浮かんだ。
「さすがですね。その通りですよ」
「で、こいつの出処の情報はあるんだろうな」
「それは追い追いお話しします」
「まずは要求からってことか」
「はい」
「……相変わらず胡散臭く笑いやがって。さっさと言ってみろ」
「それでは、こちらを」
にっこり笑って書簡を取り出し、嫌そうに眉間に皺を寄せるシーロンに渡した。
「細々したものはそちらに書いてありますが、大きくは2つですね。まず、ここから南西の廃城をわたしたちの拠点としたいと考えています」
「……ああ、あの廃城か。なるほどな」
「もうひとつ、わたしたちの目的はクラインリッシュの魔法設備をすべて破壊することですが、ヴァルツフートにその後ろ盾になっていただきたいのですよ」
「随分さらっと言ってるが、あれを壊すのは簡単じゃないってのはわかってるよな」
「もちろんですよ。ですが、わたしたちには可能です」
「……噂は本当だということか」
「さすがにふた月も経っていれば、あなたの耳に届いてましたか」
シーロンの眉間の皺が深くなり、後ろに立つ彼の弟子が緊張したように背筋を伸ばす。
「ああ、それもとびっきり信じ難いやつがきてるぞ──お前ら、数時の襲撃の間にさっさとあれを壊して逃げてのけたってのは、本当か?」
「はい、真実ですよ」
「どうやった」
「ヴァルツフートがわたしたちの要求を呑んでくれた暁には、すべて明かすとお約束しましょう」
イーラが少し心配そうな表情でわたしをちらりと見る。わたしは大丈夫だというように、頷いてみせた。
「ちなみに、お前たちの人数と内訳は?」
「今、城にいるだけなら、魔法使いが約50。うち8割が魔族で、残りは妖精です。その他に獣人が約250というところでしょうか」
「なるほど……だが、俺の一存では約束しかねるぞ」
「はい、わかってます。ですが、あなたがその方向に口添えすることは可能でしょう?」
はあ、と、シーロンは大きく息を吐く。
「まさか、ただ働きしろっていうのかよ。俺はもう隠居してるんだぞ」
「──異界の魔法なのですよ」
「あ? 何だって?」
「その“陣”を見てわかりませんでしたか? それはこの世界にとって未知の魔法です。こことはまったく違う常識から編み出された、強力な魔法です」
目を逸らしてチッと舌打ちをするシーロンに、わたしはまた微笑んでみせた。
「女神の魔法です」
「……女神の魔法?」
ますます怪訝そうに眉を顰めるシーロンに、わたしは微笑み、畳み掛ける。
「かのクラインリッシュの支配を打ち破ったのも、魔法設備をたやすく破壊し得たのも、すべて女神の魔法の力です」
「神を見たとか言い出すつもりか?」
「それに近しいかもしれません。なにせ、真名さえも雁字搦めに縛りあげている魔法を難なく完璧に解呪し、2、3の精霊魔法を詠唱する間にかの魔法設備を壊し尽くしてしまうくらいの力ですから」
シーロンは大きく瞠目した。クラインリッシュの支配の魔法を解除するのは非常に骨が折れる作業だ。おまけに、あの魔法設備を完全に破壊するとなると、高位の魔法使いを10人集めても最低一日がかりの大仕事となる。それをたやすく、そんな短時間で破壊できるのだとすれば驚かないわけがない。
「あなたにも、ヴァルツフートにも有益だと思いますよ。その気になりませんか?」
シーロンはもう一度盛大に舌打ちをすると、ぐしゃぐしゃと頭髪を掻き回した。
「……お前のことだ。ある程度の解析済なんだろう?」
「はい、それなりには」
笑顔で肯定の頷きを返すと、シーロンは長椅子に踏ん反り返り、にやりと笑った。
「それも付けるなら、俺が直接国王に掛け合ってやる」
「そう言うと思っていました。ぜひお付けしましょう。その代わり、しっかりと働いてください」
「よし、わかった。働いてやる……おい、デルト」
「はい、師匠」
「ちょっと出かけてくる。しばらく留守にするから、こいつらの面倒みてやれ」
「えっ? しばらくって、どのくらいですか?」
「王城でちょっと陛下と話してくるだけだ。まあ、10日はかからんだろ」
「ええ?」
先ほどとは打って変わって足取り軽く部屋を出ていくシーロンの背中に向かい、盛大に溜息を吐いた彼の弟子は「すみませんが、少し待っててください。客室を用意します。魔法使いシーロンが戻るまで、ここに滞在してください」と言い残し、慌てて部屋を出ていった。
「彼が動きますから、あとは大丈夫でしょう。あの城がこれからわたしたちの家となりますね」
第一段階はうまく進んだと、城の仲間に伝達魔法を飛ばしながらそう言うと、イーラはうんと頷いてから、少しだけしょんぼりとした顔になった。
「……俺、ぜんぜん話についていけなかった」
「いいんですよ。代表の一番重要な仕事は、余裕たっぷりにそこに居てくれることなんですから」
なんなら、必要なことをすべてみっちり教えましょうかと続けると、イーラはうええ、と嫌そうな声を出して顔を背けて、それからぱっと何かを思い出したように、またわたしを振り返った。
「俺が主ってどういうことだよ」
「そんなこと、名を捧げたのですから当然でしょう。あなたはわたしたちの代表なのですし」
「レナー、俺、そんなの聞いてないよ」
「そう言えば、聞かれてませんでしたね」
くつくつと笑うわたしに、イーラはまた憮然とした顔になり…それからふと思いついたように「あの魔法使いシーロンって、レナーの友達なのか?」と首を傾げた。
「そうですね……わたしはそうだと思っていますが、たぶんシーロンは否定するでしょう」
わたしがそう答えると、イーラはまた首を傾げて、「よくわかんないな」と呟いた。




