2.これから
日が暮れる頃、ようやく野営地が落ち着いてきた。戻ってきたのはあの城砦を襲う前にいた数の8割ほどだろうか。戻らなかった者たちが死んだのか生きているのかは、よくわからない。
「父親を待つのではなかったか」
ぱちぱちと燃える薪を眺めながら、シェンはイーラに尋ねていた。
「親父と一緒に徴兵されたおじさんが帰ってきたんだ」
イーラは揺れる炎をじっと見つめる。
「──けど、親父は帰ってこなかった。おじさんの話じゃ、ひどい戦場に送られたんだって。どんどん人が死んでいって……おじさんも、足をやられたから早々に送り返されたけど、そうじゃなかったらどうなったかって」
「……そうだったか」
言葉少なく語るイーラに目をやりながら、あの日、知らせを受けて「そっか」とだけ呟いていた姿を思い出す。父親が戻らないなら家にいても仕方ない、ここを出てシェンを追いたいと言い出したのは、その10日ほど後だっただろうか。
わたしも焚火に目を移し、息を吐く。
「クラインリッシュとの戦いは、どこも酷いですからね」
遠方から容赦無く一方的に撃ち込まれる魔法、続いて襲い来る獰猛な獣人……その後には正規兵まで控えているのだ、鍛えている騎士などではなく戦争だからと集められた農民兵に、運をあてにせず生き残れというのはとても難しい。
空を仰いで「辛かったな」と呟くシェンに、イーラは首を振る。
「俺は大丈夫」
……何度その言葉を聞いただろう。彼は、わたしたちにもっと泣き言を言っても構わないと言うくせに、自分はちっともそんな素振りを見せようとしない。
ふう、と、もう一度息を吐いて、わたしは口を開いた。
「さて、本題に入りましょうか。
もうご存知かもしれませんが、あの魔法設備はひとつではありません。わたしが知るだけで8。つまり、昼間に破壊したものを除けば残り7です」
「何故そんなことを知っているのだ?」
「……わたしは50年近く、クラインリッシュで“使える魔法使い”として過ごしましたから」
口の端に自嘲めいた笑みを浮かべながら、わたしは続ける。
「クラインリッシュのある高位の魔法使いは、わたしの魔法知識を利用するためにと、実にいろいろなところへ連れ回してくれましたよ。魔法設備のことや彼らの研究している魔法についても呆れるくらい無防備に話していましたね。
きっと、奴隷にも脳味噌があるとか、奴隷が支配の魔法から逃がれる日が来るとか、まったく想像していなかったのでしょう」
あの年老いた人間の魔法使いの顔を思い出し、つい、くつくつと笑ってしまう。あれは今頃どんな顔をしているのか。まさか、奴隷がいなくなり、自分が戦場へ送られる日が来るなどとは考えてもみなかっただろうに。
「今日壊したものは、わたしが知る限りで一番小さく守りが手薄なものです。他のものはもっと規模が大きく、多くの兵士と魔法に守られていますから、如何にわたしたちのほとんどが魔法使いと獣人であっても、この人数での襲撃は失敗の可能性が高いでしょう」
それから「ちなみに」と続けたところでひとつ咳払いをしてから、わたしはシェンをちらりと見る。
「そろそろとは思っていましたが、タイミング良くあなたが来てくださって本当に助かりました、シェン。きっとあなたは魔法設備を壊す手段を持っているだろうと予想していたのですが、やはりそうでしたね。情報を流した甲斐があるというものです」
シェンの顔が、わたしの言葉で一瞬呆気に取られた後、怪訝なものに変わる。
「──どういう意味だ?」
「あの魔法設備はわたしたちが旧帝国と呼んでいる古い国の遺産で、クラインリッシュはあれを守るために、所在や数、その使用方法を秘匿しています。あなたも、魔法設備の情報自体がなかなか得られず苦労なさったのではないですか?」
「……確かに」
「けれど、あの城砦の魔法設備に限っては、さほど困難もなく、情報を得られたはずです」
少々憮然としたような表情を浮かべて頷くシェンに、また思わず笑みを浮かべてしまう。
「クラインリッシュ王家の人間は旧帝国皇帝家の血筋で、代々高位の魔法使いでもあり、魔法設備は彼らのみが使えるように調整されているのだそうです。また、あの設備をまともに壊そうとするなら、高位の魔法使いが幾人がかりかで何日もかけて防護の魔法を解かねばなりません。
つまり、通常なら、あの魔法設備を見つけたところで、わたしたちに何か手を出すことなど無理なのです」
「要するに、シェンがいなかったら、俺たちの襲撃は全部無駄足だったってことだろ」
身を乗り出したイーラの言葉に肯定の頷きを返しながら、わたしは続けた。
「はい。イーラの言う通りです。けれど、賭けはわたしたちの勝ちでしたね。しかもあれほど短時間で壊せるとは、さすがにわたしの予想を超えていましたよ。大勝ちです」
イーラと顔を合わせてにっこりと笑むと、シェンは困惑したように眉尻を下げた。
「……あの“破壊の陣”は、本来、“不死の王”が作った魔術道具を破壊するためのものだ。昼間壊したものと同様の道具であれば、幾つかを並べてさらに陣を組む必要はあるが、それほど難しいものとは……」
「その“不死の王”というのは、よほど強い魔法を使うようですね。まさか、本当に神なのですか? あなたのいた世界に、神は実在するのですか?」
そこまで凄いものではないような口振りに、以前より少し気になっていたことを尋ね、こくりと頷くシェンに息を呑む。わたしたちの世界に神はいない。いや、まだ存在が確認されたことはないというべきか。神のいる世界、か。神とはいったいどのような存在なのか。
「“不死の王”は神ではない。だが、それに準ずる力を持っている。神々が我らの世界から手を引いた今では、最強と言ってもよい力を持つ存在のひとつだ」
「なるほど……イーラに聞いた、“定命のものの魔法など問題にならない”という言葉の意味を、少しだけ理解できた気がします。しかも、“ひとつ”でしかないとは……」
神に準ずる……そんな力を持ったものが、この世界に存在したことがあっただろうか。神話の時代に闊歩したという異界の力ある魔神ならあるいは……? しかもそれが複数いるとなると、想像できない。
「……あなたのいらした世界は、どうやら相当に過酷な世界のようですね」
それほどの存在が普通にいる世界なら、なるほど、あれら“陣”のように強力な力はあって当然なのだろう。
「──話を戻します。
これからのことになりますが……しばらく、魔法設備を狙うことは無理でしょう」
「……理由を聞いてもいいか?」
「はっきり言って戦力がまったく足りません。残り7つのうちでいちばん守りの手薄なところでも、今日の倍の兵が常駐しています。おまけに、今日のことでクラインリッシュにわたしたちが魔法設備を破壊する手段を持つことが知れました。当然、防護は今以上に厚くなるでしょうね」
「なるほど」
「さらに言えば、わたしたちは所詮寄せ集めであり、何か後ろ盾や拠点を持っているわけではありません。明日からは、クラインリッシュの追撃も厳しくなるでしょう。ここにいる全員、バラバラに逃げねばならない状況は十分ありえます……いえ、むしろこのまま集団で行動するほうが難しくなるでしょう。補給の手段もありませんし。かと言って、バラバラに逃げたあと、再度集合するにも場がありません」
じっと考え込むシェンに、肩を竦めてみせる。
「わたしたちにできるのは、今日の実績を持ってクラインリッシュに対抗できるところに、わたしたちを売り込むくらいでしょうね」
「心当たりはあるのか?」
「そうですね……」
「シェアーネスかヴァルツフートだな」
これまで黙って話を聞いていたエドリムが、ぼそりと言う。
「西のスケルモアリーとアーバインは、小さいうえに所詮クラインリッシュの属国だ。俺たちが行けば、喜んでクラインリッシュに売るだろう。東は小国ばかりで話にならない。ヴァルツフートとシェアーネスの2つくらいしか選択肢はないだろ?」
「そのとおりです」
「レナーのことだから、何か考えてるんじゃないのか?」
イーラも首を傾げながら、私の顔を覗き込む。
「……交渉するならヴァルツフート、と考えています」
やっぱりな、と呟くエドリムの向かいで、シェンが首を傾げる。
「ヴァルツフート? 何故だ?」
「あそこなら、あなたの“陣”とわたしが“陣”についてまとめたものに食いついてくれて、悪いようにはしないと信用できるだけの人物に心当たりがあります。それに、国の成り立ちから言っても王が魔族で民も人間以外の種族が多いということでも、魔法設備の破壊への援護という点ではシェアーネスよりも信用できますよ」
「国の成り立ちとは、どういうことだ?」
「あの国は、もともと奴隷として虐げられていた者たちが集まってできた国ですから」
「逃げて……?」
「そうです。険しい山を越え、旧帝国の追撃を逃れて細々と生きていた者たちの集まりが、ヴァルツフートの始まりです。旧帝国の解体のどさくさでいっきにひとが増えて、そこからどうにか国としての形ができたのは、今から300年ほど前でしょうか」
「なるほど……ヴァルツフートというのは、ここから北の国だったな」
「はい」
「……城があるのだ。相当前に廃された城のようで、状態はそれほどよくはないが雨風をしのぐ程度ならばどうにかなるだろう。北の山中だ。ただ、下からの行き方がわからないし、どこに属している城なのかもわからない」
「北の山中の廃城……」
どこかで聞いたような、としばし考える、が、思い出せない。
「そうですね。山の中なら早々軍も来れないでしょう。このまま逃げ回っていても、先はありません。まずはそこを拠点と定めるのは悪くないことかもしれませんね」
少し考えて、そう述べながらイーラとエドリムに目を向けると、ふたりとも「いいんじゃないか」と頷いている。
「では、さっそく皆と話してみましょうか」と立ち上がり、わたしはこの場にいるものたちをまとめる立場となっているものたちのところへと向かった。




