第6話 人形姫、難易度調整するってよ
姫花が学校に通ってから初の週末になる金曜日。黙々とノートに黒板の文字を書きながら、念話でセバスチャンと話していた。
(それで学校の方はどうです?)
(低レベルでつまらないわね。でも、面白くなりそうな人間をさらに2人見つけたし、3年間通うくらいは我慢できそう)
(姫様の暇つぶしくらいにはなると……ところで、頼まれていた件ですが無事調整が終わりました)
(これで明日のダンジョン探索は楽しみね)
「有栖川、この問題を解いてみろ」
数学の教諭に当てられた姫花は念話を切って、黒板にその答えをすらすらと書いていく。「正解だ」と言われ、自分の席に座ると今度は咲夜が話しかけてくる。
(姫花って頭ええよな~期末テストのヤマ張ってくれへん? ウチ、勉強苦手やねん)
(転入してきて間もないクラスメートに頼む台詞?)
(そこをなんとか……神様、仏様、姫花さま!)
(神でも仏でもないけどね。分かったわ、でも一つ条件あるわ)
(なんや? 購買の焼きそばパンくらいなら買ってくるで)
(残念、私はクリームパン派よ……ってそうじゃなくて、明日、ダンジョン探索で行くでしょう。そこのエリアボスモンスターのワーウルフを2人で討伐しなさい)
(ワーウルフってCランクのモンスターやで。2人で相手にするの無茶やと思うんやけど……)
(だから良いのよ。レベルを上げるには同格以上の相手が適任だわ。それにワーウルフが評価されているのは本人の強さよりも、お供を呼び出してくるから必然的に集団戦になること。そこは私の人形でカバーしてあげるから、貴方達はワーウルフとの戦いに専念しなさい)
(そういうことやったらいけそうやな。いけるんか?)
「この問題は……進藤、解いてみろ」
「えっ、あ……」
チョークをもって固まっている咲夜を見て、モンスターよりも解の公式を覚える方が強敵そうねと思いながら、自分の教科書にマーキングを施していくのであった。
その翌朝。電車とバスに揺られながら草津ダンジョンについたSTARSの面々は早速、中に入ってEランクのモンスターであるグレーウルフ6頭の群れに遭遇する。
「まずはウチが突っ込むで!」
咲夜が飛び出し、群れの中で剣を振るう。四方に囲まれてグレーウルフに跳びかかられるも、百合のプロテクションがガード。グレーウルフ自慢の牙もプロテクションの前では形無しだ。
(やはりこの程度のレベルなら問題なさそうね。セバスチャン、Dランク相当にレベルを上げても良いわよ)
(かしこまりました)
「今度はレッドウルフかいな。こいつはグレーよりもパワーあるから気を付けへんとな」
と言っても、所詮は毛が生えた程度。駆け出しならともかく、今の自分達なら苦労はしないと舐めながらレッドウルフを両断した時に違和感を感じる。
(なんや妙に硬い……!?)
レッドウルフは攻撃力が高い代わりにグレーウルフよりも防御力が低い。それにもかかわらず、先のグレーよりも、いや、もしかすると防御力の高いグリーンウルフと同格かもしれない硬さであった。
「百合、ちょっと強い個体と当たったかもしれへん。機動力強化、頼むわ」
「任せて。ヘイスト」
咲夜のスピードが増し、襲い掛かられる前に処理。余裕をもって処理できるようになれば視野も広がり、背後からの奇襲も躱しやすくなる。二人の十八番の戦術であったが、姫花の表情は硬いままだ。
「どうや。ちょっと時間くったけど、倒したで」
「あの程度で苦戦しているようならワーウルフはまだね。お手本を見せてあげる。予備の剣を貸してもらえるかしら」
「ええで」
咲夜が自分の剣を姫花に渡そうとしたとき、姫花が自分の能力で何かを作り始めていた。それは黒いアイマスク。それを身に着けてから、咲夜から借りうけた剣を構える。
【ま、まさか……】
【いやいやあり得ねえだろ】
【目隠しプレイ!?】
【スライムくらいならともかく、素早いウルフ系は無理だって】
【お手本どころじゃねえだろ!?】
【実は見えているオチないよね?】
(では、姫様。先ほどと同じくDランク相当のカラーウルフを出現させます)
「さあ、いつでもかかってきなさい」
視聴者たちが困惑している最中、ウルフの群れがやってくる。その中でもとびぬけて速いブルーウルフが鋭い爪で襲い掛かるも、焦るようなそぶりもなく、悠然とそれを躱す。強敵と感じたブルーウルフが遠吠えで数体の仲間を呼び、右から左へ、前から後ろからと襲い掛かっても、姫花にかすり傷すら与えることができない。
【なんで躱せているの?】
【わからん。なんもわからん】
【見えてても躱せる自信がない】
【俺は精霊に聞いている説を唱えるぜ】
【ありそう】
(お手本を見せるっていうのに、姫花にしかできへんことをするとは思へん。一番ありえそうなのは音やけど、タイマンならともかくこんなワチャワチャしたところで一つ一つ聞き取れるんかいな)
守りに回っていた姫花もようやく攻勢に出て、襲い来るブルーウルフやレッドウルフを両断し始める。見えてないから関係ないとはいえ、草原では視認性最悪のグリーンウルフも何のそのである。
(それに予備とはいえ、ウチの剣やからわかるけど、強個体のグリーンウルフをあんなあっさりと斬れるはずがない。どんな魔法を使っているんや?)
動ける敵が居なくなったところで、姫花は剣を納めて、アイマスクを取る。
「こんな感じね。咲夜にはワーウルフと戦うまでに、この程度の動きは――」
「できるか!」
「なら、期末テストに向けての勉強、教えないわよ」
「うっ……」
「駄目だよ、姫ちゃん。見ているだけだと分からないし、せめてヒントちょうだ~い」
「そうね……肉体強化、百合が使った魔法にヘイストがあるでしょう。あれは速度強化と言う指向性を持たせた百合の魔力を咲夜の肉体に付与することで強化しているの」
「ヘイストってそういう仕組みなんやな」
「それなら、自分の剣に切れ味の強化という指向性の魔力を与えたらどうなると思う?」
「……めっちゃ斬れるとか?」
「正解よ。肉体強化の魔法も同じね。指向性を与えなかったら、全体的なパワーアップに過ぎないけど、部分強化に努めたらそれだけより深く効果を得られる。解説はここまでにして、咲夜、やってみなさい」
「いきなりかいな……ほんま大丈夫か?」
「ヤバかったら私が止めてあげるから、どーんと行きなさい」
【無茶ぶりwww】
【言っていることは分かるけど、すぐ実践させるな】
【せめて練習させてあげて】
アイマスクを付けた咲夜の前に再びウルフの群れが襲い掛かる。真っ暗な中、迫りくる足音。聞こえている方に剣を振っても、あたる気配はなく、ブルーウルフの爪が咲夜の胴体を切り裂く。
「咲夜ちゃん、ヒール!」
「百合もボーっと見ている暇は無いわよ。ヒールとヘイストを絶やさないようにかけ続けなさい。でないと死ぬわよ」
【鬼だ】
【悪魔がおる】
【これ通報したほうが良い案件じゃねえ?】
【この人でなし!】
「鬼? 悪魔? 人でなし? ええ、そうよ。私はモンスターだもの。人の心なんて無いわ」
【それでも人間かよおおおお!】
【鬼教官www】
【顔が良いだけの鬼畜】
【鬼畜こけし】
【母親の中に人の心を捨てた女】
【人の心とか無いんか?】
「心? あるとすれば奥多摩ダンジョンに転がっているんじゃない?」
【ドロップアイテム扱いwww】
【奥多摩www】
【どこだよ】
【未攻略ダンジョンに捨てるなwww】
二人が必死になって戦っている中、視聴者たちを飽きさせないように姫花が対応している。咲夜がぶんぶんと懸命に剣を振り回しているが、当たる気配もなく、よしんば当たったとしても斬れないだろう。切り傷が徐々に増えていく中、グリーンウルフに左腕を嚙まれてしまい、思わず持っていた盾を落としてしまう。
(硬い……グリーンウルフか)
百合がヒールを掛け続けてくれているおかげで致命傷にはならないものの、深々と突き刺さっている牙を放置するわけにもいかないが、カンカンと剣を振り回しても、硬い毛皮に阻まれて剣筋が通らない。
(魔力で強化と言っても、ウチ魔法苦手やし……せやけど)
姫花はできないことを言うような子じゃない。さっき自分で思ったではないかと自身に喝を入れる。一息入れ、自身の魔力を刃に集中させるイメージで自分の左腕にぶら下がっているグリーンウルフを両断する。
(斬れた!? あんなに硬かったのに……!)
だったらと自身の感覚を研ぎ澄ましていく中、一匹のグリーンウルフを突如撃破した咲夜を警戒するかのようにウルフの群れは咲夜を円を描くように取り囲み、警戒していく。だが、魔力で聴覚を強化すれば聞こえなかった彼らの足音、草の音がくっきりと、嗅覚を強化すれば紛れていた風に運ばれる獣の匂いがはっきりと。それらがウルフの居場所を咲夜に教えてくれた。
ダッと飛び出すブルーウルフ。つい先刻なら対応できなかっただろう、彼のひっかき攻撃に合わせる形で剣を振るうと、きれいに二つに分かれる。
「よし、行けるで!」
今度は咲夜がウルフに向かって剣を振るい、一匹ずつ着実に葬り去っていく。
【なんで目隠しプレイできるの!?】
【さっきまで攻撃あたり放題だったじゃん】
【当たっている、当たっているよ、こっちの攻撃!】
【指向性の魔力がなんたらかんたらって本当なの!?】
程なくしてウルフの群れを掃討した時、ウルフとは明らかに異なる二足歩行の足音。大きな気配。見なくてもわかる人狼、ワーウルフだ。ワーウルフが遠吠えを上げると同時に、ウルフの群れがどこからともなく湧いてくる。
「いよいよボス戦ね。慣れたようだし、アイマスク外しても――」
「いや、このまま戦わせてくれへん? 外したら、今の感覚忘れそうなんや」
「……良いわよ。打ち合わせ通り、雑魚は私が抑えてあげる」
100cmにも満たないような幼い子供戦士たちがウルフの群れに飛び込み、倒していく。カラーウルフたちを抑えている今、ワーウルフと正面を切っての戦いになる咲夜と百合。
先に仕掛けたのはワーウルフ。消えたかと思うほどの跳躍で後ろに回り込んだワーウルフが咲夜の背中に鋭い爪を突き刺そうとしたとき、剣の腹に阻まれる。
「《《見えとるで》》。足音が急に消えたから飛んだんやろ。それに揺れ動く風があんさんがどこに向かったか教えてくれた。見えとったら惑わされて、逆にくらっていたわ」
咲夜の言葉に反応したのかは分からない。だが、強敵であると認めたワーウルフは一度距離を取り、最大速度で彼女に突撃する。閃光と見間違うほどの速度、並の冒険者なら反応すらできない。煌めく閃光。血しぶきが上がる。
「ウオオオオオオオン!?」
ワーウルフの右腕が空高く飛び、痛みで咆哮を上げるワーウルフ。そのわずかな一瞬を見逃さず、百合のチェーンバインドがワーウルフを絡めとる。万全なら状態なら、いや、この状態でもワーウルフが力を入れれば数秒もかからずに引きちぎることは出来るだろう。だが、されど数秒。ヘイストのかかっている咲夜がワーウルフの首を斬り落とすには十分な時間であった。
「勝負ありや」
手ごたえを感じた咲夜がアイマスクを取ってみると、そこには地面に転がったワーウルフの頭が消失し、ドロップアイテムが出現していた。
【すげえええええ!!!】
【目隠しでワーウルフ倒すとか!?】
【DランクがCランクのモンスターを倒すのもすげえのに】
【姫花ちゃんがお供のウルフを完ぺきに抑えていたのもあるけど、倒せるのかよ】
【同じ真似やるかと言われたノーサンキュー】
【これある意味伝説だろwww】
【スパチャしたかった】
【投げ銭解禁はよ】
【STARS】の登録チャンネル数がみるみる内に増えていく光景を見て、自分たちでワーウルフを倒したのだとようやく実感を抱くようになった。
「ほんまに倒せたんやな……」
「おめでとう。正直なところ、初トライで成功するとは思っていなかったわ」
「咲夜ちゃん、おめでとう」
「百合、姫花、ワーウルフを倒せたのは二人のおかげやで」
「約束通り、勉強は教えるわ。補習とやらで二人を鍛える時間が少なくなるの嫌だもの」
【頭の中まで脳筋】
【理由それかい!】
【感動返せ】
「こちらが不利益を被るなら当然対策するわよ。というわけで、水を差すようだけど、テスト期間に入るから次の配信はテスト明けの7月2週目の土曜日よ」
「その代わり、今日の配信の切り抜き動画はすぐにあげとくよ~」
「チャンネル登録、高評価、よろしゅうな~」
配信も無事終わり、帰路に着いた3人。ただ、咲夜には明日から筋肉痛に苛まれながらの猛勉強会が待ち受けているのだが、それはまだ知らぬことであった。




