第5話 人形姫、初登校するってよ
月曜日。ブレザーの制服に着替えた姫花は姿見の前でくるりと一回転する。
「たまには、こういうのも存外悪くないわね」
ゴスロリドレスを好んで着ているとはいえ、西洋風の顔つきのアリスならともかく今の清楚な女子高生風の顔にはあまり似合わない。むしろ、こういった日本人のために作られた服こそがよく似合う。
(姫様、浮かれているところすみませんが、ここは地上。いわば、人間の本拠地。お気をつけてください)
(わかっているわよ。それよりも私が戻れない間、7体の人形の手入れ、しっかりやっときなさいよ)
(お待ちください。あの方たちをお使うつもりで?)
(使う可能性がある……程度よ。草津ダンジョンにイレギュラーを送り込んだ相手が、偶然とはいえ横取りした私たちを放っておくわけないし、近いうちに何らかのアクションをしてくるはず。再度イレギュラーを送り込んでくるとかね)
(その場合、下手すれば、草津ダンジョンがダンジョンブレイクを起こしたと人間たちに誤認識され、完全攻略される可能性すらあります。いえ、それだけなら、収支がプラマイゼロになるだけで済みますが、その過程で草津ダンジョンと奥多摩ダンジョンが繋がっていることがバレたら……頭が痛くなる問題ですね)
(とはいえ、ダンジョンブレイクは精霊たちも望むところじゃない。消極的とはいえ、モンスターである私たちに協力してくれているから、案外、こっちの奥の手を使わなくても彼女たちの力だけでも解決できるかもしれないわ)
時計を見ると登校するのに程よい時間。セバスチャンからの念話を切って、部屋から出ていくのであった。
朝のホームルーム。担任の大桐 霧子が教壇に立ち、このクラスに転入生がやってくることを伝えると、皆のボルテージが一気に湧き立つ。
(冒険者だの配信者だのと言っても、やっぱり子供よね~)
色めきあうクラスを見た彼女は自身の青春時代を振り返り、なつかしく思っているところに男子生徒が手を上げる。
「ぎりぎり先生!転入生は女の子ですか!」
「小島君、誰がぎりぎりよ」
「だって先生、もうすぐアラフォーなのに彼氏いないんでしょう」
「ま、まだアラフォーまでちょっと時間あるし……男運がないだけで……そんなことよりも、転入生は女子です!」
「やったぜ!」
「どんな子なんだろう」
「かわいい子だと良いな」
「有栖川さん、中に入って」
「有栖川 姫花、16歳よ」
姫花が黒板にさらりさらりと名前を書いて、素っ気ない自己紹介すると「またそれだけかい!」と聞き覚えのある声が教室の奥から聞こえる。
「あら、咲夜いたの?」
「おるわ!ってか、同じクラスに転校するなら先に言えや!」
「貴女のクラスがどこか知らないもの」
「……そういえば、そうやったな。言ってなかったわ」
「進藤が親しげにしているってことは――」
「同姓同名のそっくりさんとかじゃなくて――」
「「「本物!?」」」
「本物も何も有栖川姫花は私しかいないわよ」
「私も精霊の力使えるの?」「兄弟はいるの?」「ドラゴン倒したの嘘なんだろ」「スリーサイズは?」「どこ出身?」「彼氏いる?」
「はいはい、一度に質問しない。とりあえず、プライベートなことはすべて却下。初めから精霊の力を頼りにしたり、力に溺れたりしたら駄目よ。あと、私の実力を疑うなら相手になってあげるわ」
「よし、それなら実技訓練の時に勝負しようぜ」
妙に突っかかってくる少年に対し、「分かったわ」と軽く受け流した姫花は空いている咲夜の隣の席に座る。朝のHRも終わり、1限目の授業が始まるわずかな休憩時間の間、咲夜から念話が入る。
(なんだ、咲夜も使えるじゃない)
(こそこそ話すならこっちの方がええからな。それよりも、剣崎君のことやけど)
(剣崎? さっきの男の子のこと?)
(せやで。剣崎 直人。Cランク、ウチのクラスやと一番高いランクなんや。せやから、ドラゴンを討伐した姫花に妬いていると思うねん)
(ちょっと待って。あれがクラスで一番の実力者? 嘘でしょう)
(……姫花ちゃん、実力的にはそれくらい離れとるんやろうけど、そういったこと言わない方がええで。)
咲夜がわざわざ嘘ついているようには見えないし、窓際で仲の良い男子生徒と話している剣崎を見ても、一番の実力者とは思えないくらいには弱い。この学校での教育がどんなものかは分からないが、その成長を加味してもBランク行けるかどうかくらいだろう。
(もしかして、人間ってものすごく弱い?)
自分が今まで対峙してきた人間はそこそこの深さまで潜れるほどの強者、負けることは無くとも油断はできない相手。その前提が崩れてかかっている中、無情にも1限目の授業が始まる。魔法訓練と呼ばれる授業で、冒険者を引退した老人男性が下級魔法の使い方を教えてくれるものだ。
「「ファイアーボール!」」
ファイアーボールを遠く離れた的に当てていく生徒たち。百合は真ん中からわずかに逸れるものの、的自体には百発百中。このクラスの中でも上位陣の成績だ。
(トップはさっきからほぼ真ん中に当て続けている金髪ドリルの子ね。ただ武器頼りなのは頂けないけど。最下位は……)
的に当てるどころか途中で消失してしまう咲夜を含めた落ちこぼれ数名。咲夜もだが、彼ら・彼女たちの筋力の付け方を見るに前線に飛び込む剣士系の戦いをするのだろう。だが、あれではたとえ天性の肉体を持っていたとしてもBランク止まり。己の肉体だけでは強くなるにも限界が生じるのだ。そして、自分の名前を呼ばれた姫花は白線の外側に立ち、指を銃口のように向ける。
「君、杖は?」
「杖なんて不要よ。魔法に必要なのはイメージと魔力とマナのコントロール。なんでもかんでも機械に頼りきりにしたら、自身の技量が上がらないじゃない」
(随分とスピリチュアルな子じゃな……)
世の中には電波で人を操ることができるだの、ナノマシン入りのワクチン注射だの変な思想を持つ人が少なからずいる。精霊がどうのこうのと言っていた彼女もその一人なのだろうかと思いながら、男性教諭は魔法を放とうとする彼女を見る。
「精霊の力は借りてないから安心しなさい。ファイアーボール」
通常のファイアーボールが握りこぶしより少し大きい程度なら、姫花のファイアーボールはゴルフボール、もしかするとそれよりもやや小さいかもしれない。だが、それは魔法に失敗したわけではない。放たれた火球は通常の数倍以上の速さで的のど真ん中を撃ち抜く。さらに続けて離れた火球は1発目と全く同じ軌道を描き、的には1発分の弾痕しか残っていない。
「攻撃範囲を絞った代わりに速度と誘導性を上げたわけじゃな」
「ご名答。的に当てるだけなら大きさなんて不要でしょう?」
「普通は速ければ速いほど制御は困難になる。どちらか片方ならともかく、それを両立させるのは上級生でも一握りじゃろうな。ましてや杖によるサポート無しとなると、プロでも片手で数える程度しかおるまい」
「あら、私と同じことができそうな人がいるの? 会ってみたいわね」
「これこれ、学生が黒魔女と会う機会などそうあるまいて。今は勉学に勤しむのじゃぞ(と言っても、この子に儂が教えることってあるのかのう?)」
ドラゴンをソロで討伐したと聞いたとは、誰かが後ろで人形を操っていたのだろうと思っていたが、彼女の技量を見るにあながち嘘ではないと感じるようになっていた。となれば、たぐいまれなる才能を持つ彼女を育てるには自分では力不足ではある。
(黒魔女……あの子にこのことを教えたら、どんな反応するか楽しみじゃわい)
その後は数学や英語と言った一般教養が続き、5限目に実技訓練の時間になる。こちらは剣や槍といった前衛の動き方を教えるものとなっており、魔法訓練とは対照的に百合がへろへろな剣筋を見せている中、咲夜が生き生きとした動きで剣崎と模擬戦をしている。学生らしからぬ激しい剣戟の応酬に、周りにいるクラスメートたちも思わず動きを止めて二人の戦いを見守る始末だ。
(二人とも動きは悪くないわね。反応は咲夜が良いけど、純粋な力比べなら剣崎が上。総合力なら金髪ドリルの子とツートップってところね)
「ちょっと私との勝負中によそ見するつもり!?」
「はいはい、分かっているわよ。ドリル娘」
「ドはいらないっているでしょう。私の名前は金城 璃琉!ドリルじゃないわ!!」
(校長と同じ名字……娘かしら?似てないけど)
ただ、その名前でその髪型は狙っているのではとしか思えなかった。姫花は璃琉のまっすぐな剣さばきを軽くあしらってはいるが、さすがに前衛と比べるわけにはいかなくとも、自衛できる程度には動けており、内心の評価は高めではある。
そうこうしている内に虚を突かれた咲夜が一本を取られて敗北。それと同時に璃琉の評価を終えた姫花が一本を取る。
「有栖川、俺と勝負しやがれ!」
「良いわよ。約束通り、逃げも隠れもしないわ」
先制を仕掛けたのは剣崎。彼の速い斬撃が姫花を襲うも、体をスウェーさせて躱す。渾身の一撃だったのか少し驚いた表情をする剣崎だったが、すぐさま顔を引き締め、斬撃を繰り出す。それを軽いステップで躱し、剣崎の太刀筋をじっくりと観察する姫花。
(太刀筋に迷いは無し。一見、力任せに見えるけど、指導を受けたものか誰かの真似かは分からないけど、元になった型があるようにも見える。少し評価を改める必要があるわね)
一方で剣崎は一向に攻撃が当たる気配すらしない姫花に冷や汗をかいていた。1限目の授業を見る限り、姫花は後衛の魔術師タイプ。人形や糸はともかく、本人自体はそこまで大したことは無いのだろうと思っていた。
(こいつ、俺の斬撃を完全に読んでやがる……ただの後衛じゃねえ!)
それなら咲夜でも防げないとっておきの一撃をお見合いしようと、少し距離を取ると同時に剣に魔力が纏わりつく。
(魔力の質が変わった……なるほど、クラストップは伊達じゃないってことね)
「喰らえ、疾風斬り!」
消えたかと思うほどの猛スピードの斬撃。並大抵の冒険者なら、一撃を貰うほどの速さ。だが、その渾身の一撃を姫花はおいたした子供をしつけるかのように、剣崎の手に一発を加える。
「いってええ!」
その痛みに思わず剣崎が模造刀を手放し、敗北する。クラストップに勝ったことに周囲が驚いている中、姫花は冷ややかに彼を見下ろしていた。
(この子、無自覚とはいえ、精霊の力を使っているわね。でもまだ未熟)
体が未熟なところに不相応な上級技を使えば自滅ルートまであるが、疾風斬り程度ならそうはならない。そのあたりは精霊も加減しているのだろう。だがもし、きちんと鍛えて精霊の力を使いこなせれば、Aランクは夢ではないと評価をし直した。
今後の成長が楽しみな人間を新たに2人も見つけたことにウキウキしながら、今度は二番手の咲夜に戦いを挑むのであった。




