第3話 人形姫、入学するってよ
3日後の土曜日、草津支部から大阪にある関西冒険者育成学校の転入手続きが済んだことが聞かされる。地図とイレギュラーモンスターの討伐による報酬を受け取った姫花は最寄り駅である茨木駅に向かっていた。目的地までおよそ1時間、手持ち無沙汰な姫花は育成学校のパンフレットを読んでいた。
(色々と設備がそろっているみたいだけど、人形である私には無用の長物ね)
筋肉が無いのだから筋トレする必要性が一切ない。呼吸することが無いのだから、泳ぐ必要なんて無い。とはいえ、学生寮があるので地上の拠点ができるのは喜ばしいことだ。しかも、大阪や近くにある京都や神戸には人気のダンジョンがいくつかあある。自分のダンジョン作りのヒントを得るために何度も訪れやすいのは得難い利点だ。
(この3年で流行るダンジョンの手がかりを見つけるわよ!)
茨木駅から10分ほど歩いたところにある育成学校の校門をくぐり、校長室へと足を運ぶ。中にいたのは小太りで頼りがいがなさそうなおじさん。パンフレットにあった写真で見た目は知っていたとしても、会ったら意外というパターンに淡い期待を寄せていたが、はっきり言って期待外れも良いところだ。
「ワイは校長の金城 成行。皆からは成金校長なんて呼ばれとるで。よろしゅうな」
「成金……誉め言葉じゃなさそうだけど」
「元は芸人やったんやけど、ギャグが鳴かず飛ばずでな……まんまも食えんのはマズイってことで、教員免許を取ったらあれよあれよと今の地位についたんや。今やと可愛い嫁はんと娘おるし、成金っていうのはあながち間違いじゃないんや」
(パンフレットにはそんなこと書いてなかったわね)
「ほんでな、これが制服と学生カバン、教科書や他に必要になりそうなものはこの段ボールの中に入っとるで。後、足りんもんあったら生協で揃うはずや。それと、学生寮のカードキー。部屋番号は202号室。部屋にあるもんは自由に使ってな。壊したら弁償やけど。それにしても、二刀流のムサシから話を持ち掛けられたときはぎょっ魚魚としたわ」
「ムサシ? タケクラじゃなく?」
「武蔵と書いてムサシって読めるやろ。あの人はすごいねん。淡路ダンジョンブレイク事件を食い止めた伝説のパーティーの一人なんや。あの事件で大けがを負ったとかで引退しとるけど、リアルタイムで見ていた世代からすればいつまでも英雄や」
(英雄と言う割には良くてCランクくらいの実力しかなさそうだったけど……相当腕がなまっているのね)
成金校長の話に引っかかりを覚えるも、長々と喋る成金校長の話を聞いていく。聞く人が聞けば、些細な世間話でしかないが、ダンジョンから得られる基本的知識にはない内容に姫花は成金校長の話にのめりこんでいた。
「――おっと、もうこんな時間か。だいたいのことは話したし、月曜からは1-Aのクラスで授業を受けてな。ちょうど欠員が出て困っていたところなんや」
「欠員?」
「ダンジョン内外での負傷、想像よりきついトレーニング、クラスメートと才能の壁を感じて引退……理由はいろいろあるけど、毎年数人、多い年やと10人を超えるときがあるんや。ムサシさんから聞いた有栖川の実力なら大丈夫やろ。期待しとるで」
積み上げられた段ボールをひょいと持ち上げると、成金校長にぎょっと驚かれたが、そんなことを気にせず姫花は学生寮へと向かっていく。6月という中途半端な時期に転入したこともあって、周りの学生は部活動に勤しんでいる姿が見える。
(誰もかれもレベルが低いわね。教職員はそれなりだけど)
目についたのだと、実技の指導者の教員たちがB~Aランク相当。もし、正体がバレて一斉に襲い掛かってくるものなら、さしもの姫花も片手間で対処できるものではない。
(それはそれで面白そうだけど、今の身分が使えなくなる方が面倒だわ)
武蔵支部長の思惑はどうであれ、デメリットが大きく上回っている現状、敵対するメリットはない。今は学校生活を楽しもうと思いながら、学生寮へと入っていく。
「あれ? あの部屋ってGW明けに空き部屋になったんじゃあ……」
「せや、ウチの隣に居た子やからよう覚えとるで」
「ん? この声は確か……」
「ああ、草津ダンジョンで助けてくれた子!?」
「なんでここにおるねん!?」
部屋に入ろうとカードキーを差し込んだ時にバッタリと咲夜と百合に出会ってしまう。騒ぎが大きくなる前に姫花は二人を部屋に招き入れて事情(嘘)を話していく。
「――というわけで、転入に時間がかかってね」
「ギルドカード、しかも年度末に紛失したらしゃあないわ。年末年始に無くしたら最悪やで」
「経験者は語るねえ」
「うるさいわ。魔物との戦闘中に無くしたんだからしゃあないやろ」
「だねえ」
「二人は仲が良いのね」
「幼馴染やからな。ってウチら、自己紹介してないやんけ。ウチは進藤 咲夜。知らない仲でもないし、咲夜でええで」
「田中 百合子。百合って呼んでいいから、姫ちゃんって呼んでいい?」
「別に構わないけど」
「再会したのも何かの縁。連絡先、交換しようや」
「連絡先? この部屋に来るか念話で十分でしょう」
「念話で何キロ先、話せるわけないやん」
「近くに居たら普通に話せば良いだけだしね」
(だそうよ、セバスチャン)
(急に話しかけないでくれます? そもそもなんで念話したんです? 管理者権限の一部があるとはいえ、万能じゃないんですよ?)
東京-大阪間くらい朝飯前の念話できるアリスにとって人間の念話能力はその程度のものかと思っていると、二人がスマホを差し出してくる。
「姫ちゃんのスマホってどんなの?」
「スマホ? 持ってないけど」
「はああああ!? 今のダンジョン探索で必須やろ!万が一、身動きが取れない状況に陥ったらどうやって抜け出すねん!脱出機能は冒険者の生命線や!」
(昔、人間が目の前で消えたのって転移魔法を使ったんじゃなくて、そのスマホのせいなのね)
今度人間とやりあうときがあれば、スマホとやらを最優先で破壊しないといけないと頭の中に入れておきながらも、その性能を確かめる必要もある。
「そこまで言われたら、スマホっていうのを買おうかしら。どこに行けばあるの?」
「家電量販店ならどこでも買えるけど、せっかくの休みだし、これから一緒に梅淀で買わない?」
「せやな。このスマホも使ったことのない箱入りお姫様に使い方も教えないとアカンしな」
「箱入り……あながち間違ってないのが悔しいわ」
校長室から持ってきた段ボールの中身の整理は明日でも良いかと思った姫花は、2人と一緒に梅田へと向かっていくのであった。
「数、結構あるわね。どれが一番良いの」
「う~ん、メーカーによって違うかな。CoCoMoは昔からある企業だけに造りは堅実だけど地味やし高い、HardBankのは安くてデザインも良いんやけど、壊れやすいからあんま冒険者向きやないな。あいだとってCuって手もあるで」
「それならCoCoMoで良いわ。この前のレッドドラゴン討伐したときの報酬があるから」
「ええんか。Cuの回し者やないけど、本体だけやのうて月額の通信料とか高いで」
「良いのよ、別に」
一番最新のモデルを選んで契約を結んでいき、ブラックカラーのスマホを手に入れる。ただ、人形の手のせいなのかタッチ認証がイマイチ悪いので、糸の成分を微調整して反応をよくしていく。
「なんとか動いたわね」
「なんや初期不良かと思ったら、ちょっと機械に嫌われとっただけかいな。ダンジョン脱出のアプリはこれで……ダウンロード完了や」
「……これで使えるの?」
「せやで。このスマホがファンタジーでいうところの魔術書代わりになっとるんや」
「と言っても、こういった杖の方が魔法を使うなら断然上!」
「ストレージの容量が違うからな。あと日本政府から配信されているアプリ以外は詐欺まがいのアプリやから入れたらあかんで」
「切れ味が良くなるアプリ入れても何も変わらなかったもんね~」
「もし本物ならって軽い好奇心で入れただけや。300円損しただけやけど。せや、これから、脱出アプリの試運転がてら梅田第3ダンジョンで軽く潜るのはどうや」
「いいね。晩御飯代くらい稼ごう。あっ、そうだ。姫ちゃん、一緒に配信しても良い?」
「配信?」
「冒険者はダンジョンを探索するとき映像記録を撮ることが義務付けられているんや」
「どうして?」
「ダンジョン内の事件なんて、時間が経てばダンジョンが勝手に証拠を消しちゃうもんね。裁判での立証が困難ってことで、ダンジョン黎明期に大問題になったんだよ。だからこういった撮影用のドローンで撮影しているの」
「で、撮影が義務付けられているなら、ダンジョン内の行動をネット上で公開して、再生数だとかスパチャとかで小遣い稼ぎをしようって始まったのが配信者ってわけや。今時のドローンなら他の設備無くても、ネット配信できるようになっとるで」
(つまり、その配信のせいでこちらの手の内が一気に共有されるってこと? それは非常にマズイわね)
自身の強みは数ある人形を敵に応じて使い分けることで、最適解を繰り出せること。だが、配信者と戦えば戦うほど、こちらの手がバレるだけでなく、何なら最適解に誘導させられて、それ用のメタ戦術でやられるという展開だって有り得るのだ。
「(これから人間と戦うときは真っ先に狙わないといけないターゲットね。となれば、ドローンの性能も確認したほうが良い) 断る理由は無いわね」
「やった!」
梅田の駅ビルの地下にある第3ダンジョンに向かってみるが、休日の都心部だけあって草津とは段違いに人が多い。あれこれ2,30分は待ってから、ダンジョンの中に入ることとなった。




