第1話 人形姫、遠征するってよ
「つーまーらーなーい!」
東京 奥多摩第1ダンジョンの最深部でボスモンスター、人形姫として生を受けたアリスはベッドに倒れこんで、子供のように足をばたつかせていた。彼女が暇つぶしで造った年若い男性にしか見えない執事型の人形、セバスチャンはその姿を見てまたかとため息をついていた。
「人間も襲ってこないくらいには過疎!最後に人間とやりあったのって3年くらい前? つーまーらーなーい!」
「では、新たに私のような新しい人形を作るというのは?」
「本気の人形を何体作っていると思っているの!貴方を含めて8体!あれだけあったら、ボルケーノドラゴンの大軍勢が来ても大丈夫よ。それにもう飽きた」
「う~ん、困りましたね」
「いっそのこと、地上に出て人間たちを2、3人くらい襲おうかしら。そしたら、このダンジョンにも人が入ってくるでしょう」
「そんなことしたら、精霊に嫌われますよ。敵に回したら厄介なのは姫様が一番知っているのでは?」
「ああ、あのときは……ね」
「それにダンジョンブレイクを起こしたダンジョンは例外なく完全攻略されています。10年前の淡路ダンジョンもそうでしょう? その覚悟はおありで?」
「冗談よ……でも、つまらないじゃない。このダンジョンに人がやってきたらからかってあげるのに」
「つまり、ダンジョンが流行れば退屈でなくなると」
「そうよ。何かいい案ある?」
セバスチャンは考える。このダンジョンは100階層もあることで、かなり広くて長い。人間が攻略するには何十日分の水や食料が必要になる。そして大量の荷物を付きまとうモンスターから守るための人員も必要になるとなれば、かなりの大御所になるだろう。
そして、そこまでして得られるものがあるのかと言われると……下位種になっても似たモンスターを狩った方が金銭的には効率が良いだろう。しかも、都内にあるとはいえ、交通の便が良いとは言えない。流行る要素が何もないのである。
「こうなると、別のダンジョンを運営したほうがよさそうですな」
「それ、良いアイデアね。できれば人通りの方が良いわね。となると、この近くにある渋谷・新宿・横浜――」
「彼らとは3年前の事件をきっかけに比較的友好関係を築いています。ことをかまえるようなことは辞めた方が良いかと」
「そう? それならいっそのこと、関西まで出かけるのも面白そうね。まさか乗っ取ろうとしてくる相手が都内のダンジョンに本拠地を構えているなんて思わないでしょう」
「それは構いませんが、どうやって? ちょっと歩いて……とは行きませんぞ」
「私を誰だと思っているの? このダンジョンの管理者権限で出口を向こうに作れば良いのよ」
「いくら姫様と言えども……」
「目的地は日本第2の都市大阪……って言いたいけど、汚い所なんでしょう。それは嫌ねぇ」
「それでしたら京都はどうでしょうか? 自然と調和した都市設計、観光スポットが多いことで国内外問わず人気だそうで」
「良いわね。その京都やらに管理者権限で出口を作るわ」
アリスが出来たばかりの扉を開けると、そこには一面に広がる日本一大きな湖、琵琶湖である。どうやら遠く離れた場所に出入口を付けたことで、座標が大きくずれたらしい。廃墟のような誰もいない公園で『矢橋帰帆島』、『草津第1ダンジョンはこちら』と書かれている看板が寂しく立っている。扉をそっと閉めたアリスはどうしたものかと少し考える。
「もう1回作っても良いけど、せっかくダンジョンの近くにあるという好条件を見逃す手は無いわよね」
「姫様。それよりも、外に出る前に姿を変えた方が……」
「分かっているわよ」
自身の身体に糸を巻き付け、人間の皮膚感を再現しつつ、関節球体部を誤魔化し、ついでに身長と胸も少し盛り、高校生くらいに見えるようにする。さらに変装系の魔法を使い、自身の髪の毛や瞳の色、顔つきを一般的な日本人のそれと同じにしていく。
「あとは名前ね。アリスとか姫とか呼ばれても大丈夫なように、有栖川 姫花とでも名乗ることにするわ」
「あの……念話で話しかければ私が姫様と呼んでも、誰にも聞こえないと思いますが……」
「念話も万能じゃないわ。いくら秘匿性が高いとはいえ、盗聴されて田中花子が姫だのアリスだの呼ばれていたらおかしいでしょう」
「それもそうですね。では姫様、ご武運を」
「精霊は居ても、祈る神様なんていないけどね」
扉を再度開けて、姫花は草津第1ダンジョンに足を運んでいくことにする。ダンジョンから地上の基本知識を得ている姫花だが、ダンジョン近くにいるというのに人気が少ない。これは乗っ取っても人気のあるダンジョンにするのは難しいのではと、計画に早くも暗雲が立ち込める。
「ここが草津第1ダンジョンね」
少し古ぼけた建屋の中に入ってみると、高校生くらいの男女がギルド職員に受付をしてダンジョンの中へと入っていく様子が見える。建屋内の食堂を見れば、冒険者価格の安い料金につられているのか、学生に紛れて数人の大人の冒険者も飯を食べている様子が伺える。
(さすがに中はそこそこいるみたいね。とりあえず受付をして……)
「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」
「ダンジョンに入りたいんだけど」
「未成年者でしたら、育成学校の学生証の提示をお願いします」
「持ってないわ」
「それでしたら、後日改めて、保護者様と一緒に住民票やマイナンバーカードといった身分証になるものを持参してください」
(マズいわね。モンスターである私にそんなものは無いわ。できれば穏便に乗っ取りたいから、騒ぎを起こすわけにはいかないし……)
さてと、どうしたものかと近くにあった椅子に腰掛けて考えているとギルド職員が慌ただしく動き、館内に放送が響き渡る。
『緊急事態発生。ダンジョン内でイレギュラーモンスター発生。Bランク以上の方は至急、受付までお越しください。これに伴い、Cランク以下の冒険者の新規受付は終了させていただきます。繰り返し――』
「Bランク以上のモンスターってなると、ドラゴンとかワイバーンクラスだろ。大丈夫なのか」
「つーか、こんなド田舎にBランクの冒険者なんているのか?」
「だよな。腕に自信のある奴は大津の琵琶湖ダンジョンに行っているから、ここにいるのって俺たちみたいな学生か親父たちみたいな万年Cランクの冒険者だろ」
「ちげえねえ。早い所、逃げようぜ」
学生たちが外へと逃げていくみっともない姿を見た姫花は誰もやってこない受付へと向かう。
「申し訳ございません。ただいま新規受付は――」
「有栖川 姫花。16歳。押し通らせてもらうわ」
「えっ?」
受付があっけにとられている隙に、人の流れに逆らってダンジョンの中へと入っていく。目の前に広がるのは一面に広がる草原。面積こそ広いが、1階層しかなくボスモンスターを倒せば自動的に外に排出される初心者向けのダンジョンだ。
(ダンジョンコアさえ無事ならダンジョンは消えないから、ボスモンスターを倒してお終いにすることでコアまでたどり着かせないようにしているのね)
もし、このダンジョンを完全攻略する気ならば、ボスモンスターを無視してダンジョンコアのある部屋を探し出す必要がある。でも、今は少しは退屈しのぎできそうなイレギュラーモンスターとの戦いが優先だと自分に言い聞かせて、姫花は女盗賊とクノイチの人形を作り出して、探していく。
「見つけた」
二人の冒険者が戦っているようだが、動きは拙く、1分も持つかさえ怪しい。モンスターである自分に人間を助ける義理はないが、たまには縛りプレイも面白いと考え、手助けすることにした。
「なんで、こんなところにドラゴン出てくるねん!」
「咲夜ちゃん、危ない。プロテクション!」
百合のプロテクションを紙のようにやすやすと破ったドラゴンクローが盾で咄嗟にガードした咲夜を大きく吹き飛ばし、近くの木に叩きつけられる。
「まって、回復するから。ヒール!」
「に……げ……(アカン……息ができん……)」
咲夜の腹部からおびただしく流れる血を見た百合がヒールをかけている中、ドラゴンはお構いなしにやってくる。大きく振りかぶる爪。その行き先は身動きが取れない二人。悲惨な未来が見えてしまった視聴者の中には思わず画面を閉じる者もいた。
(アカン、やられる!)
「…………生きてる?」
思わず目を閉じてしまった咲夜の前に映ったのは1つの黒い影。大きさは自分達よりも少し小さいくらい。後ろ姿なので性別は分からないが、衣装から察するに忍者だろうか。
【子供がドラゴンの攻撃を止めた?】
【嘘だろ、おい】
【何者だ?】
視聴者も分からない謎の人物の介入により、ヒールが間に合った咲夜とへとへとになった百合は助けてくれた子たちの戦いを見守ることにした。
二人の人間よりも脅威な1体の人形を見たドラゴンはすぐさま距離を取り、炎のブレスで焼き払おうとした。それをみたクノイチが武器を忍者刀から手裏剣に持ち替えて、投げつけると戦車の装甲よりも強固な鱗を貫き、突き刺さる。
【アイエエエ!】
【いやいやおかしいだろ】
【なにあの手裏剣!?】
【ドラゴン相手に投擲武器なんて弾かれておしまいぞ】
【ミスリル製でもなければ無理ぞ】
【1枚ん十万円を投げつける成金忍者か】
【投げたの1枚どころじゃないんですが……】
【軽く10枚あったやろ】
【でも、駄目だ。ブレス攻撃のモーションに入っている】
【にげろおおお!】
「間に合ったみたいね」
姫花がブレス攻撃のモーションに入って身動きが取れないドラゴンに向かって糸を巻き付けて引っ張り、攻撃する方向を上空へと変える。
【なんだ今度は!?】
【ワイヤーみたいなのが見えた気が……】
【忍者の次は必殺仕事人!?】
【ダンジョン配信を見ていると思ったら時代劇が始まった】
【ドラゴンが出てくる時代劇とは?】
【知らぬのか。かの有名な信長公は邪竜に変貌して寺院を焼き払ったのだぞ。令和なら一般ドラゴンが出てもおかしくない】
【一般ドラゴンとは?】
「イレギュラーって聞いたけど、ただのレッドドラゴン? Bランクの上の方だけど、私の敵じゃないわね。攻めてくるならボルケーノドラゴンくらい連れてきなさい。じゃあね」
糸を軽く引っ張るとレッドドラゴンの首がずり落ちて地面に落ちる。姫花の横に戻ったクノイチ人形が振り向き、デフォルメ化された顔を見たところで、視聴者たちがその正体が人形であることに気づく。
「助けてくれてありがとうございます」
「アンタ何者なんや?」
「私は有栖川 姫花。通りすがりの一般人よ」
【一般人は100万円を投げ捨てたりしねえんだわ】
【ドラゴン討伐できる一般人とはいったい】
【あのクノイチ、あの子のスキルっぽいし、実質ソロ討伐ぞ】
【一般人の一般人離れ】
【これ意味わかんねえな】
視聴者が混乱している中、盗賊人形が隠されていたダンジョンコアへの道を見つけたので、二人をほっといて姫花はその場を離れるのであった。




