第9話 人形姫、本気を出すってよ
「キィー、キィー!」
「蝙蝠風情が私に触れられると思って」
しゅるりと伸びた糸でヴァンパイアバットを両断した姫花だが、その顔に余裕はない。雪崩を食い止めることができなかった以上、残された時間は10分も無い。焦りの色が濃くなっていく中、ボス部屋へとたどり着く。
「……やれることはやったし、瞬殺できるような相手だと良いんだけど」
中にいたのは白い着物を着た幸薄そうな女性。男性ならほっとけないと思わせるような美女だろう。ただ、モンスターでなければの話だが。
「あら? 強力な竜種でもいると思ったらたかが雪女じゃない」
「そういう貴女こそ、たかが人形が人間を守っているのかしら」
「あら、勘違いしないで欲しいわ。今回はそっちがけしかけてきたんだから、受けたまでよ。それにこれだけ大掛かりなことができるダンジョン、横取り出来たらどれだけ膨大なダンジョンポイントが手に入るか楽しみだわ」
「そっちが狙いってわけ。だけど、人形風情が雪山で私に勝てると思わないことね。ブリザードランス!」
「マグマランス!」
氷と炎の上級呪文同士がぶつかり合い、消滅する。互いを睨め付ける両者。力が互角ならば、相手をいかに出し抜くが勝負のカギだと考えた姫花が先に仕掛ける。
「二重呪文、マグマバレット」
「威力を落として手数で押すつもり? だけど、無駄よ。ブリザード」
雪女から放たれた猛吹雪で炎の弾丸が打ち消されていく。だが、その様子を見た姫花は顔をしかめる。
(おかしい。雪女はAランクでも下位のモンスター。雪山と言う地形バフがあっても、Sランクには届かない。少々魔力を消費して威力を底上げしたマグマランスを相打ちに持ち込んだり、いくら威力を落としたマグマバレットとはいえ、上級でも下位のブリザードで打ち消すことはできないはず)
何か裏がある。たった2回の呪文戦で感じた違和感を無視して、こちらの奥の手を見せるわけにはいかないと判断し、しばらくは呪文戦で様子を伺おうとする。
「物理も交えた攻撃ならどうかしら。マグマウィップ」
「炎のムチなど切り刻んであげるわ。ダイヤモンドカッター!」
(今度は中級呪文で……!こちらが省エネを心掛けても、上級呪文はそれなりに魔力を消費する。無駄な魔法を撃ち続けていたら、間違いなくこちらの方が先に魔力が尽きる)
しかも、時間制限のおまけつきとなれば長々と呪文戦をするわけにもいかない。どこまで手の内をさらすか。確実に仕留めることができるのか。激しく走り回りながらの攻防の中で姫花の中で天秤が激しく揺れ動く。
「単発形態のマグマランスなら!」
「無駄よ、ブリザードニードル」
1本に集約させた炎の槍が地面から生えた針に軌道を変えられて、壁に大穴を作る。大穴から吹雪いてくるこの環境は雪女にさらにパワーアップをもたらすだけの結果となった。
「人形の割にはやるじゃない。どう? 私の傘下に入るっていうのは? 魔王様に紹介するのもやぶさかじゃないわ」
「魔王?」
「そう、魔王様。あの方こそ、モンスターの頂点だと一目見るだけで分かったわ。魔王様に忠誠を誓うのであれば、私のように力を得ることができる。そして、貴女を見出した私の地位はより盤石なものになる。互いに利しかないでしょう?」
「そうね……その魔王様とやらには興味はあるけど」
「けど?」
「あいにく、誰かの下で働くのは嫌いなのよね。だって、私は人形『姫』。誰かの下に付くつもりは一切無いわ。たとえ、その相手が魔『王』だろうとね」
「だったらここで死ぬしか無いわねえ!」
「こっちも一か八か、やるしか無いわね!仕込みは上々、結界魔法『傀――」
姫花が奥の手を使おうとしたとき、大穴から1本の火柱が登る。予想もしなかった大熱量の発生に二人の手が一時的に止まる。
「どうやら虫けらもしぶとい奴がいたみたいね。ドラゴンライダー1頭向かわせたら、問題無いでしょう」
(この熱量が発生できるとすれば、サラマンダー……咲夜、貴女のおかげでもう一つの《《確実な》》勝算が見えたわ)
「水を差されたけど、勝負を再開しましょう。それとも処刑と言った方が正しいかもしれないわね」
「そうね。そっちの方が正しいわ。ただ、死ぬのは貴女だけどね」
「なに!?」
「火の精霊、サラマンダーよ。我が問いに応えよ」『おう!』
「此度の戦いは人理を護るための戦いである」『間違いないぜ』
「此度の戦いは人を救うための戦いである」『間違いないぜ』
姫花の足元に広がる魔法陣が2重、3重にも重なっていき、それに比例するかのように彼女の魔力が桁違いに跳ね上がっていく。それを阻止しようと雪女が全身全霊のブリザードランスを放つも、魔法陣から放たれる障壁によって弾き飛ばされてしまう。
「此度の戦いは精霊を傷つけるための戦いではない」『間違いないぜ』
「此度の戦いは精霊王に捧げるのにふさわしい戦いである」『間違いないぜ』
「何をしようとしている」
幾重にも重なった魔法陣が宙に浮かび、その中心にサラマンダーが飛び込んでいく。
「人理を守りし、炎の大精霊イフリートよ、サラマンダーの力を得て現出せよ!」
荒々しいほどの炎のオーラを纏いし大精霊イフリートが姿を現す。特筆すべきはその巨大さ。天井を突き破るほどの巨体はかのビッグフットでさえ子供にしか見えない。
「久しいな、魔の姫よ。もう二度と会うことは無いと思っていたが?」
「3年前、私たち関東のボスモンスター総出で防いだダンジョンブレイク未遂事件。あれに黒幕が居たかもしれないわ」
「それが真実なら由々しき事態だな。我を呼ぶのも納得ではある」
「い、いくら大精霊と言えども、魔王様の加護を貰った私なら!ブリザードスピア!」
「そのような矮小な攻撃、我に通じると思うたか。恥を知れ」
イフリートは身動き一つもせずに放たれた氷の槍を蒸発させる。それどころか、外の吹雪が止み、雪が春でも来たかのように溶けだしていく。
「ば、馬鹿な……私は魔王様の加護を持っているのよ!」
『な、なぜだ。私は魔王の力を持っているのだぞ。モンスターが私に従うのは当然じゃないか!なぜ、私がこんな目に――!!』
「うむ。あの時の愚者と似たことを言っておるな」
「でしょう。とはいえ、生かすわけにはいかない殺すけど」
「ではかの者の魂は我ら精霊で『保護』しよう」
「ああ、怖い。保護されないように気を付けないとね」
「ま、まだ負けたわけじゃああああああ!」
「では、この一撃をもって戦いに終止符を打つとしよう」
「そうね。我が真名アリスの名の下に」「大精霊イフリートの名の下に」
「「かの愚者に裁きを下さん!」」
「ブリザード、ブリザードランス、ブリザードスピア……なぜ発動しない!?」
「天に輝けし太陽を仰ぎ見よ、其方の愚行は白日の下にさらされる」
「愚者に安寧の地もなく、安息の地も無し」
「故に天と地の裁きは下された。其方の魂は精霊王の名の下、未来永劫、輪廻の輪に戻ること無し」
「これより降り注ぎし光は人に似せし者、姫たる私の慈悲だと思いなさい」
「「天冥の光に焼かれよ、プロミネンスフレア!」」
青空に浮かぶ太陽から降り注ぐ陽光が雪女を照らし、燃やし尽くしていく。得意の呪文がすべて使えず反撃も防御も封じられた雪女に対抗手段はない。その身を全てが解けて消えると青い人魂が現れると、イフリートが握りしめる。
「確かに対価は受け取った。魔の姫よ、我らと敵対しないことを切に願う」
「もう一度言わせてもらうけど、私はモンスター、人類の敵対者。いずれ、どこかで道を違える者よ」
「では、こちらも再度言わせてもらおう。我は炎、すなわち戦も司る精霊だ。生存競争において善悪の区別は無い。むしろ、加減して戦うのは人のためにならん。さらばだ、心優しき魔の姫よ」
「買いかぶりすぎよ。じゃあね、イフリート」
イフリートが消え、姫花はプロミネンスフレアでむき出しになったダンジョンコアへと飛び降りていくのであった。
一方、その頃、雪女の最後の様子は遠く離れた咲夜たちにも見て取れた。
「なんや、あのビーム!?」
「太陽からバーンって出てきたよね」
「ありゃあ、姫様の最上級呪文だな。あれを撃つってことはよっぽど切羽詰まっていたんだろうさ」
「最上級呪文!?」
「上級呪文じゃなくて!?」
「最上級呪文だ。姫様でも特殊な条件がそろっていないと使えないらしいが、詳しいことは知らねえ。モンスターの気配も消えたし、敵がいないところに狂戦士はいらねえだろ。そろそろ帰るとするか」
「ってか、あんさん、どうやって入ったんや?」
「そりゃあ、姫様に呼ばれたらそこが地の果てであろうが、天の果てであろうが、やってくるに決まっているだろ。おっと言い忘れていた。嬢ちゃんたち、俺のことや最上級呪文のことは姫様以外他言無用な。もし、バレたら……」
「バレたら?」
「俺のケツが3つに分かれるくらいケツ叩きされちまうぜ。というわけでだ、今度会うときは敵か味方しらねえけど、成長した嬢ちゃんたちと会えるの楽しみにしているぜ」
ベルセルクの足元に魔法陣が現れるとその姿が消える。それからしばらくして、姫花がとぼとぼと歩きながらやってくる。
「姫ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。久しぶりに走る余力が無くなるまで戦ったわ。あと数分もすれば、このダンジョンは消失する。電車の中にいる人たちも治療が間に合うはずよ」
「急に暖かくなったからたぶん凍死はしないと思う」
「気温の割には水たまりもあっという間に消えたし、服も乾いとるで」
「ほんと不思議だよね」
「(きっとイフリートの気遣いね)ダンジョンだから何でもありよ」
そして、姫花の言う通り、ダンジョンから排出された姫花たちと電車は元の線路に突如として戻り、現場検証していた警察やギルド職員たちと鉢合わせし、事情を聞かれてしまう。ただ、乗客たちが極度に弱っていることや明らかに疲労困憊な姫花の様子をみて、詳しい事情聴取は後日となるのであった。




