14 夏休みは短い
少し前までまだ春だと思っていたんだが、急激に太陽が元気になった気がする。
一応夏休みに入ったのだが、三年はいわゆる受験生というやつであり、夏期講習もあるため夏休みといった感じがしない。
ムシムシとする空気に嫌気が差すが、もっと面倒なのは今日も変わらずP5と梨穂に絡まれていること。
「エージ、エージ! 海行って来た!」
「おー、そうかそうか。よかったな」
いつもの公園のベンチで、一リットルのパックジュースを半分ほど飲み干しながら、海で戦ったと報告してくる二人にどうしたものかと頭を悩ませる。話を聞く限りじゃれ合っているようにしか聞こえないんだが、本当に敵対しているんだよな?
まるでひと夏の思い出のように語っているが、暑いしさすがに帰りたい。
というか、P5の奴、この日差しの中でも上までシャツのボタンを留めているし、なんなら上着も着たままで暑くないのか? 一応頭であるロウソクは溶けてはいないので大丈夫なのかもしれないが。
「エージも海行く?」
「夏期講習あるから行かねぇ」
「ちぇー」
「じゃあ来年一緒に行きましょうね」
仕方ないとはいえ三年だけ夏休みが短いの、ズルいだろ。
休ませろよ。自宅学習でいいじゃん。移動時間に体力消耗するの、おかしいだろ。
「夏期講習……、受験生ですもんね」
「そー」
「どちらを受けるつもりで?」
「まぁ、工学系か専門」
生ぬるくなったパックジュースをずるずると啜りながら月島に答える。
大学は工学系の学部があるところか、時計の専門学校に進学するつもり。行きたい学校があるわけではないが、父さんの後を継ぎたいと思ってはいる。
だからまぁ、俺としては専門学校に行きたいんだが、学校側は四年生の大学も視野に入れてはどうかと進路指導の教員には言われている。多分、父さんは好きな方を選べっていうんだろうなぁ。
「それは、時計作りのための?」
「まぁ、そうなるな」
見慣れた制服ではなく、夏らしいワンピースを着た月島が感心したように頷いた。
つか、いいな。その服。
制服はどうしても暑いし堅苦しいんだよ。うちの学校の制服ベルト必須だし。夏期講習に行くためだけに、夏休みに入っているにもかかわらず朝から制服着て暑い中移動させられるの、受験対策としてはどうなんだよ。
「何のハナシー?」
「英時君は時計の学校に行きたいんですって」
「時計? 動くやつ! 見たい!」
「はいはい」
随分と気に入ったようで。持っていたパックジュースを横に除けて、この間父さんと直した時計をポケットから取り出す。
俺の手のひらに乗せたそれを、P5は相変わらず俺の腕をがっちりと掴んで覗き込んだ。そこまで食い入るように見るのなら、もういっそ手に取って見ろよ。
腕掴まれたままでいられるの、だるいし、何ならこの時期は暑苦しいんだが?
「なんか変」
「変、とは?」
「この時計いつもとちがうー」
不意に、P5が首を傾げ、頭の火を揺らめかせた。
えぇ? コイツそういうのわかるのかよ。
「あー。この前父さんと話して部品の一部を変えたんだよ」
「ふーん」
「気になるか?」
「ううん? こっちも好きー」
けらけらと笑うP5に思わずため息が出る。随分と、簡単に言ってくれる。
こっちは色々と真剣に考えていたっていうのに。
「よかったですね」
「何が」
「なんだか表情が、すっきりしているような気がしたので」
パチパチと火の粉を撥ねさせながら時計を見るP5と俺を見比べて月島が笑った。
別にそんなんじゃねぇよ。すっきりなんかしてませんが? まだまだ悩みもやるべきことも尽きませんが?
でもまぁ、一応。動きはした、のか?
ずっと、上手く話せなかった父さんとも話したし、進路についても、相談しやすくなった。そして父さんと話そうと思ったきっかけは、月島の影響も、少なからずある。
コイツの理想を語る姿に少しだけうらやましくなった。あんな風に、自分の願う物を信じられたら。できなくなった時、何の迷いもなく自然と助けを求められたら。
そんなことを考えた時、自分にとって無条件で手を差し出してくれそうな人に思い至った。だから。そういう意味では、俺の表情がすっきりしているというなら、それは月島のおかげでもある。
こんなこと気恥ずかしいので、月島に直接言うつもりはないが。
「あ! 飛ぶ奴いる!」
「時計もういいのか?」
「うん!」
今まで人の腕に絡みついていたのをパッと離れ、少し先で地面を突いていた土鳩へ向かってP5が駆け出していく。
自由な奴め。
手のひらに乗ったままの時計に視線を落とす。アイツにとって、俺の作った時計は、そんなにいいものなのか。あんなに熱心に見ているのはどうしてなのか。時計が完璧になる時はどんな時なのか。
その答えを、俺は多分知っていた。忘れていたともいうのだが。
幼い頃、父さんの店で見た光景。俺が、夢中になって見ていた柱時計や、気に入った時計を見付けた客の姿を思い出した。
時計が完璧な姿になるのはきっと、誰かのお気に入りになった時だ。
「楽しそうですね」
「何も考えてないだけだろ」
敵対しているはずなのに、相変わらずのんびりとP5を眺めている月島に返して呆れたような、羨ましいような不思議な気分になる。
こいつらの方に素直になれたら、俺はもっと早く答えにたどり着けていたのか、なんて。素直になった自分を想像して、気味の悪さを感じた。
うん、ありえないな。




