12 秒針
「つっかれた」
カバンを床に投げ出して、自室のベッドの上に大の字で寝転がる。
今日も今日とていつもの奴らに絡まれた。
バイデントを連れたP5に遭遇した時のように、鬼ごっこをして全力で走り回ったわけではないから肉体的な疲労はないが、それでも半分ぐらい会話が通じてないんじゃないかレベルで考え方の違う奴らなのでそれなりに気疲れはある。
なんだってこう、高校も最終学年になって妙な奴らと知り合いにならなきゃいけないんだ。
悪い奴らではない。と、思うのだが、いささか面倒な事情を抱えた奴らではあるので何とも言い難い。
まぁ、嫌いではないが。
あー、着替えよ。ぐっと腹に力を入れて上体を起こす。カチャリと、アルミっぽい何かが擦れ合う音がした。
何か、というのは白々しいか。ポケットの中に入っている物で、音のなる物なんて、最近P5が気に入っている懐中時計しかない。
ポケットから取り出して、眺めて見る。P5が夢中になって眺めるほど、出来の良い物には見えなかった。
もう一度時計を握り込んで、机の横に置いてあるゴミ箱を見定める。軽く腕を振りかぶって、……手を離すこともできず、結局時計を握り込んだ手のひらをそのままベッドの上に落とした。
P5と月島が、あんまり褒めるのでなんとなく捨てられなくなってしまった。
こんな、別に大したものじゃないだろう。市販のパーツを組み合わせただけで、精巧な細工がしてあるわけでもない。雑貨屋なんかに売っている物の方が、ずっとデザインの良い物に溢れているし、俺の作った時計なんかよりずっと出来がいい。
時計とは完璧であるべきだ。
父さんが作るような、俺が憧れたような。
……憧れ、か。正直、自分でもわかってはいるんだ。父さんが作るような、なんて言いながら、それは俺自身が勝手に作り上げた理想像に過ぎないことぐらい。
同じ理想を語っていても、月島の方がよっぽど真剣に語っている。アイツは多分、本気でそうであったらいいと信じている。
窓の外で、ぱたぱたと雨が壁を叩く音がした。ああ、帰る時曇っているとは思っていたが、とうとう降り始めたか。風が強くないなら、何でもいい。
のろのろと立ち上がり、机の上に懐中時計を置いた。椅子に座り、引き出しの中から工具を取り出す。昔、父に貰った工具一式を広げて懐中時計の裏蓋を外した。
最初にボタン式の電池を取り、時計を分解して中の掃除と部品を取り換えていく。
分解と、再構築は何度も繰り返した。だから、単純な時計の作りは頭の中に入っている。多分、俺が思っているだけで、この時計はそこまで酷いものではないのかもしれない。
俺が、俺自身を信じていないだけで。理想の中の父の時計と比べているだけで。
そうはいっても、今までダメだ、ダメだと思い続けていたものを、手のひらを返したように褒め認めるなんてできなくて。
こんな時、月島なら。そうして思い出したのは、この間の、渡り廊下で話した時のこと。
信じられなくなったら、相談にのってほしいと言われた。
アイツは、素直な奴だ。もし上手くいかなかったら、壁にぶつかったら。その時は誰かが助けてくれるのだと信じているし、実際にそうしてくれる人間がいると知っているのだろう。
電池をセットして、裏蓋を閉じる。
秒針がカチカチと動き始めた。どこかいびつさを感じさせる懐中時計は。やっぱり微かに異音も聞こえてくる気もして。
完璧とは程遠いそれを、どうしてP5は気に入ったのか。月島はどうしてすごいなどと言ったのか。
何がダメなのか。作り方はあっている。なのにどうして、上手くいかないのか。
こんな時アイツ、月島なら。
「相談、か……」
さっき自分で思い出したことを反芻して、立ち上がる。
時計屋の息子として、いつか自分が父の後を継がなくてはと思っていた。
幼い頃はただ憧れていただけだった。純粋に、いつか自分も父のようになるのだと。けれど知れば知るほど、父の背中が遠くなる。
握り込んだ失敗作の懐中時計を持って部屋を出る。
丁度、階段を挟んで向かい側、普段は立ち入ることのない父の書斎の扉を見据えた。ほんの三、四歩の距離が、果てしなく気が重い。
帰って来た時靴があって、リビングにはいなかったから、父さんは書斎にいる、はず。
雨が降りそうな天気だから、商店街にある父さんの店も少し早く閉めて帰って来たんだろうか。最近はもうめっきり顔を出さなくなったが、幼い頃はよく一人でも遊びに行って、意味もなく店に置いてある時計を眺めていた気がする。
まともに父さんと話すのは久しぶりな気がした。いや、日常会話くらいはしているけど。
でも、父さんもあんまり話す方じゃないし、俺だって時計作りが上手くいかなくなってから、ほとんど話さなくなってしまっていた。なのに、今更、聞いても大丈夫だろうか? 嫌な気にさせたりとか、しないか?
そうして辿り着いた先、扉の前で、大きく深呼吸した。
……。断られたら、諦めよう。しょうがない。
そう意気込んで、控えめにノックをする。短い返事がして扉を開けた。
「ごめん、父さん。教えてほしいことがあるんだけど」
こちらを振り返った父が、眼鏡越しに俺を見つめて、来なさい、とだけ言った。




