09 馬鹿と才能は紙一重
一度捨て損ねた懐中時計を見せて以来、ことあるごとにP5に時計を見せろとせがまれるようになった。
そんなにじっと見つめても楽しいものでもないだろうに、パチパチと小さな火の粉を弾ませてせがまれるものだから、断りづらく、ついせがまれるままに見せてしまっている。
とはいえ、P5は時計の読み方を知らないようなんだが。何なら数字もわからないらしい。教えても不思議そうに首を傾げて、頭の火を揺らすだけなので早々に時計の読み方を教えるのを俺は諦めた。
曰く、ニクスとクライドは文字が読めるんだとか。誰だよ、仲間か? そういえば懐いている奴がいると言っていたな。
いつも公園のベンチ。
屋根のおかげで日差しはいくらか軽減されているが、それでも夏前の右肩上がりの日差しが眩しく、まだ暑さに慣れていない肌にじんわりと汗ばむ。
別に気温だけで汗ばんでいるわけではない。いくら現役男子高校生でもそこまで汗っかきじゃねぇよ。
問題は人の腕をがっしりと掴んでいるこのロウソク頭だ。
どういうわけか、P5は渡しても時計を受け取らず。俺の手の上にあるのを、あちらこちらの方向から眺めている。
何? コイツの世界に物を貸し与えるとかいう文化もねぇの?
決して時計に触れようともせず、けれど俺の腕はがっしり掴んで、不出来な懐中時計をP5は食い入るように見る。あの、中途半端な高さに手を上げているので、いい加減腕がだるいんだが?
怪物だからというつもりはないが、どうにも世間ずれしていて、物を知らないP5と、P5が疑問を口にする度に細かく説明する月島を眺め、息を吐く。
こいつら、本当に敵対してるんだよな?
「楽しいのか?」
「ウン! マンゾク!」
「そーかよ」
しゅぽしゅぽと元気よく火をきらめかせて返事をするP5にスッと体を反らす。あぶねぇから人のすぐ傍で火を揺らすな。
言葉通り本当に満足したのか、俺から離れて公園を駆け回るP5を見送り、すっかり捨てそこなった懐中時計をポケットにしまい込む。すっかり痺れた腕が軽く振るえば、隣で月島がくすくすと笑った。
「元気ですねぇ」
「アレはただのガキだろ」
何が楽しいのか、P5はいつもと変わらぬ昼下がりの公園で、一人きゃいきゃいと遊具を乗り回して遊んでいる。
これをその辺の小学生と同じとしないで、なんと表現するのか。まぁ、身長は俺よりも頭一つ分くらいデカいが。
「あいつ、本当に街を壊してんの?」
「今のところ、直接手を出しているところは見たことがないですね」
「ん。てことは、あのバイデントってのにやらせてるんだ?」
「そうなります」
俺がデカくて黒い怪物、バイデントを連れたP5に会ったのはあの一度切り。以降も街にバイデントが出たと言うニュースやSNSの動画はネットに出回っていたが、そうか。俺が見ていないだけで、月島たちは遭遇しているのな。
まぁ、アイツらとつるむなと言ったわけではないし、あの時だって連れ出して気を反らしただけに過ぎない。
それにバイデントも、さっき名前を上げていた奴らも、P5の仲間、なんだよなぁ。
「そんなに、なんとかっていう鉱物が欲しいのかね」
「イノセントジュエルですか?」
「そー、それ」
そのP5の仲間がこの世界のどこかにあるイノセントジュエルを探しているらしい。
奇跡を起こす意志だか何だか知らないが、あんな何もわかっていないような奴を使うのはダメだろ。ちゃんと説明しても理解しなかったのかもしれないけどさ、もうちょい色々わかってる奴だけでやった方が良かったんじゃねぇの?
こっちもガキみてぇな奴に住んでいる街を、人に言われたからという理由で壊されるなんて溜まったものではない。
それにP5の仲間だって、ふらふらと公園で遊んで、あまつさえ魔法少女と仲良くなっているような奴だぞ? ファンタジーの悪役は、P5にはちょっと頼りなさ過ぎる。
「他の何かを踏みにじってでも、叶えたい願いがあるんですよ。きっと」
ぽつりと、月島が言った。
鉄棒に膝裏をひっかけてつり下がっているP5から視線を移せば、寂しそうな顔をする月島がいた。口に出すのも苦しいなら、言わなきゃいいのに。
「理解出来ねぇ」
「私もです」
「でも、怒ったりはしないんだな」
「考え方は人それぞれですから」
確かに、そうなんだろうが。
まぁ、コイツなりに色々考えてはいるんだろう。良くも悪くも天然で、純粋なやつだ。
「ただ」
じっと月島がP5を見つめている。
「きっとP5は人間の世界の事情を知らないだけなんです。話を聞いて、時間をかけて説明すればわかり合える。そう、思っています」
これは魔法少女としてではなく、私個人の意見ですけど。などと付け加えて月島は困ったような笑みを浮かべた。
甘いんだよなぁ、考え方が一々。
信じることを尊ぶのはコイツの美徳だ。でも、向こうはそんなの関係なく街を壊しに来ているんだろう?
俺は、自分がバイデントに対抗する力がないので好きかって言っているに過ぎないが、月島は魔法少女として矢面に立つ存在だ。
だったら、もっと自分が楽になる方法を考えればいいのに。
「いつか足元救われそうだな」
「足腰は強い方なので、いくらでも立ち上がりますよ」
本当に、バカな奴だ。




