08 世界は不思議に満ちている
梨穂視点。
事実は小説より奇なり。
そう、最初に言った人はどれほど波乱万丈な人生を送ったのだろう。
どこかの国の詩人の言葉だったと思う。でもその詩人も、きっと魔法少女になって、街を襲う存在と戦ったり、仲良くなったりする人生は送ってはいないはずね。
その日も特別な用事があったわけではなく。本当に偶然、ひょんなことから同じクラスのさくらちゃんと七海ちゃんが魔法少女であると知った。
それをきっかけに、二人と仲良くなり。そしてそのまま私も、魔法少女になったのだけど、魔法少女としてバイデントたちと戦う以外に私たちの生活が大きく変わったことはない。
「ほほーう、あれが噂の『静一さん』かぁ」
「なによ」
「うふふ、何でもー?」
だからこうして、七海ちゃんの好きな人が営んでいる喫茶店で学校帰りにお茶を楽しんでいたりもする。
落ち着いた雰囲気の店内にはコーヒーのいい香りが漂っており、優しそうなマスターさんがカウンターでカップを磨いていた。
いつの間にかひょっこりと現れたチュチュが、物珍しそうに店内を見渡している。
もこもこした薄桃色の毛に長い耳。まるでウサギのぬいぐるみみたいな見た目をしたチュチュは私たちに魔法少女としての力を与えてくれた妖精らしい。
普段プリズムパクトの中にいて、パクトを通してどこかに行っているのかは不明だけど、何か気になることがあるとこうしてひょっこりと現れる。
「ちょっと、梨穂。一人で涼しい顔してるけど、よく三年の先輩と一緒にいるの、わかってるんだからね」
「あら、バレちゃいました?」
「え? え? 梨穂も好きな人いるの? どんな人?」
「秘密ですよ。彼は私のお気に入りなので」
詰め寄ろうとする二人を煙に巻いて口元で一本、指を立てる。
忙しい毎日だけど、充実した毎日を過ごしているつもり。バイデントと戦うのは、確かに怖い。でも一人ではないから、多分大丈夫。それに、英時君もいるもの。
私にとって、バイデントとはよくわからないものだった。
イノセントジュエルを探すために街を壊す不思議な存在。それはP5もそう。
でもP5と話してみて、あまりにも街を襲うバイデントとはかけ離れていて、英時君に懐く姿に、もっと別の関わり方ができるんじゃないかと思うようになった。
そして英時君が、破壊の使者の一人であるP5が、街を壊すバイデントと一緒にいる姿を見たくないと言った。
彼はバイデントの一人ではなく、一人の存在としてP5を見ている、それがどういうわけか、嬉しかった。
だから、信じたくなったの。お互いを理解し合う、傷付け合わずに済む未来を。
P5とわかり合えれば、その後ろにいるクライドという人物とも話が付けられるのではないか。イノセントジュエルのために、お互いに傷つけずに済むのでは、と。
それからの毎日は心が弾むようだった。
英時君の、P5への態度に希望を感じた。
それを、大切にしていきたいと思った。
「ところで気になっていたのだけど、アレってだれなノ?」
「アレ?」
不意にチュチュが不思議そうな声を上げた。
チュチュが指さしたのは、喫茶店のマスターさんがいるカウンターの端。そこには、ぽつりと写真立てが一つ。
ここからでははっきりと人相までは見えないが、着物を着た若い女性が椅子に座っている。
「七海知ってる?」
「ううん、……聞いたことないけど」
七海ちゃんはマスターさんが好きみたいだし、気になる。が、直接聞く勇気はないらしい。
ふむ、と何かを思いついたようにさくらちゃんが立ち上がった。なんとなくこうなる気がしたので私もそっと立ち上がる。
「あのー」
「どうかした?」
「あそこに飾ってある写真について聞いてもいいですか?」
さくらちゃんが話しかけるのを見て、慌てて七海ちゃんが二人の間に割って入った。
その様子を見ながら、そっとチュチュを抱えて背後から寄っていく。二人とも元気で可愛いなぁ。
「ちょっとさくら」
「まぁまぁ。七海ちゃんも気になっていたんでしょう?」
「それは、そうだけど」
突然の質問にも嫌な顔一つせず、マスターさんは笑顔で答えてくれる。
曰く、あの写真の女性はマスターさんのお婆さんらしい。先代マスターであるマスターさんのお爺さんが飾ったもので、お店の名前の由来もお婆さんの名前からとったものなのだとか。
とっても素敵な話に、なんだか胸の内がポカポカする。
「どんな人だったノ?」
チュチュが声を上げた。
さくらちゃんと七海ちゃんが慌てて、私の腕の中にいたチュチュを抱えて口を塞ぐ。
わぁ、これが目にもとまらぬ速さというやつなのかな。あっという間にチュチュを抱え込んだ二人に感心する。
「そ、そうなんですねー」
「あははー。失礼しましたー」
なんとなくぎこちない返事をする二人にマスターさんが不思議そうな顔をした。どうやらマスターさんはチュチュが話したことに気が付いていないみたい。
でも、どうして二人は慌てているのかな。
そもそも私たちは魔法少女であることも、チュチュの存在も秘匿するように指示されたわけではないのに。
確かに二人の、大切な人を巻き込みたくないという気持ちもわかる。
けれど、隠し事をする方が辛くないのかな?
二人の大切な人なら、きっと悪いようにはしないと思うのだけど。
世の中そんなに、よくない方へ転ぶこともないと思うのになぁ。
なんて。口に出してしまうのは少し無責任かな?




