06 診断結果、筋肉痛
息を思いっきり吸って、吐く。
体のあちこちが痛い。正直、立って歩くのですらやっとだ。可能なら今すぐにでもベッドに倒れ込んで惰眠をむさぼりたい。
昨日はあの後P5と公園で、鬼ごっこをした。それはもう、全力で。
膝が笑おうが関係なしに、P5を追いかけまくった。バイデントと一緒に街を壊そうとしていたことを忘れさせるために。
その甲斐あってか、公園内を走り回っている間は街がどうこうと、P5が口にすることはなく。満足したのか、夕方にはけらけら笑いながら帰って行った。
おかげで体中が痛い。普段の体育の授業でもあんなに全力で走ったりしないぞ。
「そんなことがあったんですねぇ」
げんなりと、ため息を吐きながら昨日の全力疾走の話をすれば、月島は感心したように呟いた。
別に街のためとか、大層な理由ではないが、一応あのバイデントとかいう奴を追い返したので魔法少女である月島にも話をしておいた方がいいかと思った次第だ。
まあ、たまたま購買横の自動販売機で会ったから、話したに過ぎないんだが。
「街にバイデントが出たと聞いていたんですが、見当たらなかったので、何があったのかと思っていたんですよ」
自動販売機に小銭を投入してボタンを押す。ガコンと重い音を立てて、炭酸飲料が取り出し口に転がった。
カチカチと硬い蓋を開けて三分の一ほどを一気飲みする。口の中でしゅわしゅわと炭酸が弾けた。
疲労にはエナジードリンクの方が効く気がするが、生憎高校に設置されている自動販売機にはそんな物は売っていない。炭酸の清涼感は果たして筋肉痛に効果があるのか。
隣でカフェオレを買う月島を盗み見る。こうしていると普通、なんだよなぁ。
かなり大らかというか、マイペースな奴ではあるが、悪い奴ではない。
一体誰が、ニュースやSNSで騒ぎ立てられているような怪物と戦う魔法少女の正体が月島だと、気が付くだろう。……でもコイツ、自分で魔法少女だと言ってたな。
息を一つ吐いて、肩を落とす。
「お前、普段あんなのと戦ってるの」
「あんなの?」
自分で言っておきながら、少し嫌な気分になった。
突然目の前に現れた鋭い爪と眼光。普段見慣れているはずの街中に現れた異物。威圧感を放つバイデントを従えるように、そいつの肩にP5が座っていた。
ケタケタと楽しそうに、ことも無さげに街を壊すと言ったP5の態度は何も変わらないはずなのに、うすら寒いものを感じた。
バイデントの上に乗り笑うP5を見上げたまま、体が心から冷え固まるような感覚を思い出す。強がってはいたものの、多分あの時、俺はアイツに恐怖を感じていた。
「あー、ほら。バイデントとかいう」
「ええ、そうですよ」
初めて、街で定期的に暴れている存在を見た。
ずっとテレビやSNSの動画の中だけの存在のように感じていたそれは、きちんと質量を持っていて。世間は俺が思っていたより、ずっとファンタジーらしい。
いや、可笑しいだろ! なんで普通に受け入れているんだよ!
そもそも怪物が現れた時点で十分ファンタジーなのに、魔法少女だとか、奇跡を起こせる鉱石だとか。そんなものを普通に受け入れている社会の方がおかしい。
「怖くねぇの?」
「……怖いですよ。でも一人じゃないですから」
月島が甘そうなカフェオレのペットボトルを抱きしめて、にっこりと笑った。
なんだよそれ。
月島も月島だ。魔法少女が複数いるからって、普通の女子高生があんなのと戦う理由にはならないだろ。自分だって魔法少女が何なのかわかっていないくせに。他人のためになんでお前が戦っているんだよ。
「なんで、魔法少女なんかしてるんだよ」
「なんでと言われましても。逆に、どうして英時君は昨日P5を遊びに誘ったんですか?」
そう月島に問われて言葉に詰まる。
なんでって、別に。単純に、なんか嫌だっただけで深い理由なんてない。俺が巻き込まれたくなくて、少しでも関わったやつが妙なことになっているのを見るのが嫌だった。
初対面でフェンスに挟まっているようなガキみたいな奴が、街を壊して周るなんて、それこそ世も末だろ。
「アイツ、P5が怪物と一緒にいるのが嫌だっただけで、大した理由じゃねぇよ」
P5を、怪物の仲間だと思いたくなかった。あんな呑気な奴が、バイデントを従えているんだと信じたくなかった。俺の前ではバカみたいに笑ってるP5が、街を壊すところを見たくなかった。
それだけのことで、それ以上の理由なんてどこにもない。
目を丸くしていた月島が、何かを察したように笑った。
「なんだよ」
「いいえ?」
くすくすと、おかしそうに笑う月島をムシして、ペットボトルの炭酸飲料の残りを一気飲みする。喉を通る炭酸が煩わしいあれやこれやを押し流してくれるような気がしたが、別にそんなこともなく。
苦しくなって途中で下ろしたペットボトルには、あと二、三口分の炭酸飲料が残っていて。
息を吐いて、残りを飲み干す。なんでもかんでも、思った通りには行かないことばかりだ。
苛々をぶつけるように、キャップを締めたペットボトルをゴミ箱の中に、力いっぱい投げ入れた。




