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【三部連載中】魔法少女と二代目。  作者: ささかま 02
【ブルー編】なべて茶店はこともなし
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41 空の色


 手に持ったカップを、クロスで優しく拭う。

 何度も、何度も。傷が付かないように優しく、丁寧に。

 こういう動作は、ただ無心になれるので割と好きな方だ。


 実際には二週間ほどしか経っていないのに、空が暗くなってもうずいぶん経ったような気がする。

 街の人はすっかり避難所の暮らしになじみ始めたのか、暮らしの不便さを嘆きはするものの、最初の頃より悲惨そうな表情をする人は少なくなった。もちろん、不安がなくなったわけではないのだが。


 それでも。朝は紬の前のスーパーマーケットの駐車場で、炊き出しが行われる程度には人々の交流は途絶えていないし、人によっては自宅の方へ様子を見に行っている人もいるようだ。

 俺が思っていたよりも、皆ずっと逞しいな。引きこもってた俺が、バカみたいじゃないか。


『怪物の被害は収まりつつありますが、依然として空は暗く──』


 ふっと息を吐いて伸びをする。いつもと変わらず流したままのラジオでは美空町の様子を報道している。

 確かに、怪物はここ数日現れなくなった。七海ちゃんたちが空の開いた裂け目の向こうに行く数日前より少しずつ数が減っていき、今日は朝から現れていないらしい。

 きっと、裂け目の向こう側で戦っているんだろう。


 七海ちゃんを信じていないわけじゃない。それでも不安を紛らわそうと、カップとクロスに手が伸びてしまうのは、きっと空の色がいつもと違うからだ。たったそれだけなのに、これほどまでに心が落ち着かない。

 拭いていたカップを置いてふと、窓の外を見る。


「は?」


 黒く染め上げられていた空が、何の前触れもなく明るくなった。

 一瞬見間違えかと何度となく瞬きをしても、そこに広がるのは見慣れた青い空で。ガタリと音を立てながら立ち上がる。


 終わったのか?

 ふらふらと、おぼつかない足取りで外に出れば、空から一筋の光が降りてくる。あれは何か、なんてわざわざ聞く必要もない。

 なんとなく、直感的にそういうことだと理解した。


 午前中は炊き出しでまばらに人のいたスーパーマーケットの駐車場には車が一台も止まっていない。

 ただ人のいない広いだけの空間になってしまっているそこに、光が下りてきて。そしてそこに彼女たちが。

 三人の女の子たちが、光と共に舞い降りた。


「おかえり」


 これほどまでに、自分の話し下手を恨んだことはない。でも、これでいいと思った。俺は話すのが下手だけど、その分、彼女の言葉を聞き逃さずにいられる。

 光の中から現れた七海ちゃんが、俺を見てくしゃりと表情を歪めた。


「……ただいま、ただいま!」


 息を思いっきり吐き出すように、抱えていたものを全部さらけ出すように。こちらへ向かって駆け出して来た七海ちゃんを受け止める。

 大丈夫、俺はもう、一人じゃない。


 たくさん頑張ったのか、すっかり疲れてしまったのか。抱き着いたまま肩を震わせる七海ちゃんの背中に腕を回した。

 たくさんのものを抱えてきたんだろう。空は明るくなった。浮かんでいた裂け目も閉じたのか、どこにも見当たらない。

 もう、この子は普通の女の子だ。


 さくらちゃんと梨穂ちゃんに笑いかければ、安心したように笑い返してくれた。まずは彼女たちを労うべきで、早く紬に入ってせめて椅子に座らせてあげるべきなのに、困ったことに離れがたい。

 とはいえ、何もない駐車場に立ちっぱなしにさせるわけにもいかなくて。そっと七海ちゃんの頭を撫でながら声をかけた。


「おかえり。七海ちゃん」

「ただいま、静一さん。私、頑張ったの。本当は怖かったし、不安もあった。でも、すごく頑張ったの!」

「大丈夫、ちゃんとわかっているよ」


 真っ直ぐで強い子だった。でもそれはそれとして年相応の女の子だった。

 いつもよりも小さく見える七海ちゃんをなだめすかして、深く息を吸い込む。久しぶりに、まともに呼吸ができた気がした。


「俺さ。七海ちゃんが話しかけてくれるの、好きなんだ」


 正直七海ちゃんが紬の何を気に入って、足繁く顔を出してくれるようになったのかは知らない。たまたま店先で目が合って、コーヒーを勧めて以来だったと記憶している。

 まぁ、今はそんなことどうだっていいか。ただ、無事に帰ってきてくれて嬉しい。

 七海ちゃんが楽しそうに俺に話しかけてくれる日々を失わずに済んだのだから。


「だから、聞かせてくれないかな? コーヒーを飲みながら」


 どんなことだっていい。辛かったことも、苦しかったことでも。七海ちゃんの感じたものを。俺が今まで見ないふりしてきた感情を、俺にもわけてほしい。

 その分俺も、楽しかったことや嬉しかったことを彼女に渡すから。色々な想いを、七海ちゃんと共有していきたいんだ。


 ゆっくりと七海ちゃんが顔を上げる。

 まだ暗い表情をしているけれど、今はそれでいい。

 時間なんていくらでもある。ゆっくり、俺たちのペースでお互いの気持ちを確認していけばいいんだ。


 少しだけ、体を離した七海ちゃんが笑った。

 あぁ、うん。やっぱり俺はこの子の笑った顔が一番好きなんだよ。

 晴れやかな青い空に一番映える、七海ちゃんの笑顔が。



そうしてようやく、魔法少女は普通の女の子に戻ったのでした。

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