40 結末
七海視点。
それは、強い願いだった。きっと誰よりも純粋で、尊いものだったのかもしれない。
故郷を、世界を守りたかった。きっと彼の願いはそれだけだった。私たちはその願いを、光の中へと消したんだ。
強い光を放っていたイノセントジュエルの輝きが、緩やかになる。光に埋め尽くされていた世界が色を取り戻すのを見届けて、私たちも武器を下ろした。
一瞬の静寂。視線の先には彼が、私たちがイノセントジュエルの力で打倒したクライドが地に伏している。
終わった、のだろうか。
体を起こそうとするクライドは弱々しく、体の端々が塵のようになって崩れ始めている。
「あなたの願いを、忘れない。プルートを救いたかったあなたのことも、あなたを救いたかった人がいることも。私は忘れない」
「傲慢だな」
さくらの言葉に、クライドが苦々しげにこちらを睨む。
彼はただ、世界を救いたかった。そのために自分のすべてを捧げられる人だった。
きっとこの世界の住人は皆、誰かを頼る方法を知らなかったんだと思う。それを教えてくれる人がいなかった。自分のことで精いっぱいで、助け合う余裕すらなかった。
だから方法を間違えてしまった。それだけのことだった。
「たとえ傲慢でも。私たちはあなたたちを救いたかった。手を取り合いたかったんです」
「私たちに愛する人がいるように、あなたを愛した人がいた。その人のためにも、ね」
「……バカなことを。すべて、もう遅いのだ」
もし、力による破壊に頼らず、対話と助けを求めてくれれば、きっと未来は変わったのかな? もっと早い段階なら、彼らのために何かできたのかな?
少しだけ笑いながら、塵のように消えるクライドを見つめ考える。
これで本当に良かったのか。浄化の力だと言いながら、彼らの存在を消していくことに迷いはある。
けれど、私たちはその悩みを抱えてこれからも生きていかなければならない。
不意に、地響きが城に広がった。
「え、何なに!?」
「クライドがいなくなったことで、プルートを支えるものがなくなったのヨ! このままだとお城は崩れるワ」
「崩れるってそんなにすぐに!?」
地響きと一緒にミシミシと嫌な音がして、天井から砂埃が落ちてくる。
確かにクライドが自分の命でプルートを繋ぎとめているとは聞いていたけど、こんなにすぐに崩れ始めるものなの? それに私たちが言える立場ではないけど、プルートはこれからどうなるのよ。
「プルートはこのまま崩壊するワ」
「崩壊って……」
「大丈夫ヨ。このための準備をしてきたノ」
にっこり笑ったチュチュがイノセントジュエルを掲げる。
一際強く、イノセントジュエルが輝き始めた。
「イノセントジュエルは、最も無垢な心を代償として使用者の願いを叶えるノ」
なんの根拠もないけど、直感的にこれがイノセントジュエルの正しい使い方なのだと思った。
他の誰でもなく、チュチュだけがその方法でイノセントジュエルを扱えるのだと。
「大丈夫、私ならできるワ。だから皆は安心して元の世界に帰ってネ」
「イノセントジュエルを使ったらチュチュはどうなるんですか?」
「……妖精は無垢な心を失うと消えるワ」
梨穂の問いかけにも、チュチュは笑ったまま、静かな声で答えた。
あぁ。チュチュが隠していたのはこれか。
二つの世界を救うには方法がないのかもしれない。
イノセントジュエルを扱える人が他にいない以上、チュチュに頼る他ないのかもしれない。
でも。でもそれは、あまりにも。
「そんな! 嫌だよチュチュ、一緒に帰ろうよ!」
「それはできないワ。これが私の役目、今まで魔法少女と一緒にいた妖精たち皆が、繋いできたお仕事なんだもノ」
「せめてもうちょっと早く言って欲しかったわ。こんな状況でお別れだとか、納得できるわけないじゃない」
「黙っていてごめんね」
「チュチュは、納得しているんですよね?」
「うん。消えてしまっても全部がなくなるわけじゃないノ。妖精の国でゆっくり休んだら、まっさらな私になって帰って来れるから」
やるせないなぁ。
結局私たちも、クライドたちと同じだった。力で願いを押し通すしかできなくて、誰かを犠牲にするしか救われる方法がなくて。
ぐったりと崩れ落ちそうになる膝を支え、私たちはチュチュにすべてを託して元の世界へと帰るしかできないんだ。
「だから、いつかまた会えたら。また友達になってくれる?」
でも、何もできないのなら、できないなりに。
私たちなりの受け止め方だってあるはずなんだ。
「もちろん、もちろんだよ! チュチュ!」
「消えたくらいで友達を辞められるとは思わないでよね」
「そうですよ。ちゃんと待ってますから、帰ってきてくださいね」
「ウン! ありがとう皆! さぁもう行って。私の大切な友達、プリズムトリニティ」
これで良かったとか、そんなことは思っていない。迷いも、苦しみも、たくさんある。けれど、私たちは生きなきゃいけない。
今は全部呑み込んで、吐き出すのは無事に帰ってからにしよう。
チュチュに背を向け、三人で頷きあって城の外へと駆け出す。
低い音を立てながら、外壁が崩れ始めた。最期の、プリズムトリニティとしての力が、光になって私たちを包む。
帰ろう。
私たちの世界へ。
終息と、お別れと。




