38 どれほど苦しくても
七海視点。
約束の場所に向かうと、すでにそこには空を見上げるさくらがいた。
ふわりと肌寒い風が吹く。まだ、こちらには気が付いていないのか、黒いままの空を見上げていて、表情は見えない。
チュチュの準備が終わったらしい。あとはあの空の裂け目の向こう側に行くだけ。向こうに行って、すべての決着をつけるだけ。
ヨルさんは私が倒した。カロンも、P5ももういない。残っているのは、クライドだけ。本当に、これで終わるんだ。
そっと息を吐いて、さくらに話しかける。
「さくら」
「なんだか、すごいことになっちゃったね」
「そうね。私、いまだに自分がプリズムトリニティだって信じられない時があるわ」
隣に立って同じ景色を見た。暗い空が広がっている。さくらの視線の先には空に浮かんだ裂け目があって、けれどこちらを振り向いたさくらの表情に不安の色はなくて。
むしろ、場違いなほど喜色がにじみ出ている。
「随分と、やる気に満ちているじゃない」
「え? あはは、そう見える?」
「なぁに? いいことでもあった?」
覗き込むようにこちらを見たさくらに笑いかければ、彼女もつられて破顔した。
随分と、リラックスしている。私も大概、人のことは言えないけど。でもまぁ、緊張しすぎるよりはずっといいか。
「約束したの、絶対帰ってくるって」
「前に言ってた、孝樹さん?」
「うん。七海だって、今から空の裂け目に向かいますって顔してないけど、いいことあったんじゃないの?」
そう言われて思い出すのはここに来る前のこと。
空の裂け目に行く前に、紬に寄った。そこで、静一さんが……。
ぶり返すように騒ぎ立てる心臓と、にやけそうになる表情筋を押さえつけて息を吐く。
さくらの言う通り、アレは確かに私にとって『いいこと』だ。帰ってからの約束ができたのもそうだが、送り出す際に言ってくれた一言が、私にとっては何よりの。
「私、今無敵なの」
「無敵なの?」
「そう。今なら絶対誰にも負けない」
それはそうでしょう。だって好きな人に愛してるって言われて嬉しくない乙女はいないし、これで無敵にならないなんて乙女が廃る。
ぐっと、握りこぶしを作って気合を入れ直す。正直言って、今までにないくらい調子がいい。多分きっと大丈夫、なんて根拠のない自信に満ち溢れている。
「皆、お待たせなノ!」
「お待たせしてすみません」
「梨穂、チュチュ」
これで、皆揃った。これから私たちはあの空の裂け目に向かうんだ。
チュチュはプルートに行くための準備をしてくれていた。私たちの世界とプルートは何もかもが違うらしく、イノセントジュエルの力を使って向こうの世界でも活動できるようにしてくれていたんだとか。
「逸れないように三人で手を繋いでネ」
もうすっかり見慣れたプリズムトリニティの姿に変身して、三人で輪になるように手を繋ぐ。
強い光に包まれた。その光が筋になって、つい眩しくて目を瞑った。押し上げられるような風を感じる。次に目を開けた時に広がっていたのは、私たちの知らない荒廃した世界だった。
「ここが、プルート」
「聞いていた以上に、荒れ果てているわね」
崩れた建物や、まともに形を保っていられない何かが無造作に転がっている。人工物だけではない。多分、バイデントだったはずの何か、まで。
酷い世界だと思った。ヨルさんはこの世界を救うために戦っていた。ここに、紬のような平穏で、誰も傷付かない場所を作りたかったんだ。
戸惑う気持ちはある。けれどここまで来た以上、ヨルさんの願いを阻んだ以上。私は最後まで戦わないといけない。
辺りを見回してはたと気が付いた。見渡した辺りに生きている人影はない。けれど確かに、見られている。
「二人とも」
「ええ。見られていますね」
二人に確認するのが早いか、ゆらりと、建物の影からバイデントが姿を現した。それも、一体二体ではない。ぞろぞろと現れたバイデントたちに、それぞれの武器を構えた。
言葉を交わすことはない。彼らは問答無用でこちらに襲い掛かってくる。だからそれを、迎撃する。
これでいいのかとか、何が正しいのかなんて疑問がないわけではない。けれど、私たちは戦っている。譲れないもののために。
ただ一つだけ嫌になるのは、今戦っているバイデントたちは、今まで戦ってきた怪物よりも弱く、欠損しているものも多いこと。今まで人間界に来ていたのは、きっと上澄みで。彼らの中でも特に丈夫な存在だったのだろう。
体の一部が欠けていたり、そもそも体の小さいものまでが我先にと突撃してくる。
ヨルさんの、言っていた通りなんだなぁ。彼らは貧しく、苦しい暮らしを強いられている。
だからこそ。その世界に、安寧を欲した。
「きりがないっ!」
「ムリヤリ突破しましょう!」
少し離れた先に城が見える。裂け目からも見えていたそれはどこかおどろおどろしく。
多くのバイデントたちが、城への侵入を阻むのは、きっとそこにクライドがいるからで。
苦しい。でも止まれない。
ヨルさんの覚悟を否定したのだから、彼らにも負けるわけにはいかない。世界を分離するために、迷わないために戦う。
そして何より、静一さんに絶対に帰ると約束したから。
最終決戦へ。




