表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女と二代目。  作者: ささかま 02
【ブルー編】なべて茶店はこともなし
PR
78/123

37 これを最後にはしたくない


 二つの世界が重なり始めて数日、変わらず紬のドアにかけてある札をOPENに変える。

 街にはほとんど人がいなくなってしまった。外は今まで俺が目を背けていた、決して平和や平穏などではない世界が広がっている。


 暗い空の下、特に何をするでもなく、コンロの薬缶に火をかける。空調を入れているとはいえ、どこか寒々しい店内に火が灯った。

 不意に聞き慣れているはずのドアベルが鳴って、心臓が跳ねた。慌ててそちらを見れば、浮かない顔をした七海ちゃんがいて。


「コーヒー、飲む?」


 ちょうど沸き上がった薬缶をコンロから外して声をかければ、七海ちゃんは小さくうなずいた。


 薬缶を鍋敷きの上に置いて、ミルで二人分のコーヒー豆を挽いた。できるだけいつものように、ほんの少しの間だけでも、七海ちゃんの背負っているものを忘れられるように。

 コーヒーを淹れ、ミルクを添える。ここにはもう、彼女のコーヒーに勝手にミルクを入れる人はいない。


「私、初めは巻き込まれただけだったんです」

「うん?」

「さくらに出会って、チュチュにプリズムパクトを与えられて、梨穂と一緒になって。本当は世界のことなんて考えてなかった」


 ぽつり、ぽつりと零すように話すそれは、七海ちゃんが魔法少女になった経緯といっていいのだろうか。

 まるで懺悔のような静かな声に、胸が苦しくなる。七海ちゃんの表情は、後悔とは言い切れないものの、どこか悲しみを帯びていた。

 だから、なんとなく。七海ちゃんが本当は何を伝えたいのか、わかってしまった。


「ずっと静一さんの平穏が守れればいいと思っていた」

「うん」

「でも段々静一さんだけじゃなく、ヨルさんのことも守りたくなった。でもダメだった」


 きっと。

 七海ちゃんはヨルと決別をしてきたのだろう。


「私がヨルさんの願いを終わらせた」


 そうか、そう。ヨルのことは、一区切りついたのか。

 暗い表情のまま告げる彼女に手を伸ばす。


 その隣には、ヨルがいたはずだった。からかわれるのが苦手だと言いながらも、七海ちゃんはヨルを慕っていた。

 どうして七海ちゃんだったのか。何故ヨルだったのか。俺は何も知らないけれど、それでも。


「ヨルさん、好きな人がいたんだって。その人が、自分たちの世界を守るために命を懸けたから、ヨルさんも愛した人のために命を懸けたの」

「アイツらしいな」

「私、ヨルさんの言う覚悟はできてないんですよ。好きな人のためには死ねない。一緒に、生きていたい」


 どんな会話があったのか、どんなものを背負うことになったのか、俺にはわからない。

 けれど。


「確かに、ヨルは怪物の仲間だった」

「……」

「でもさ」


 放置されたコーヒーがカウンターの上で静かに湯気を吐き出している。その温かみと、伸ばした手が触れた七海ちゃんのぬくもりが、同じものだといいのに。

 そっと、七海ちゃんの頭を撫でて、笑いかける。


「楽しかったよな? ヨルと一緒にいて」


 楽しかった。ヨルとの日々は。自由なヨルを眺めるのは、楽しそうに笑うヨルと七海ちゃんにコーヒーを振る舞うのは、楽しいものだった。

 そういう思いを抱えて、皆別れを乗り越えていくのだ。笑い合って、納得し合って。

 もう会えないのは寂しいけど、それだけではなかった。


「……、うん。うん! 楽しかった! 私、ヨルさんと一緒にいられて、楽しかったの」

「そうだな。うん、俺も。楽しかったんだよ。三人で一緒にいると」

「ヨルさんに、会えてよかった」


 後悔や、やりきれなさはある。けれどそれ以上に、楽しかった。

 笑う俺につられて、七海ちゃんにも笑顔が戻る。泣き笑いのような表情だった。くしゃくしゃと歪んだ、綺麗な笑顔だった。

 これで良かったんだよ。


 二人分の息遣いと、流しっぱなしのラジオの音声が微かに聞こえる。

 静かに、ひっそりと。笑いながら、納得しながらも。心を落ち着けるのにはほんの少しだけ時間がかかった。

 そうしてようやく落ち着いた頃、七海ちゃんが改めて口を開いた。


「チュチュの、準備ができたそうなんです」

「それって、あの裂け目の向こう側に?」

「はい。正直、どうなるかわからない。でも、必ず帰ってくるから」


 穏やかな口調だった。

 世界を背負っている強さを持つ目だった。


「そうしたらまた、コーヒーを淹れてほしいです」


 七海ちゃんは、ヨルと同じ覚悟を持ってはいない。七海ちゃんが持っているのは。七海ちゃんの願いは。

 強いなぁ。どうしてこう、真っ直ぐにいられるのだろう。

 困らせたくない。それも本心ではある。


「行ってほしくないって言ったら困る?」

「静一さん……」

「はは、ごめんね。コーヒー淹れて待ってる」


 離れたくない。遠くへ行ってほしくない。別れたくない。そんな、どうしようもない自分がまた顔を出す。困らせたいわけじゃない。ただ、また失うのが怖いだけ。

 でも、七海ちゃんは帰ってくると言ってくれたじゃないか。ちゃんと、信じないと。

 信じて、見送らないと。


「いってらっしゃい」

「……行ってきます」

「あ、ねぇ七海ちゃん」


 ゆっくりと、冷めたコーヒーを飲み干した七海ちゃんが立ち上がる。

 それを引き留めるように名前を呼んだ。


「愛してる」


 だからどうか、無事に帰ってきてくれ。



残り5話!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ