36 私の行く未知。
七海視点
魔法少女になるまで、私は多分どこにでもいる普通の子だった。
勉強はそれなりにできた方だけど、体育は普通。授業の範囲では体を動かすけど、それ以外では積極的に運動をするわけではなく。戦うなんてもってのほか。
無言のまま、二人分の息遣いと、剣のぶつかり合う音だけがする。剣同士の鍔迫り合いをして、ぎちぎちと鈍い音を立てる。
細い、針のようなニクスの剣と、私の薄くて平たい剣がぶつかり合う。多分、剣の形によっても向いている戦い方があるんだろうけど、そんなの知らないし、わからない。思うままに振るうしかない。
ニクス、ヨルさんは夏の嵐のような人だ。こういう人を、愛に生きた女と呼ぶんだろう。大嫌いで、大好きな私の憧れの人。
絶対越えたい。彼女のようにはなれないけど、私は私の願う形で、愛を貫くと決めたんだ。
ヨルさんはプルートのボスであるクライドを愛している。
クライドが命を懸けてプルートを守ろうとしていることを肯定し、彼の悲願に協力するために調査探索要員として、人間に擬態してイノセントジュエルを探していた。
だから強いんだ。誰かのために、愛する人のために自分のすべてを懸けられるから。
「まだ、こんなものじゃないでしょう?」
「このっ」
剣を振るう。水のような青い剣戟を放つ。軽々とヨルさんに避けられて苛立ちと焦りが沸き立つ。
折角。折角ヨルさんが全力でぶつかって来てくれているのに、こんなに、ちっとも手が届かないまま終わるなんて嫌!
ぐっと剣の柄を握り込む。息が切れてくる。胸が熱くなる。
不意に、腰にぶら下げていたプリズムパクトが輝き始めた。
「あれが、イノセントジュエル……」
溢れた光の中に、イノセントジュエルが現れる。注がれる光に、力が湧いてくる。
あぁ。これから行うのは、無垢な行いなんかじゃない。もっと利己的で、我儘で、どうしようもない思いの成れの果て。
イノセントジュエルの本来の使い方ではない、ただ力のリソースとしての使い方。
「いくよ、ヨルさん。全部、ぶつけるから」
「はぁ。いいわよ、来なさい、ナナミ」
溢れ出した光を、剣に纏わせて。
多分、カロンと戦った時のさくらもこんな気持ちだったんだろう。
これで終わり。これで良かったのか。迷いはある。でも、止まらない。止まるべきではない。だから全部呑み込んで、全部ぶつけるしかない。
「イノセントウェーブ!」
スプラッシュエッジに乗せた光を、剣戟としてヨルさんに向かって放つ。真っ直ぐに、振り下ろした剣戟の先にヨルさんを見た。
放たれた光の剣戟は距離を追うごとに強い輝きを灯して、視界を白く染め上げる。
数拍、まるで音すら消えたような間があって、光が消える。自分で放ったものなのに、少し目がチカチカした。
ぐっと落ちそうになる瞼と、切れ切れな呼吸をこらえて正面を向く。剣を支えにして、膝をついているヨルさんがいた。肩で息をしていて、今にも崩れそうなその姿に、息を呑む。
「ちゃんと、受け止めてやったわよ。アンタの気持ち」
黒いリップの乗った唇が弧を描いた。
乱れ髪がはらりとヨルさんの顔の前に落ちる。
勝ったのだと、思った。別に嬉しくはなかった。でも、やらなきゃいけなかった。
「いい顔になったじゃない」
「どんな顔してるか、自分じゃわかんないです」
「ちゃんと覚悟できてる顔」
ヨルさんが笑う。
静一さんの入れたコーヒーを見つめる時のような、私の好きな顔で。
「しっかりやりなさい。セーイチ、いつも頭で考えるだけで、言葉にできない奴だから。アンタが引っ張ってやるのよ」
覚悟って、私、ヨルさんと別れる覚悟なんてできてないよ。
まだ一緒にいてよ。紬で、一緒にコーヒーを飲んで、話をして、相談にも乗って。時々なら、ちょっとくらいなら、また意地悪してもいいから。嫌だ。行かないで。
そんなこと、言えなかった。
「じゃあね、ナナミ。アンタと一緒にバカやるの、悪くなかったわ」
「うん。うん! 私も、嫌いじゃなかったよ!」
「……クライド、先に行って待ってる」
それだけを残してゆっくりと、黒い塵のようなものになってヨルさんが消えて行く。手を、伸ばせなかった。それでも必死に、笑顔を作った。笑っていたかった。だって、好きだったから。みっともない顔で、お別れしたくなかった。
さくらや梨穂のように、敵ともわかり合えるって本気で信じたかった。でもお互いに譲れないものがあった。
愛した人の願いのためにヨルさんは死んで、愛した人と一緒に生きたいと私は願った。
相容れない人だった。でも大好きだった。わかり合えなくても、多分、お互いの気持ちを認め合うことはできた。
ニクスを倒してしまった以上、私はヨルさんの想いも背負って生きなければならない。
愛のために死んだヨルさんを否定してしまったのだから、愛のために生きないといけない。私はもう、誰にも負けられない。静一さんへの気持ちを誇れるように。ヨルさんの思いに報いるために。
崩れそうになる膝を必死に立てて空を見上げた。
まだ空は、暗いままだった。
ニクス戦、了




