35 あなたの行く道
七海視点
「はぁい。会いに来てあげたわよ」
暗い空を背に、私を見下ろしてニクスは笑った。
こうして会うのは久しぶりな気がする。最後に見た時と同じ破壊の使者としての姿で、ニクスはそこにいて。
まだ裂け目の向こうへ行くための準備は何も整っていない。けれどそんなこと、言っていられない。
私がいて、ニクスがいる。ならやることは一つ。
「イノセントジュエルを見付けたのね」
「そうだと言ったら?」
にっこりとニクスが笑う。張り付けたような笑みだと思った。何を考えているのかはわからない。きっと、プルートを救うためだと思うけど。
ニクスは、きっとカロンを倒したことは知っている。けれどこの人はそれを言わない。そういうものだと、この人は理解している。覚悟している。それが私たちの違い。
「渡して」
「嫌だ」
もうプルートには時間がない。滅びの道を辿っている。そんな中でボスであるクライドが、自分の命を削ってプルートを守っているらしい。
カロンは誰も死なせたくなかった。そのためにイノセントジュエルを求めた。でも、イノセントジュエルは万能ではない。誰にだって使えるものでもない。
「こちらの事情は分かってもらえたと思っていたのだけど」
「プルートを救うためなら、他の世界を侵攻してもいいっていうの?」
「……」
すっと、ニクスの表情が消えた。
完全にというわけじゃないけど、ある程度プルートに何が起こっているのかは知っているつもり。でも、だからといって街を壊されるのを黙って見ているなんて出来ないし、受け入れられない。
他に方法がないのだとしても。ニクスがどれだけプルートの平和を願っていても。私は私の大切なものを傷付けられるくらいなら。
「私たちはきっとわかり合えない。だって愛するものが違うもの」
「そうね」
「だから、戦いましょう? ニクス。世界を救うためじゃなく、愛する人のために」
わかり合えなくてもいい。
本気の気持ちでぶつかり合えば、きっとわかり合えなくても、お互いを認め合うことはできるはず!
ポケットの中に忍ばせていたプリズムパクトを取り出す。
私たちは何もかもが違った。生まれた環境も、性格も。世界も、人も。でも誰かを愛したことだけは同じだった。この思いだけは、同じ名前をしていた。
だから。私の中の、ありったけの気持ちを込めて。
「プリズムパクト!」
パクトを開いて鏡の中に自分を映す。少し緊張した、それでも自信に満ちた私が映っていた。
全部ぶつけるんだ。私の気持ちを、全部。わかり合うつもりなんて毛頭ない。私の思いを全部ぶつけて、ニクスの思いも全部ぶつけてもらう。
お互いに譲れないものをぶつけ合って、後はただの意地の張り合い。これは世界のためなんかじゃない。私が、私たちであるための戦い。
プリズムパクトから溢れた光が、私の髪を水色に染め上げていく。パシャリと波紋のように重なったパニエとスカートが空気を含んでふわりと広がった。
この姿になると、どういうわけか自信が湧いてくる。真っ直ぐ、もっと強く。誰にも負けない、私になる。
「潮騒が導く清き心! アクアブルー!」
自分を奮い立たせるように笑顔を作る。
大丈夫、今度は負けない。
「ねぇニクス。いえ、ヨルさん。私、静一さんが好き。あの人への気持ちがあれば、私は今よりももっと強くなれる」
私は静一さんが好き。でも、ヨルさんのことだって嫌いになれない。たとえヨルさんが破壊の使者で、この街を壊す存在であっても。それがどうしたっていうのよ。
私は私の気持ちを自分で否定しない。全部抱いて、飲み込んで、ぶつかっていってやる。
私は静一さんが好き。ヨルさんも大好き。それだけが私の中の真実。
「だから教えて。あなたの、クライドへの思いを」
スプラッシュエッジを構える。
薄い刀身の中で青い液体状の何かが揺らめいた。
「あーあ。本当、やんなっちゃう」
「ニクス……」
「真っ直ぐでキラキラしてて、あの人を好きになったばかりの頃の誰かさんみたい」
呆れたような、苦いコーヒーを飲み込んだような表情でニクスが自身の後頭部を掻いた。それもすぐに消え、キッと真剣な顔つきになる。
ニクスのいう「誰かさん」を私は知らない。ううん、それだけじゃない。私はニクスのことをほとんど知らない。だから知りたい。全部ぶつけてきてほしい。
それが私の、ニクスへの向き合い方。
「私は、クライドが好き。愛してる。そのクライドが命を懸けてプルートを守ろうとしているの。なら私はその悲願を叶えるだけ」
黒く歪んだ空間が現れ、そこから針みたいに細く長い剣をニクスが取り出す。
あの剣は、細い刀身にもかかわらず突き穿つような力強さを持っている。
「想いに殉じることもできない甘ちゃんに、本物の愛を教えてあげる」
「望むところよ」
ひゅんっと空を切る音がして、ニクスがこちらに剣先を向けた。
この間は悔しい思いをさせられたけど、今度は負けない。
私はニクスとは違う。愛する人のために死ぬ覚悟なんてしていない。私の覚悟は好きな人と生きていくために。そして、好きな人と全力でぶつかり合うための覚悟。
これは、私たちの意志と愛を貫く戦いだ。
ヨルが夏の嵐のように過ぎ去っていく存在なら、七海は津波のように全部呑み込んでぶつかってくる女




