33 絶対はないと知っているからこそ
時間というのはいつだって等速だ。
誰かがいなくなったって、空に太陽が昇らなくなったって、時計の針は変わらず進む。光はすべての観測者にとっても同じスピードで進むと言うが、光の無くなった世界で相対性理論を唱えるのはこれ如何に。
なんて馬鹿なことを考えつつ、ため息を吐く。
あれから数日経ったものの、空は暗いままだ。ぽっかりと浮かんだ裂け目だって、広がりはしていないが、塞がりもしていない。
ただ。変わらず怪物が現れていて、街全体に避難勧告が出されているくらい。
そんなほとんどの人が街を出るか避難所に退避している中で、俺は変わらず紬を開けている。
店の前のスーパーマーケットの駐車場には一台も車が停まっておらず、少し離れた位置にある十字路の信号だけが普段通りに光っていた。
さてどうしたものか。いや、俺にできることはほぼないんだが。
それでも、誰一人この街に居なくなっても。俺一人だけでも紬で七海ちゃんを待つくらいは許されるだろうか。いや、世界に一人きりなんて、少しロマンチックが過ぎるか。
何をするでもなく、いつものようにカウンター後ろに置いた椅子に深く腰掛ける。
普段通りに過ごそうと持ってきたタブレット端末は電源を入れられることなく、カバンから出したまま放置されていた。
ふと、今日何度目かもわからない空を見る。空は相変わらずの真っ黒さで。
先日は気が付かなかったが、あの裂け目の向こうでは雷が鳴っていたり、その雷鳴の明かりに照らされてうっすら城のようなものがあるのが見える。
本当に、怪物のいる世界なんだろうか。何ともファンタジーで悪の親玉がいそうな風景すぎて、逆に怪しい。
まぁ、怪しんだところで、俺は既に魔法少女や妖精なんて存在を目の当たりにしてしまっているので、真っ向から否定もできないのだが。
おかしいな。つい数日前くらいまでは世間で騒がれている怪物ですら本当はフィクションで、俺は知らず知らずの内に、担がれているんじゃないかと思っていたくらいなのに。
俺が今まで見ないふりしてきた現実は、思っていた以上にファンタジー要素が強いものだったらしい。
ファンタジーと言えば、七海ちゃんたちはあの裂け目の向こう側に行く準備をしているようだ。なんでもチュチュとイノセントジュエルの力を使って向こう側に乗り込むのだとか。
そういう言い方をするということは、完全に向こう側の存在と決別すると考えていいんだろうか。そうなった時、救えなかったと嘆いていた七海ちゃんの友人たちは……。
俺が一人でやきもきしたところでどうにもならないのはわかっている。だが、それはそれとして。事情を知ってしまった一般人として、彼女たちの気持ちに寄り添うぐらいはしてもいいだろう。
なにせ、七海ちゃんたちが立ち向かっている存在の中には、ヨルもいるのだから。
あの空の裂け目の向こうにヨルがいる。プルートと呼ばれる世界は荒廃していて、ヨルはそこに紬のような場所を作りたいのだと、七海ちゃんは言っていた。
紬のような場所、と言われてもあまり想像はできないが、ヨルの故郷が荒廃しているのなら、きっと彼女が望んだのは安寧だろう。何も失わず、傷付かない平穏。停滞ともいえる俺の世界を、彼女はそんな風に見ていたんだな。
なら、ヨルはここにイノセントジュエルがあったことも気が付いていたんだろうか?
……それは、彼女にしかわからないな。わかっていて、誰にも知らせず紬に来なくなったのか。それとも知らないまま、本格的に探すために紬を離れたのか。
ヨルの真意は、彼女にしかわからない。
けれど一つだけ言えるのは、彼女が自由だったということ。
何にも囚われず、自由に笑って、旅立っていった。彼女はここに居た。それだけは、事実だ。
ウサギのぬいぐるみ改めチュチュが言うには、現在、二つの世界が重なりかけており、イノセントジュエルがあれば、世界が一つになるのを防げる。だが、イノセントジュエルは万能ではないらしい。
この「万能ではない」っていうのが少し引っかかるが、本当に大丈夫なんだよな? 七海ちゃんたちに不都合はないんだよな?
今一チュチュのことを信じきれていないが、如何せん他に縋る物もなく。
万能ではない奇跡に頼るほかない。
ふっと息を吐く。電源を入れっぱなしにしているラジオからは微かに防災無線のような内容が聞こえてきた。被害状況に避難所の案内。ラジオのキャスターも大変だな。
ぐっと伸びをして立ち上がる。避難するつもりはない。俺にできるのはこのまま、ここで七海ちゃんたちの帰りを待つだけ。
キッチン横。カウンターの端に置いてある写真立てを見下ろす。
つるりとしたガラスが照明を反射する。その中にあるのは、若い頃の祖母だ。
幼い頃に亡くなったのであまり記憶にないが、着物姿の温和そうな女性が椅子に座りながらこちらを見て微笑んでいる。
もし。もしあなたが本当に先代の魔法少女で、ずっとイノセントジュエルと共にこの店を守っていてくれていたというのなら。
どうか。
どうか今度は、七海ちゃんたちを守ってください。
事情を知っても渦中にはいけない人




