27 純情と炭酸
一日だと長く感じるのに、一週間や一ヵ月という単位になると途端に短く感じるのは一体何なんだろうな。
七海ちゃんとクリスマスの話をして早十日。何ともまぁ、あっというまだったな。
クリスマスといえど、世間は平日だ。窓の外を流れる駐車場の流れも穏やかで、十分すぎるほどゆっくりさせてもらった。
行なった準備と言えば、事前に買っておいたプレゼントを見せに持ち込むことくらいだ。あまりセンスに自信がなかったので店員に話をしてシンプルな空色の手袋を見繕ってもらった。百貨店なんて久しぶりに足を踏み入れたな。
後は日中、徒歩三十秒のスーパーマーケットに行って、昼食を買うついでにケーキを二切れ買ったくらいか。
レジに向かう途中見かけた特設コーナーには、流行り物なのか、何かのキャラクターが印刷されたシャンメリーが並んでおり、特に悩みもせず、籠の中に放り込んだ。紬に戻ってから、無意識に浮かれていたのかもしれないと頭を抱えたのは七海ちゃんには黙っておこう。
それからは特にやることもなく客も来ないので、備品の在庫チェックをして過ごす。相変わらず減りの遅い備品を整理し直して息を吐く。ちらりと視界に入ったカーテンを見て、これもそろそろ買い替えた方がいいのかと悩んでみたり。
期限もない用事をのろのろと熟す傍らで、流しっぱなしにしていたラジオから軽快なクリスマスソングが流れていた。
「こんにちはー」
少女らしい高い声と控えめなドアベルが店内に投げ込まれる。
七海ちゃんが来た。外は寒かったらしく、コートとマフラーに包まれている。
「いらっしゃい、寒かったでしょ」
「とっても。おまけに今日の体育は外でマラソンだったんです」
「あぁ、この時期の体育ってどうしてかマラソンになるよね」
体温を上げるためなのか、他の時期だと熱中症を心配してなのかはわからないが、今も昔も変わらず冬場のマラソンの授業は学生に不評らしい。
暖房の温度を二度ほど上げて室温を調整する。ふと目に入った窓の外では太陽が傾いて西の端が少し赤らんでいた。
時刻は午後四時過ぎ。すっかり日が落ちるのも早くなったなぁ。
「コーヒー、お願いできますか?」
「あーうん。コーヒーもあるんだけど、ちょっと待ってて」
そう言ってキッチンの冷蔵庫にあるケーキと例のものを取り出す。
シャンメリーの包装に描かれたよくわからない丸いフォルムのキャラクターと目が合った。
「こういうのも、ありまして。シャンメリーなんだけど、炭酸大丈夫?」
俺の手の中にあるシャンメリーを見て七海ちゃんがくすくすと笑った。
ちょっと浮かれてるのがばれたか?
「そのキャラ私好きなんですよ。写真とってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
流行り物はよくわからないが、七海ちゃんが好きならまぁいいか。
そこまで重くもないボトルを七海ちゃんに渡して、食器を取りにキッチンへと戻る。多分あのボトルの大きさだと精々二杯分といったところだろう。あとでコーヒーも入れよう。
ケーキ用の皿とフォーク、それからグラスを二セットずつ。迷わずトレイに乗せてカウンターへ。
プラスチック容器に入っていたスーパーマーケットのケーキを皿に出し、フォークを添えた。
写真を撮り終わったボトルを、七海ちゃんの了承を経て包装を解いていく。
生憎ワイングラスなんて上等な物はないので、夏場にアイスコーヒーを入れていったのと同じグラスだ。そっとボトルを傾けてグラスの中に注ぎ込めば、透き通った炭酸が弾けて消えた。
ちょっと浮かれていたかと恥じていたが、真剣にシャンメリーの泡を見つめて微笑む七海ちゃんを見ていたらなんだかどうでもよくなってきた。
こんな安っぽいクリスマスパーティーで喜んでくれるなら、恥だとか浮かれだとか、そういうのはどうだっていいじゃないか。
そんなことを考えながら空になったボトルと、ケーキの入っていたプラスチック容器を片付けていたら、ぽつりと七海ちゃんが呟いた。
「好きだな」
一瞬の空白。
音が消えたような感覚の中で、お互いにどちらともなく顔を見合わせる。七海ちゃん本人も意識して言った言葉ではないようで驚いた顔をしている。
何を言われたのか、なんと答えるべきか。そういうものが一瞬で頭の中をぐるぐると駆け巡る。
不意に窓の外の駐車場で、車が動き出したのかヘッドライトの明かりが眩しく光って道路の方へと曲がっていった。
「え、あ! あぁ! 美味しいよねショートケーキ!」
「は、はいそうですよね! 美味しいですよねショートケーキ!」
結果。咄嗟に気まずくなって誤魔化すように笑った。
どうやらその選択であっていたらしく、七海ちゃんも慌てたように笑い返してくれる。何とも微妙な空気になりかけたが、ここはもうケーキとシャンメリーの底力に頼る他ないだろう。
カウンター越しに向かい合い、そわそわした気持ちを無視するように自分のグラスを持って七海ちゃんに差し出した。
「それじゃ、乾杯しよっか」
「はい。乾杯」
かつんと、軽く安物のグラスを突き合わせてから一口。
人工甘味料とでも言うべきか、ほんのり甘い炭酸水が口の中に広がった。そのまま何を言うでもなく、椅子の上に腰を下ろす。
きっと何かの聞き間違いだろう。
うん、そうに違いない。
そんな俺の考えとは裏腹に、七海ちゃんが小さく息を吸い込んだ。
「ごめんなさい、つい誤魔化しちゃったけど、私、静一さんが好きです」
真剣な表情だった。真っ直ぐで、意志が強いっていうのはこういうことかとわかるような目をしていた。
けれど同時に、その声は少し震えていた。
「待って、七海ちゃん。その、俺たちは友達でさ」
「すぐに応えなくていいです。でも、今からでも、私のことちゃんと意識してください」
「そうはいっても。俺、自分で言うのも何だけど、社会的にはまともじゃないし、もっと普通の人を選んだ方がいいよ?」
「私が好きになったのはあなたです」
いやいやいや、待ってくれ。真剣な気持ちはありがたいが。彼女が俺を選んでくれたのも嬉しいが。その感情を俺に向けるのはいささか趣味が悪いと言うか、ムリヤリ押し込めた感情の蓋を開ける行為はやめてほしいと言うか。
ざわざわと、妙な方向に騒ぎ立てる胸の内を、今度こそ押さえつけられない気がする。
「七海ちゃん」
「待てと言うならいくらでも待ちます」
なんだってこんなことになっているんだ。
俺はちゃんと諦めようとしていたはずなのに。
「でも私、静一さんが好きなんで。覚悟していてください」
にっこりと、七海ちゃんが眩しいくらいの笑顔で笑った。
ハッピーメリークリスマス?




