25 乙女の決意
七海視点
良くないとわかりながらも、ぼんやりしたまま一日が過ぎてしまった。
起きているはずなのに、ふとした拍子に意識が遠く、深くに沈み込む感覚がして、上手く頭が働かない。風邪を引いた時とはまだ違う、なんとなくだる重い感覚。ああ、ダメだな。多分すっごく疲れているんだと思う。
肩を落とすように大きく息を吐いて、持っていたスクールバッグを肩にかけ直す。今日の学校は体育があって、寒い中マラソンの授業があったから余計に疲れたのかもしれない。
さくらや梨穂と別れた後、一人でとぼとぼと歩く。
うん。今私、すっごく疲れているの。体育がマラソンだったっていうのもあるけど、今までそれなりに仲が良いと思っていたヨルさんが実は、ニクスという破壊の使者の一人で。
わかり合えなくても、せめてちゃんと向き合いたいって思っていたのに、いざそうなると、ニクスは今まで逃げ回ってたのが嘘みたいに強くて。今の私じゃ手が届かなくて。
ふと、目の前に道に出ようとしている車を見付けて邪魔にならないように端に除ける。運転手がガラスの向こうでお礼とばかりに手を振ってくれた。
どういうわけか、無意識の内に紬が併設されているスーパーマーケットに来ていたようだ。習慣って怖いなぁ。一瞬お財布の中身に不安を覚えたけど、おやつを買うのを諦めれば大丈夫、の、はず。
お財布と言えば。紬っていつ行っても他のお客さんを見ないけど、お店としてそれは大丈夫なんだろうか。私が気にすることでもないのかもしれないが、全然人が来ないのにどうやって経営しているんだろう? 私が来ない平日の昼間は大盛況しているとか?
静一さんはたまに貰い物だという果物をサービスしてくれるから、全くお客さんがいないってわけではないはず。人が来なくて困っている様子もないし、実は静一さんはすごいお金持ちだったとか?
「こんにちはー」
「いらっしゃい、七海ちゃん」
紬の扉をくぐれば、やっぱりそこには静一さんしかいなくて。
少し前までならヨルさん、ニクスが先に来ていて静一さんと仲良さげに話していることもあったのに。ほんの少しの寂しさを無視して、いつものようにカウンター席に座る。きっと今日も、隣には誰も座らない。
「すっかり寒くなったね。大丈夫? 暖房上げる?」
「コート着てたので大丈夫です。かわりに、温かいコーヒーをお願いしてもいいですか?」
「うん、もちろん」
にこにこと笑った静一さんは、いつも通り穏やかな様子で。「もう紬には来ない」と言ったらしいヨルさんについて何か考えているのかわからない。
大人だなぁ。静一さんは、きっと私みたいに取り乱したりしないんだろう。
多分、ヨルさんが紬に来なくなったのは、私がプリズムトリニティの一人だと気が付いたのが原因だと思う。私に対し、ニクスとして振舞うために、静一さんから離れた。
今までニクスとして、私から逃げ回っていたくせに、そういうところはちゃんとしているのが嫌になる。
やりきれないなぁ。ニクスは静一さんに正体を隠していた。なのに、静一さんはニクスを今も大切な存在だと、大切な友達と言っていた。私の方が静一さんを見ているのに。
私は静一さんが好き。この人への気持ちが、私がプリズムトリニティとして戦う理由。
「お待たせしました。熱いから気を付けてね」
「ありがとうございます」
入れてくれたコーヒーを、静一さんが私の目の前にカップを置いた。もう、勝手にミルクを入れてくる人はいなくて、自分で入れるしかない。
今までの、静一さんへの気持ちはヨルさんへの焦りもあった。でもヨルさんがいなくなった今は。
結局まだ静一さんの中で大切な友達枠に居座っているあの人への嫉妬はある。でもニクスのことを完全に憎めない自分がいる。
ヨルさん、……ニクスはプルートに紬のような場所を作りたいと言った。ニクスの大切な人がプルートを救いたいと願ったから。愛した人のために戦っている。
それは私だってそう。でも決定的に違うのは好きな人のために死ねるとニクスは言い切った。
私はそんなことできない。だって私はずっと静一さんと一緒にいたい。なら、今伝えるべきは。
「私、好きな人がいるんです」
「え、そうなんだ」
「はい。知ってました? 恋する乙女は無敵なんですよ?」
「……ふふ、無敵なんだ?」
「はい、無敵なんです」
そう、無敵なの。だから、こんなところで止まってなんかいられない。
困ったような表情の静一さんに笑いかける。この人がいる平穏な世界を守りたい。そこにニクスもいてほしかったけど、そうはならなかった。
なら、次は負けないように。もっと全力でぶつかって。私は生きて好きな人と一緒にいるんだってニクスに伝えるんだ。
すっかりミルクの溶けたコーヒーを一口。
うん。ちょっと面白くないけど、ミルクを入れた方が飲みやすい。
「私無敵だから、きっと静一さんのことも守ってみせますね」
あなたを守れるように、誰にも負けないようになります。
だって私は。静一さん、あなたが好きだから。
恋する乙女はいつだって無敵モードになれる




