24 届かない
七海視点。
ヨルさんは……。ニクスは酷い人だ。
自分がどう振る舞えば、私が何を言うかよくわかっているんだ。だからいつも余裕そうで、いつかその表情を崩したいと思ってた。
ふと見上げた建物の上で遠くを見ているニクスを見付けて慌てて屋上まで駆け上がった。
何があったのか、わかり合えなくてもせめて事情をはっきり説明してほしい。人間のフリをして紬に通い詰めていた理由も、街を壊す以外にイノセントジュエルを見付けられないのかも。
でも。いざ目の前に立つと、それ以上にはっきりとさせたいことが浮かんで来た。
目の前にいる人を見る。私に視線を寄越してニクスは、いつものように楽しげに笑っている。
「はぁい」
「ニクス、聞きたいことがあるの」
「あら。今日は戦えって言わないの?」
「言えば戦ってくれるの?」
「いやよ」
ため息を一つ。
プルートが私たちの世界とは違い、とても厳しい環境なのはわかった。その環境をどうにかしたくて立ち上がった人がいて、ニクスはその人のために行動しているのだとも。
やっていることは理解したくないけど、行動の理由はわからなくもない。
わかり合えたらとは思う。でも、それができないなら、せめて知りたい。わかり合えなくても、知って私なりに向き合いたい。
「ニクスの言っていた、一緒に夢を見た人がプルートのボス、クライドなの?」
「そうよ」
「その人が、ニクスの好きな人なの?」
「そうよ」
答える必要もないのにわざわざ答えてくれるニクスは、きっと悪い奴というだけじゃないんだと思う。
でも、そっか。そういうことね。なら簡単じゃない。
ニクスはクライドの悲願のためイノセントジュエルを探している。そのために人間世界を壊してもいいと考えている。対して私は静一の平穏を壊させないために魔法少女になった。
やっていることは違っても、方向性は私もニクスも一緒だと思った。
私は静一さんと彼の大切な場所を守りたい。ニクスも好きな人のために、イノセントジュエルを探している。
本当に好きなら、その人が酷いことをしようとしていたら止めてあげて欲しかったけど、プルートではそうもいっていられないんでしょう?
「わかった。なら、私はもう迷わない。私も、静一さんを守るためにあなたと戦う」
プリズムパクトを取り出して開く。
中の鏡の中にはきゅっと口を噤んだ私が映っていた。それを解きほぐすようにそっと息をすればパクトの中から光が溢れ出す。髪の色が水色に染まり、波の満ち引きのように揺らめいた。
波紋のようにいくつも重なったパニエとスカートは、パシャパシャと水が撥ねるように広がっていく。もう何度も変身した、私のプリズムトリニティとしての姿。
「潮騒が導く清き心! アクアブルー!」
未だに変身している時の高揚感は慣れないけど、今はその熱も心地いい。
そっとスプラッシュエッジを取り出して構える。今日は、今日こそはちゃんと向き合ってもらうんだから。
「あんまりこういうのは得意じゃないんだけど、いいわ。勝負をしましょう? どちらの愛が強いか」
肩を落としていたニクスがスッと目を細める。雰囲気が変わった。
ニクスの横に彼女たちがプルートに帰る時に使っているような黒く歪んだ空間が現れる。そこから取り出された剣は、私の剣とは違い、針みたいに細い形状をしていて。
その剣の切っ先をニクスはゆっくりとこちらへ向けた。
やっと、ニクスが私を見た。
今度は逃がさない。やっと、真正面からぶつかっていける。
どちらともなく駆け出して剣を振るう。甲高いような、鈍いような。ぎちぎちと、刃が擦り合わさる音がした。
スプラッシュエッジの青く薄い刃先と、ニクスの細い剣先がチークダンスを踊るみたいにくっついたり離れたりする。実際にはダンスみたいに優雅なものじゃないけど。
ニクスの剣は針みたいに細いのに力強く、小器用に動いてどんな剣戟も軽くいなされてしまった。
「っ、こっのっ!」
思いっきり振り抜き、距離を取るためにもスプラッシュエッジから水のような斬撃を飛ばす。
けれどそれも、簡単に避けられた。今までどれだけ攻撃を仕掛けても、逃げられるばかりでただの一度も傷をつけることができなかったのだし、当たらなくても何もおかしくはない。
でも、今日はいつもとは違った。
ニクスの握った細い剣が、真っ直ぐこちらに向かってくる。
あ、どうしよう。避けられない。時間が、すごくゆっくりに感じる。剣の切っ先の向こうに見えるニクスの表情が、くしゃりと歪んだ。
「フラワーウォール!」
視界がピンクに染まった。
一瞬の間を置いて、ハラハラと、ピンクの花弁が舞い散り、視界がクリアになる。これはさくらの、ピンクの魔法だ。
「助けに来たよ! ブルー」
「大丈夫ですか?」
「う、うん」
ニクスから庇うように私の前に立つピンクと、気遣わしげに肩を貸してくれるイエローに頷き、浅く息を吐く。
まだ、心臓がドキドキしている。ニクスは本気だった。本気で、私を殺そうとしていた。
震える手を誤魔化すように、しっかりとスプラッシュエッジを握り直す。
怖かった。死ぬんだと思った。でも、それ以上に、ニクスの本気を知れた。
やっと、ニクスが私に向き合ってくれた。
なら私も全身全霊でぶつかっていかないと。でも、今の私じゃまだニクスには届かない。
どうする? どうしたら。
「はぁ、なんか萎えちゃった」
ため息交じりにニクスが言った。
無気力そうに後頭部を掻くと、彼女の後ろにすっかり見慣れてしまった黒い空間が現れる。
プルートへの道だ。まだ決着もついていないのに。引き留めたいけど、そうしたところで今度こそ、本当に殺されるかもしれなくて。
「私はあの人のためなら死ねる。でもアンタはそうじゃないでしょ」
そう言って背を向けるニクスに、悔しさが溢れてたまらなかった。
VSニクス戦!




