18 酷い人
七海視点
目の前にニクスがいる。あれはニクス。違う。ヨルさんじゃない。ヨルさんは、最初からいなかった。
言い聞かせるようにして、キッと目の前の女を睨みつける。相変わらずニクスは笑ったままこちらを見ていて、苦しくなった。
いつでも変身して、応戦できるように手にしたプリズムパクトを構える。
自分は戦わないとか言っていたけど、油断なんてできない。この人は、ずっと騙していたんだから。
私だけならまだいい。私は、プリズムトリニティだもの。バイデントや破壊の使者たちと戦うのが役目。だから、ヨルさんがニクスで、破壊の使者だとしても、それはニクスが私を陥れようとしたに過ぎない。
でも静一さんは違うじゃない。
あの人は何も知らない。ただ普通に、静かに暮らしているだけ。
なのに、静一さんの喫茶店にやって来てまで、あの人の生活を壊そうとするのなら、私は。
「随分、驚かせちゃったみたいね」
「ヨルさん。いえ、ニクス。あなたが、この街を脅かすなら、私は」
「言ったでしょ。私は戦わないって」
勝手なこと言って。この人に会う度に毎回苛々している。今までずっと、ちゃんとしてなかったくせに、なんでこんな形で、ちゃんと悪い奴をしてくるのよ。
苛々して、胸が苦しくて、何がどうなっているのかもわからなくて。あぁ、本当にどうにかなってしまいそう。
「わざわざ正体を晒したのも、アンタなら話がわかりそうだからだしね」
「話?」
「そう。お話ししましょう?」
にっこりと笑ってニクスが言った。
パクトを握った手が痛い。今更話すことなんてって思うのに、変身して戦わなくちゃって思うのに。どういうわけか、プリズムパクトを開くことができない。
「長きに渡る貧困を経て、私たちの世界、プルートは滅びの道を辿っている。原因は色々あるんだけど、一番は土地がやせ細っていて満足に作物が育たないことね」
腕を組んで呆れたように肩を落としニクスが語る。
プルートについて、私はほとんど知らない。チュチュが言うにはバイデントたちがいる別の世界らしいけど、それ以上のことはわからない。
ニクスがそんな世界に住んでいるなんて知らなかった。
「まともに生き物が生活できる環境じゃなかったのよ。食料面も、衛生的にもね。皆バカみたいに死んでいったし、残った連中で身を寄せ合うしかなかった」
「それが……どうして、街を壊すことに繋がるっていうのよ」
「古い言い伝えよ。プルートと反対側にあるこの世界に、何でも願いが叶うイノセントジュエルというものがあるって。それをアンタたちの世界が独り占めしているってね」
「言い伝え……そんなものを信じて街を壊していたっていうの!?」
「そうよ。そんなものに縋らなきゃやってられなかったの。誰かのせいにしないと、今にも壊れちゃいそうだったの」
頭がくらくらする。
チュチュが言うには、確かにイノセントジュエルには奇跡を起こすほどの力があるらしい。それを探すために街を壊していた? 私たちの世界の人が、イノセントジュエルを独占していた?
意味がわからない。そもそもこの街の人たちはもちろん、私たちプリズムトリニティもイノセントジュエルの存在を知らなかったっていうのに?
もしイノセントジュエルの言い伝えが、自分たちを慰めるためのただの言い伝えで、存在しなかったら、とか考えなかったの?
それに、こちらの世界にも普通に暮らしている人がいるって気が付かなかったの?
街を壊す以外の方法で、探そうとは思わなかったの!?
「イノセントジュエルさえあれば、私たちの世界は救われる。そんなバカな夢を、あの人と一緒に見たのよ」
「……っ、あなたたちが、どうしてもイノセントジュエルを手に入れたい理由はわかった。でも、だからって、街を壊していい理由にはならないって、前にも言ったわ」
「そうね。でも、紬のような場所をプルートにも作りたいって思っちゃったのよ。だってあそこは平和だったでしょう?」
なによ。何なのよ、それ。
ズルい。
だってあそこは私が一番守りたい場所だ。あそこには静一さんがいて、いつも穏やかで、平和で。
私は、守りたいの。最初は成り行きだったけど、プリズムトリニティになって、魔法の力を得て。その力を正しく使うんだって。
紬や街の皆を守って。そこにはヨルさんもいたの。
そのヨルさんが、自分の故郷に、紬のような平和で、穏やかで、いつも変わらない場所を作りたいと言っている。
私とは違う存在で、街を壊す悪い奴らの仲間で、倒さなきゃいけない人が。
「意地悪」
「そうね」
「そんなの、ダメって言えないじゃない。私は、プリズムトリニティのアクアブルーなのに」
「うん」
「私は、ヨルさんのことも守りたかった!」
ぐちゃぐちゃした感情で、もう自分でも何を言っているのかもわからない。
本当に酷い人。
「アンタならそう言うと思ってた」
だってあなたはそう言って、笑いながら私に背を向ける。
さっき言った言葉の通り、あなたはいつも、私と戦ってはくれないんだから。
決別。




