04 日陰の花は
「こんにちはー」
カラコロとドアベルが鳴り、ひょこりと七海ちゃんが顔を覗かせた。
今日も今日とて紬に来てくれた七海ちゃんは店内を一通り見まわし、ちょこちょこと近寄ってカウンター席へと落ち着いた。
「いらっしゃい。今日はまだヨルは来てないよ」
「そうなんですね。えっと、失礼します」
「コーヒーでいい?」
「はい、お願いします」
声をかけてそそくさとキッチンに引っ込む。水道水を薬缶に入れコンロにかけて一息。
正直な話をしよう。よく紬に顔を出してくれているが、正直七海ちゃんとは距離を測りかねている。
いや、だってそうだろ? まずもって、女の子と何を話せばいいんだかわからないじゃないか。
こっちは基本一人で店に引きこもっているか、一方的に話したがる爺さん婆さんの相手しかしてこなかったわけよ。なのでこう、仲の良い相手以外にはガツガツ来ないタイプには話のとっかかりが思いつかなくて詰む。
お湯が沸くのを待つ間にコーヒーミルで豆を挽き、サーバーにセットする。香りを楽しみつつお湯を注いでやれば完成で、後はカウンター後ろの食器棚から適当なカップを選んで七海ちゃんに差し出すだけ。
なんだが、とりあえずミルクも一緒に渡しておくか。もし七海ちゃんが使わなくても後で俺が使えばいいし。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
サーバーに残ったコーヒーを自分の分としてカップに移し、ちらりと七海ちゃんを盗み見る。しばらくカップの中身を眺めた後、七海ちゃんはミルクを入れず意を決したようにカップに口を付けた。
眉間にシワが寄っている。苦かったんだろうなぁ。
「えーと、ムリしなくていいからね」
「大丈夫です、飲めます」
そこで頑張るんだ。いや、別に俺は喫茶店の店長をやっているけど、そこまでこだわっているわけじゃないし、砂糖なりミルクなり入れて飲みやすくして飲んでもらって構わないんだが?
いつもはヨルが勝手に七海ちゃんのカップにミルクを入れるので、自分からは入れにくいのかもしれないけどさ。
「一応、砂糖も置いておくね」
「ありがとうございます。……あの、静一さんって、ヨルさんと仲が良いですよね」
「ヨル? そうかな?」
俺よりも七海ちゃんの方がヨルと仲が良いと思うんだけど。言い合いもしていたりするが、よく二人だけでテーブル席に行って話をしているし。
俺には遠慮したような大人しい話し方をするのに対して、ヨルには遠慮なく話している姿は微笑ましい。
「俺より七海ちゃんの方がヨルと仲良くない?」
「そんなことないですよ! ヨルさんはいつもからかってくるし、嫌いじゃないけどちょっと苦手というか。私はもっとちゃんとしてたいのに」
「ちゃんと?」
「ちゃんとです。だってあんな風に声を上げてるの、子供っぽいでしょう?」
そういうのが気になる年頃なのか。
確か、七海ちゃんは高校生って言っていたな。女の子はそれくらいから一気に大人びてくるし、周りの目も気になり始めるものなのかもしれない。
にしても、そんなにヨルと仲が良いかなぁ。俺としては七海ちゃんを仲間外れにしたつもりはないが、ヨルは色々と突っ込んだ物言いをするのでつい俺自身も無遠慮に返してしまう。
七海ちゃんだけ年が離れているのもあって、それで余計に疎外感を覚えてしまうのかもしれない。人間関係って難しいなぁ。
「まぁヨルとは年が近いのもあって気安くはあるね」
「です、よね……。あの! 私も! 静一さんと、仲良くなりたくて、ですね」
「そ……れは、どうも。えーと、よろしくお願いします?」
なんだか尻すぼみになっていく七海ちゃんのお願いに、首を傾げながらも頷いておく。
別に友人を新規募集した覚えはないが、拒否する理由もない。年上の知り合いに憧れる年頃というやつだろうか。
とはいえ、基本的に家か紬にしかいない人間なので、俺と友達になっても別に楽しくはないと思うよ?
「はい! はい! よろしくお願いします」
……まぁ、いいか。
七海ちゃんがすごく嬉しそうにしているし。
「とはいってもさ。俺、あんまり友達がいないと思うよ? 外にも出ないし、何をすればいいのやら」
「じゃあ、お話、聞きたいです」
「話?」
「どんなことでもいいんです。普段何をしているのかとか、何が好きかとか」
そう言われましても。特に趣味らしい趣味もない。しいて言うなら読書ぐらいか?
ひとまず最近読んだ電子書籍の感想とか、世の中がどんどん便利になっている話でもすればいいんだろうか。
そうは言われても。などと考えつつ、コーヒーの香りが立ち込めるカウンターの中で頬を掻く。
「私、もっと静一さんのことを知りたいです」
そう言った七海ちゃんはなんだかとってもキラキラしていて。
なんというか、俺にはない眩しさを持っている。
純粋で、真っ直ぐで、素直で。高校生の時の俺ってこんなにキラキラしていたっけ? 絶対そんなことなかったよな。
もっとこう、擦れていて。諦めていて、なりたいものとか、やりたいこととかもなくて。別に今更それを、嘆くわけでもないけど。
俺は、七海ちゃんのようにはなりたかった。
憧憬。




