38 いい子
梨穂視点。
空の裂け目、プルートに着た後は、ただただ目の前に現れるバイデントを退けることを強いられた。
数は多かったけれど、街に来ていたものよりもずっと弱くて、よく見ると体の一部を欠損している者も多い。それだけこちらが過酷な環境で、彼らも後がないということを嫌でもわからされた。
そんな彼らを倒しつつ、クライドのいる城へと駆け抜ける。
堂々と聳え立っているはずの城は、外も中もボロボロで今にも崩れそうだった。そして辿り着いた玉座には気だるげに体を預ける男がいる。
「ようこそ、プリズムトリニティ。よくもやってくれたな」
石の玉座で陰鬱そうに眠っていた男が、クライドがこちらに視線を向けた。顔色の悪い、経っているのもやっとというような状態の人。
彼がどういう手段で、この荒廃した世界を踏み留めさせているのかを私は知らないし、
余り興味も持てない。
けれど、彼にも信じた未来があったのだろう。この世界で、P5たちと暮らしていきたかったのだろう。
やり方や方向性は賛同できないけれど、そこにあったかもしれない願いだけは、もう少し知ってもよかったと思った。きっと、知ればまた苦しくなるのだろうけど。
「行きましょう? さくらちゃん。私たちは私たちの信じる未来のために」
「……うん!」
けれど、私たちは何があってもやらなきゃいけない立場なのもわかっている。
魔法少女としてここに居るのなら、彼らを倒して暗く染まった空を元に戻すべきだということも。
プルートに来てから、ずっと考えている。
もう逃げないと決めた。思いっきり間違えようと思った。けれどそれでも、私の前に起きることは全部、お腹の奥底が苦しくなるぐらい重くのしかかって来て。嫌になる。
先ほどまでの立っているのもやっとという風体からは考え付かないほど力強くクライドが襲い掛かってくる。武器は、彼自身の体。けれどその一撃一撃が重くて、何度も間合いの外に吹き飛ばされる。
ああ、本当に嫌になる。ずっと、苛々している。その苛々をぶつけるように杖を振るう。何度も蹴り飛ばされて、殴られて、それでも震える膝に力を入れて立ち上がる。
ただ私は、私の好きな人たちと一緒に居られたらそれでよかった。
そういう何の変哲もない日常を求めていただけなのに。どうしてそれを叶えさせてはくれないの?
不意に、強い光が私たちに降り注いだ。
「待たせてしまってごめんネ。私も、覚悟が決まったワ。さぁ、イノセントジュエルの力を使って!」
チュチュがイノセントジュエルを掲げる。
不思議とどうすればいいのかわかる。誰となく、三人で顔を見合わせ、頷いた。そして、三人の武器を合わせて光のイノセントジュエルの力を解放する。
この力を使うのは初めてだ。
浄化の力、イノセントジュエルのもう一つの方の使い方。強い光が、玉座に溢れる。浄化というより圧倒的な力の暴力だと感じた。これをP5にむけずに済んでよかった。
「無垢なる祈り」
「浄化の力」
「すべての命に祝福を」
『イノセントシャイン!』
揃えた武器を、振り下ろす。
強い人だとは思った。自分の命を懸けてまでもプルートを守りたいと願ったのだから。でも、私にとってはそんなことはどうでもいいの。私の、願った日常とは、とても近くて対極にいる願いだったから。
強い光を放っていたイノセントジュエルの輝きが、緩やかになる。光に埋め尽くされていた世界に色が戻ってきた。
視線の先には彼が、私たちがイノセントジュエルの力で倒したクライドが地に伏している。
「あなたの願いを、忘れない。プルートを救いたかったあなたのことも、あなたを救いたかった人がいることも。私は忘れない」
「傲慢だな」
「たとえ傲慢でも。私たちはあなたたちを救いたかった。手を取り合いたかったんです」
「私たちに愛する人がいるように、あなたを愛した人がいた。その人のためにも、ね」
「……バカなことを。すべて、もう遅いのだ」
手を取り合いたかった。一緒に居たかった。出来なかった。傲慢でも、そう願いたかった。現実は、そうならなかった。それだけのこと。
P5の時と同じように塵となって消えて行くクライドを見ながら、ざわざわとしたものを感じる。
これで、終わりではない。
「え、何なに!?」
「クライドがいなくなったことで、プルートを支えるものがなくなったのヨ! このままだとお城は崩れるワ」
「崩れるってそんなにすぐに!?」
不意に城全体に地響きが広がった。ああ、本当に息を付く暇も与えてくれない。
ミシミシと嫌な音がして、天井から砂埃が落ちてくる。チュチュが言っていた通り、クライドという支えを失くしたプルートが崩壊に向かっているのだろう。
チュチュを見る。にっこりと、笑いかけられた。
「プルートはこのまま崩壊するワ」
「崩壊って……」
「大丈夫ヨ。このための準備をしてきたノ」
チュチュがイノセントジュエルを掲げる。
一際強く、イノセントジュエルが輝き始めた。
「イノセントジュエルは、最も無垢な心を代償として使用者の願いを叶えるノ。大丈夫、私ならできるワ。だから皆は安心して元の世界に帰ってネ」
「イノセントジュエルを使ったらチュチュはどうなるんですか?」
「……妖精は無垢な心を失うと消えるワ」
ずるい。
ずるいずるいずるい。なんだって皆、自分の願いのために、そんなに簡単になにもかも投げ捨てられるの? なんで勝手に満足して、何もかも呑み込んで消えようとして。
私にだけ嫌だって言わせてくれないの!?
「そんな! 嫌だよチュチュ、一緒に帰ろうよ!」
「それはできないワ。これが私の役目、今まで魔法少女と一緒にいた妖精たち皆が、繋いできたお仕事なんだもノ」
「せめてもうちょっと早く言って欲しかったわ。こんな状況でお別れだとか、納得できるわけないじゃない」
「黙っていてごめんね」
私だって嫌だって言いたい。
何もかも投げ捨てて、消えないでって言いたい。でも、そんな勇気もない。
「チュチュは、納得しているんですよね?」
「うん。消えてしまっても全部がなくなるわけじゃないノ。妖精の国でゆっくり休んだら、まっさらな私になって帰って来れるから」
チュチュが、私を見て「ごめんね」と、言った気がした。
「いつかまた会えたら。また友達になってくれる?」
「もちろん、もちろんだよ! チュチュ!」
「消えたくらいで友達を辞められるとは思わないでよね」
「そうですよ。ちゃんと待ってますから、帰ってきてくださいね」
「ウン! ありがとう皆! さぁもう行って。私の大切な友達、プリズムトリニティ」
そっと息を吐いて、いい子を演じた。台無しにしたくなる気持ちを抑え付ける。
わかってる。もう少しだけいい子にします。本当は嫌だけど、聞き分けのいい子でいなきゃ、皆困っちゃうもんね。
チュチュに背を向け、三人で頷きあって城の外へと駆け出す。低い音を立てながら、外壁が崩れ始めた。最期の、プリズムトリニティとしての力が、光になって私たちを包む。
あーあ、嫌になっちゃう。




