36 その手を
いつも見ていたはずの、P5のロウソクの火が激しく燃える。公園の端に佇む時計の針が静かに進んでいく。
目の前で起こっている非現実は間違いなく現実で、見ようとしていなかったものが繰り広げられている。
きっとこれが、魔法少女とバイデントのあるべき姿。それを、俺たちは望んではいなかった。でも、ここに行きついてしまった。
何もかもを燃やそうとするP5の炎を、梨穂が魔法の光線で押しつぶす。
こんなにも近くで魔法少女とバイデントの戦いを見たのは初めてだった。最初は梨穂がP5の炎に押されていた。それでも黄色い魔法少女としての服が炎で焼け焦げるのも気にせずに、梨穂が立ち向かっていく。
「本当は、あなたと戦いたくなんかない! ずっと一緒に居たかった!」
「だったら!」
「でも! それができないなら! どちらかが折れるまで、思いをぶつけ合うしかないの!」
吠えるような叫びだった。迷い続けた、梨穂の本心だと思った。
わかりにくい奴なんだよ、アイツ。わかりにくい上に一人でごちゃごちゃ考えて、行き詰まって。
「私は、家族や友達のいるこの世界を諦められない! 英時君がなりたいもののある世界で生きていたい!」
背後から二人のやり取りを眺めて、そっと息を吐く。結局俺たちは同じ願いを抱えている。自分の住む世界で、コイツらと一緒に居たい。
何も捨てられないくせに、自分の願いだけを押し付けようとして、それができないとわかったら癇癪を起したように自分の都合だけを押し付けて。
その癖に、耳障りのいい言葉を選んで、自分を正当化して。一緒に背負うなんて言いながら最後の決断を梨穂に押し付けた。
「煌めいて、ティンクルロッド!」
梨穂が、一際強い光を放った。それは暗く染まった空を突き穿つような星の光だった。
視界も、音もすべてを光で呑み込むような光に、慌てて腕で視界を遮る。一瞬、その光に呑まれてから、どれほど経ったのかわからなかった。永遠のような感覚。けれど実際には、ほんの数秒ほどしか経っていないのだろう。
光が収まり、ゆっくりと慣れてきた目を開ける。
未だにチカチカする目を凝らせば、その先には、思っていたよりもずっと華奢な震えた背中と、その奥に力なく地に伏した友人の姿があった。
「私、謝らないです。あなたにも、英時君にも。だから、P5も。最期まで我儘を言ってください。叶えられないかもしれないけど、話だけは聞きますから」
きっと俺たちは、間違っている。もっといい方法も何もかも振り切る方法だってあったはずだ。でも選べなかった。何もかもを一緒に抱えていくと決めた。
背負わせた罪悪感も、手を取れなかった苦しみも、全部抱えて。
ゆっくりと梨穂がP5に近付いていく。随分と長く、二人が戦っていたような気がするが、実際のところは一時間も経っていないらしい。
「英時君からもらった時計、ずっと持っていたんですね」
バカだな、アイツ。散々キライとか言っておきながら、結局俺が渡した時計をずっと抱えていたのか。
随分と激しく戦っていたが、壊れてしまっていないだろうか。P5は針が動くのをいつも楽しげに見ていたし、針が止まってしまったら悲しむだろう。
「いい、でしょ。……あげないよ?」
「取りませんよ。だってそれは、英時君があなたのために贈った時計なんですから」
「ふふ、うん。これは、ボクのだ……」
どこか自慢げに笑うP5を見つめながら、そっと近付いていく。
あの時計は俺にとって、何者かになれた象徴であり、同時に手が届かなかった証だ。これから先、どんなことがあっても、俺はこの日を忘れない。大きなものを取りこぼしたこの日を。
ボロボロと塵になって消えて行くP5に、伸ばしたくなる手をぐっと握ることで押さえつけた。
「冷たいの、ヤダな……」
あぁ、そうだな。そっちの世界は、ずっと冷たかったんだろう。だから、そうじゃないものを求めた。
跡形もなく、消えてしまった。一つだけ安心したのは、P5が消えてしまった後、そこに何も残らなかったことだ。どうやら、俺が贈ったあの時計も、一緒に持って行けたらしい。あいつの手元に、俺たちがいた証が残るのなら。それが救いになればいい。
静かに梨穂が変身を解いた。鮮やかな黄色だった髪が落ち着きのある茶色の髪に戻り、服だって、焼け焦げたフリルの物ではなく暖かそうなコートを羽織った姿になる。
見慣れた姿になった梨穂が、一度大きく息を吸って、そして下手くそな笑顔で振り返った。
「怪我は、無いですか?」
これで良かったのか。本当にこれしか方法はなかったのか。
そんなことばかりがぐるぐると駆け巡る思考を放棄して、梨穂に向きなおる。
「その、チュチュの準備が整ったので、明日空の裂け目の向こうに行くことになったんです」
本当はこの話をしたかったんですけど、P5とのやり取りがメインになっちゃいましたね。なんて、梨穂が困ったような声色で話す。何も言えない俺に、何を思ったのか、畳みかけるように次々と言葉を紡いだ。
そうしないと、何もかも溢れてしまいそうなのだろう。押し黙っていないと、余計なことを口走ってしまいそうな俺も同じだった。
「色々と、巻き込んじゃいましたね。でもそれも、もう終わりますから」
「大変なことに巻き込まれているのはお前の方だろ」
「そんなこと……」
「どうすればいい? 何を言えば、お前は安心できる?」
明日は梨穂にとって、今日よりもずっと大変な日になるんだろう。だからせめて拠り所になれたなら、なんて。卑怯なのも傲慢なのもわかっている。でもそんなことしかできないから。
一歩、梨穂に近付く。一瞬彼女の表情が揺れたかと思うと、すぐに顔を伏せ。そして何かを呑み込んだように苦しそうな顔を上げた。
「信じさせて」
最初からそうだった。ずっと梨穂は信じたがっていた。
P5との関係も、世界のことも、全部。大丈夫だ、何とかなると。安心を求めていたのかもしれない。何も壊れない。誰もいなくならない世界を。
で、あれば。例え今は無責任であっても。
「あなただけは何があっても私の味方だって」
俺は、コイツに。




