35 袋小路
梨穂視点。
どれくらい経ったかわからない。
何度も飛んで、地面を蹴って、杖を振るって。P5が操る火を、何度も杖から放った光で押しつぶして。
やっぱり馴染みの場所を壊すのは気が引けるのか、P5が放つ炎の範囲は余り大きくない。まぁ、気後れしているのは私も一緒か。
見慣れた、いつも一緒にいた公園で、魔法少女プリズムトリニティとしてP5と戦っているんだから。
切れ切れになる息も気にせずに、ただひたすらに手足を動かす。
変身したことで黄色く染まった髪を振り乱し、天の川を何重にも重ねたようなフリルのスカートが、炎で焦げるのも気にせずに。
何度でも、上部に星をあしらったティンクルロッドを握り込む。
「なんでっ、もう諦めてよ!」
「いいえ、いいえ! 私は、私だって! 諦めたくない!」
そうだ。本当は、私だって諦めたくない。ずっとあのまま、三人で何もない日常が続いていけばいいと思っていた。そうはならないとわかっていたから苦しかった。
きっと、この苦しさはここに居る三人とも感じている。P5も、私の後ろにいてくれている英時も。
星の光を帯びた杖を振るって、何度も何度も、星の光線を放つ。私はさくらちゃんのように守るための魔法も、七海ちゃんのように正面から切り込んでいくような勇気もない。
だけど、それでも。信じることだけはやめられない。
「本当は、あなたと戦いたくなんかない! ずっと一緒に居たかった!」
「だったら!」
「でも! それができないなら! どちらかが折れるまで、思いをぶつけ合うしかないの!」
自分でも、ほとんど癇癪を起しているようなものだと思った。どんなに綺麗にまとまった言葉を並べても、私の中にあるこのぐちゃぐちゃな感情は上手く表現できない。
それでも私はこの自分勝手でみっともない思いをひけらかすしかない。
「私は、家族や友達のいるこの世界を諦められない! 英時君がなりたいもののある世界で生きていたい!」
「っそれは」
いつも見ていたはずの、P5のロウソクの火が激しく燃える。公園の端に佇む時計の針が静かに進んでいく。何もかもを燃やそうとするP5の炎を光で押しつぶす。
時折プリズムパクトが光を放ち、イノセントジュエルがその存在を主張するけど、あの浄化の力をP5に向かって使いたくはない。
奇跡を信じていないわけではない。ただ、私が信じたいのはP5なの。
手を伸ばしても届かない。手を繋ぎたかった。きっとP5も、何一つ諦めたくなかったはずだ。
楽しかった。何気ない日常が。
突然降って湧いた非日常の中にも、穏やかな日々が続いているのだと知った。本当は戦わなくてはいけない相手なのに、何の偏見もなく手を貸し、呆れながらも関わろうとする人がいた。
寂しい。あの日々が終わってしまうのが苦しい。嫌だ。本当は終わらせたくない。英時君がいて、P5がいて。この公園で、ずっと。
……万能な、何でも叶えてくれる奇跡なんてない。きっと、誰の願いも本当の意味ではかなわない。
私たちは戦わなくてはいけなくて、ずっと一緒にはいられなくて。
「煌めいて、ティンクルロッド!」
光を。やらなきゃいけないという気持ちも、本当は嫌だという気持ちも。
全部、全部込めて放つ。
暗い空の下で、星の光が溢れる。一瞬の空白。その光がゆっくりと収まり、そこには、倒れ込むP5がいて。
どれくらい経ったんだろう。ようやく、終わった。終わってしまった。
酷い息切れがする。今にも崩れそうな膝をムリヤリ奮い立たせて、喉の奥に引っかかる嫌な物をムリヤリ呑み込んだ。
「私、謝らないです。あなたにも、英時君にも。だから、P5も。最期まで我儘を言ってください。叶えられないかもしれないけど、話だけは聞きますから」
火が消える。ちりちりと、ロウソクの芯にかすかな熱を残しながら、小さく煙を立ち昇らせている。
残された時間は、少ないのだろう。よろよろと痛む体を引きずってP5に近付けば、緩慢な動きで、彼のすぐ傍に転がっていた手のひらサイズの懐中時計を指さす。
「英時君からもらった時計、ずっと持っていたんですね」
そっと、転がった時計を拾い上げ、外蓋を開けてP5の手に握らせた。
戦った衝撃のせいか、時計部分の蓋をするガラスが割れてしまっている。
「いい、でしょ。……あげないよ?」
「取りませんよ。だってそれは、英時君があなたのために贈った時計なんですから」
「ふふ、うん。これは、ボクのだ……」
切れ切れになりながら、P5が笑った。笑っていた。
どうすればいい? どうすれば全部呑み込める? 嫌だって言いたい。謝りたい。でもそれをしてしまったら、P5の気持ちを全部否定してしまうことになる。信じたかった。信じていたかった。
せめて全部、納得した上で終わりたかった。できなかった。こんな最後までぐちゃぐちゃな気持ちのまま、終わるなんて。
「冷たいの、ヤダな……」
顔がないはずなのに、泣いているように見えた。
ゆっくりと、P5が塵になっていく。
「もっと、皆と一緒に……」
背後から、足音が聞こえた。
英時君が、最後まで見届けてくれたみたい。
ああ、嫌だな。こんなの。
この、どこにも行けない気持ちを、どうしたらいいんだろう。




