34 止まらない、止められない
まぁ、なんだ。
やれることは全部やったつもりだ。受験だけに集中できたわけではないが、それでも自己採点してみたところ、志望校の合格ラインは優に超えていた。一旦、受験に関しては合否が出るまでは考えなくてもいいだろう。
入試前日、美空町に避難勧告が出たのもあって大学のある電車で駅六つ分ほど先にある街に前泊した。
正直に言おう、一人でホテルに泊まるのはちょっとテンション上がった。妙に浮かれたまま入試を受けて、もう一泊して帰って来たところだ。
帰って来た、と言っても、先に避難所に荷物を持って避難していた父さんと母さんと合流したに過ぎないが。
事態が収まるまで俺はホテル暮らしするか、という話もあったが、さすがにそれは現実的ではないしな。
母さんたちの話を聞くには俺が初ホテルで浮かれている間にも、頻繁にバイデントが現れては魔法少女たちに撃退されていたらしい。
そのお陰で街や人への被害は少ないようで、避難所の雰囲気もひっ迫している様子はない。アイツ、頑張っているんだな。
とはいっても、非常事態には違いない。
避難所では、同じく避難してきた街の住人たちが、不安そうにいつまでこうしていればいいのかと囁き合っていたり。はたまた、避難慣れしているのか、勝手に避難誘導やら物資の運搬などを手伝い始めた人たちだとか。良くも悪くも非日常をしている。
そんな人たちを横目に、俺は街の様子を見たくて外に出た。
避難所で雑務の手伝いをしてもよかったのだが、気になることもあるしな。
歩きながらメッセージアプリを開いて、入試を終わらせて街に戻って来たと梨穂に伝えておく。
返信は割とすぐに来た。様子を聞きたいので、いつもの公園に来てくれ、だとさ。
ふらふらと歩きながら見慣れたはずの街を眺める。
所々、建物が破壊されてはいるが、そこまで酷い被害はなさそうだ。
そうして公園には、もう一人の友人がいて。
「よう、何してるんだ」
声をかければくるりと、見慣れたロウソクの火が暗い街の中でこちらを向いた。
相変わらず変なとこにいるよなぁ。いつも俺らが居座っている休憩所の屋根の上になんて登ってまぁ。
「エージ、なんでいるの」
「なんでって、俺の街だから?」
「ニンゲン、皆いなくなったのに?」
「あー、空が暗いから皆寝てるんじゃね?」
避難勧告が出ていることを言っているのか? 人間の動向を気にするようになったのは、情緒の発達と考えていいんだろうか。
とは言え、どうして人間が避難しているのかは理解していなさそうなので、特に気にさせないように、適当なことを言って返す。
「ねぇ。やっぱりエージは、一緒に来てくれない?」
「うん、行けないよ」
「……キライ」
「嫌っていいよ」
その方が、きっとP5としても気持ちが楽だろう。
P5はあくまで好きな人たちと一緒にいたいだけ。俺たちの後ろにどんな思いがあるのか、どんな人間関係があるかに思い至っていない。
だから俺たちが、どうして自分と一緒にプルートに来てくれないのかがわからないんだろう。
ポンっと、ポケットでスマホの通知音が鳴った。
画面を見ればポップアップ通知に梨穂からのメッセージが来ている。なんとなく、既読を付けないままP5を見た。
「梨穂、来るって。どうする? このままどっか行くっていうんなら、アイツにはお前に会ったこと言わねぇけど」
別に争いたいわけではない。
今バイデントを呼ばれたら、俺は一貫の終わりだし、このまま何もせずに帰るなら、それでもいい。行くな、とか。クライドのところに帰るな、なんて言えない。
さすがにそれは、無責任すぎる。
百面相でもするかのように頭の火が強まったり弱まったりと忙しく、随分と感情豊かだとか関係のないことを考えて現実から目を逸らした。もっと、別のことで火を燃やしていてくれたら平和だったんだけどな。
しばらく悩むように唸った後、P5が気まずそうに、小さく口を開いた。
「リホが来るなら……戦う」
「そっか」
「戦って、勝ったら、オネガイきいてくれる?」
まぁそうなるか。わかっていたことだし、ある程度覚悟もしていた。
イノセントジュエルがすでに梨穂たちによって回収されている。なら最後はもう、力尽くになるしかないよな。
多分、これがバイデントと人間のあるべき形なのかもしれない。信じたくはないけど。
今までが平和すぎたんだよ。
P5が自分の意志で街を壊そうとしていなかったから。梨穂が「悪いことをしていないなら」と、街を壊す存在であっても見守る姿勢を崩さなかったから。
ずっと平和なままでいられると思いたかった。
わかり合えないなら、苦しいだけ。だったら、P5の言葉通り、嫌いになってくれた方がお互い気が楽だ。
そんなことを考えていたら、急ぐような足音と少し荒れた息遣いが背後から聞こえた。
「英時君! P5も」
すっかり聞きなれた声は振り返らずとも誰だかわかる。
梨穂の声に反応するように、P5のロウソクの火が揺れた。
「梨穂、戦って。ボクが勝ったら、プルートに一緒に来て」
梨穂が何かを言う前にP5がそう告げる。
P5に応えるように梨穂が、俺の前に出た。
ポケットから黄色い宝石の付いたケースを取り出して、梨穂が静かに構えた。
「準備は、いいですね? P5」
石はいつだって、転がり落ちるだけ。その先に何があるかなんて、関係ない。
迷いも決意も振り切るように、進み続けるだけだ。




