29 空の向こう側
なんだあれ。誰かがそう言ったのを皮切りに、各々が真っ暗になった空を見上げて指差した。
正直俺も何が起こっているのかわかっていない。わかっているのは、何かが始まって、俺たちの奇妙な友情が終わりを迎えようとしていることだけだ。
時刻は昼の……何時だ? 正確な時間はどうでもいい。いくら冬だからといって、日が落ちるにはまだ早い時間であるにも関わらず、空は真っ暗になってしまった。
おまけに謎の裂け目まで現れて、スーパーに来ていた買い物客がなんだなんだと首を傾げている。何ならスーパーに併設されている喫茶店の店員らしき人まで、店を飛び出して来た。まぁ、気持ちはわからなくもないな。
いつものコンビニよりも少し遠出してスーパーまで買い物に来ただけなんだが、ヤバいものを見てしまった。何が嫌だって、俺はあの裂け目について知ってるんだよ。
だってあの裂け目、アレだろ? P5たちの世界に繋がっているあの黒い空間と同じやつ。
ざわざわと、なんだアレはと声を上げる買い物客に混じって、何人かが空に向かってスマホのカメラを向ける。全く、便利な世の中になったものだよな。
何か特異なことがあればすぐに写真に収めて、SNSで他人にシェアできるんだから。
カメラを構える住人に倣って俺もパシャリと、一枚裂け目の写真を撮る。
そのままメッセージアプリを起動して、事情を知ってそうな奴に異常な空の写真を送り付けた。
それと何か一言、添えようと思ったが上手く言葉が出てこない。
大丈夫か。は、起こっている事態に対して不安を煽っているようにも見えるし。
ムリしてないか。も、これから空の裂け目という異常事態を解決するために奮闘しなければならない奴を追い込みそうで。
そうしてスマホの画面とにらめっこしている間に、小気味良い通知音が鳴ってトーク画面に件の人物からのメッセージを受信した。
返信早いな。一応、向こうも一段落しているのか? それともこの後すぐ何かを始める感じ?
『あの向こうに、プルートがあるみたいです』
やっぱりそうか。暗くなった空を見上げ、ため息を吐く。裂け目の向こうにうっすらと建物のような物が見えた。
普段はアレに住んでいるのか? 時々雷のようなものも落ちているようで、稲光に照らされたその建物は、朽ちかけた外国の城のようにも見えた。
荒れているだとか、滅びそうとか聞いてはいたが、想像していたよりもずっとプルートは荒廃しているのかもしれない。
いつまでもスーパーの駐車場で空を見上げているわけにもいかず、スマホを片手に自宅までの道を進む。
気分転換にと、母さんから日用品の買い物をかってでたが、とんでもないことになったな。フリック入力で文字を打ちながら、可能な限り通行の邪魔にならないよう道の端を歩く。
『向こう側に行くのか?』
『すぐにではないですが、近いうちには』
そうなるよなぁ。ポコンっと通知音が鳴る度にスマホの画面に視線を落とす。
一応車の通行には気を付けているが、早めに家まで帰ってから返信した方がいいかもしれない。まぁ、車の運転手もしきりに停車して空を物珍し気に見上げているのだが。
俺がP5と会ったことは、梨穂には伝えてある。決別と言ってもいい、別れ方をしたことも。
結局、人とバイデントは手を取り合えないのか。それでも俺たちが信じたかったことは何なのか。考えれば考えるほど、自分の無力さが嫌になるな。
とは言え悲観してもいられない。例えどんな結果になっても、俺は梨穂の選択を尊重し、一緒に抱えていくと決めた。何もしてやれないのだから、それぐらいはさせてもらわないとな。
足を止め、空を見上げる人々を横目に帰路を急ぐ。慣れた調子で玄関扉を開ければリビングから慌てたように母さんが顔を出した。
「ただいま」
「英時、おかえり。大丈夫だった?」
「ん。頼まれてた牛乳と……小麦粉ってこれで良かった?」
「え、えぇ。あっているけど、空見てないの?」
「見たけど。まぁ、俺がなんかできるわけじゃないし」
母さんの心配も最もだが、実際何もできないのだから仕方がない。良かれと思った行動は、一時しのぎにはなったが、ある意味事態を加速させたのかもしれない。
後悔が無いわけではない。正解を選び取れたわけでもない。けれど、その時できることをやった。それだけだ。
「お父さんに似て、変に落ち着いているんだから、もう」
「んじゃ、部屋に戻るね」
呆れたように俺を見る母さんに、自分の分に買ったペットボトルを取り出して、買い物袋を押し付ける。
二階への階段を上りながらポケットの中のスマホを取り出してメッセージアプリを開いた。
『多分、P5とも、近いうちに戦うことになると思います』
梨穂が何を思いながらその文章を打ったのか。想像に容易いような、難しいような。
自室の扉に手をかけたまま、しばらく悩んだ末、ありきたりな言葉を送ってため息を吐いた。
『いつでも相談にのる』
結局、今の俺にできることと言えばこの程度か。
部屋に入ってそのままベッドの上に倒れ込む。思いっきりベッドに沈み込んでから、買って来たペットボトルの炭酸飲料を持ったままだったのを思い出して、さらに気分が沈んだ。




