26 新着メッセージが一件
これは何だ。
冷え込む風が吹き始めた十二月。色々と追い込みをかけないといけない時期に入っては来たが、それでも日常の延長にいるはずだった。
かたりと下駄箱に靴を仕舞った先で、何やら様子のおかしい梨穂に遭遇した。え、なんだよ。
目が合って、一瞬戸惑ったような、苦しそうな顔をして、言いかけた何かを呑み込んだかと思うと、下手な笑顔を作った。
前にもよくわからない顔をしていた時があったが、これなら前の何も言わずにじっと見られる方がいくらかマシだ。
「何?」
「いえ、その……。すみません、今上手く話せそうにないので、また」
ため息が出た。それも特大のやつ。
肺の中の二酸化炭素を全部吐き出す勢いで空気を押し出し、そのまま目の前を通り過ぎようとする梨穂の腕を掴む。
基本的に好きにすればいいとは思うが、こうも目の前でなんでもないですと取り繕われると腹が立つな。
「何かあるなら言えよ」
「そういうわけではないのですが」
「いいから。今更隠される方が面倒臭い」
掴んだ腕が逃げようとするのを感じて、ほんの少し手のひらに力を籠める。
いつものような笑顔じゃなく、困ったような笑みでもなく、本当に困惑した顔で、梨穂が俺を見上げた。悪いが、今回は逃がすつもりはねぇぞ。
何の意地の張り合いか、自分でもよくわからないが根競べのように見つめ合う。しばらく、無言の間が広がった後、観念したように梨穂がため息を吐いた。
「昨日、P5と話したんです」
「うん」
「それでちょっと、困ったことになりまして」
梨穂曰く、思っていなかった方向に進みそうになったと。なんでも、イノセントジュエルを見付けた後、俺と梨穂をP5の世界に連れて帰りたいと言い出したらしい。
場合によっては強行する可能性があるので気を付けてほしいと、梨穂は言う。そして何より、自分の曖昧な態度がP5にそういう考えに至らせたのだと。
何ともまぁ、傲慢な考えだな。全部自分のせいかよ。
「だから、その……ごめんなさい。英時君はもうすぐ受験もあるのに、巻き込んで」
「俺個人の受験と、世界の危機に立ち向かっている魔法少女の責任を比べてどうすんだよ」
そんなことで悩んでいたのか。だったらもっと早く言えよ。俺は既に巻き込まれているし、自分でも踏み込んだ自覚がある。
正直すでに腹は決まっているし、できないことがあるのも自覚している。上手くいけばいいとは思っているが、そう上手くいかないことだって。
「ですが……」
「お前が信じられなくなったら相談にのってくれと言ったんだろう」
まだ太陽が元気だった頃、暑くなり始めの学校の渡り廊下で。
自分もP5と仲良くなりたいと、お互いに理解し合えれば、傷付け合わずに済むんじゃないかと笑って言った。そんな未来を信じられなくなったら、相談にのってくれと、自分で言ったんじゃないか。
一瞬呆気にとられた梨穂が、肩の力は抜けたように笑った。
「ね、英時君」
「おう」
「私、どうしよう。本当は、全部中途半端なの。全部、夢の中にいるみたいに感じていて、本当は何も考えてないの」
「いいじゃねぇか別に。全部が全部一人でやる必要なんてないだろ」
「でも、私。魔法少女なんだよ? なのに、街のことも、P5のことも真剣に考えていなかった」
「そんなの知るか。見たくないものから目を逸らして何が悪い」
別に他人事でいいだろ。俺だっていまだにP5が本当に街を壊しているのか疑ってるし、目の前で他のバイデントが街を壊しているところを見ても、未だに普通に学生やってるんだぞ。
ぽつりぽつりと話し出す梨穂の話を聞きながら、街の危機よりも受験の方を心配している俺の方がよっぽど平和ボケしているし、感覚がおかしくなっている気がする。
「私、戦う理由を英時君にしていたの。英時君が嫌だと言ったから、何の偏見もなくP5とかかわった英時が嫌だと言ったから。きっとその選択がいいんだと責任を放棄した」
嫌なやつでしょう? とでも、言いたげに、梨穂が俺を見上げた。
バカらしい。
「別に、いいんじゃねぇの? 責任を負いたくないと、そうやって俺を理由にしようとしたんだろ? それって、魔法少女として街を守るのがプレッシャーだったんじゃねぇの?」
「プレッシャー……? 私、結構鈍い方だと思っていたんだけど」
「じゃあその鈍さを、世界を守るって重圧が上回ったんだな」
なんというか、色々剥がれてきているなぁ。
いつも敬語でにこにこしていたのに、今は敬語ですら取り繕えない程度には、切羽詰まっているらしい。
「魔法少女って言ったって、お前まだ十五だろ。わかんねぇことがあるなら、助けろって言えばいいじゃん」
「……だって、そういうの、なんだか恥ずかしいじゃないですか」
「頼るのに恥ずかしいもあるかよ、遠慮なく話しかけるのはお前の方が得意だろ。お前は一人じゃないんだから、他の奴にも相談しろ」
この様子だと、P5については他の魔法少女にも話していないのかもな。何とかなるって楽観視して、どうにもならない気配を感じて焦ったか。
言い難いのかもしれないが、そうもいっていられないだろう。
「スマホ出せ」
「へ。あ、はい」
「ん」
おずおずと梨穂がカバンの中から出したスマホを奪い取り、自分のスマホを操作して、自分のメッセージアプリのフレンドコードを送り付ける。
QRコードって便利だよな、こういう時サッと連絡先も交換できるし。
「なんかあったら言え。話ぐらいいくらでも聞いてやるから」
出会ってもう半年以上経っているが、いつも決まった場所で大体同じ時間に会っていたので、今の今まで連絡先なんて交換していなかった。
わざわざ連絡するようなこともなかったし、上手いこと折り合いをつけていると思っていたからそこまで気にも留めていなかった。
が、実際のところ。どうやら梨穂は、年相応の、それも弱さは見せたくないタイプの思春期らしい。
自分にも覚えがあるのでこの辺りをからかったりはしないが、もうちょい素直になった方がいいぞ。
しばらく返したスマホの画面を見つめたまま黙っていた梨穂が、ふっと息を吐き出す。
それから少しだけ笑って、俺を見上げた。
「何もなくても、メッセージ送っていいですか?」
「相談用だって言ったろ」
「ふふ、はーい」
相談じゃなくても……まぁ、いいけど。




