24 やれることだけやっていく
「はいこれ。お父さんから」
とぷとぷと、冷蔵庫の取り出したお茶をコップに移していたら、母さんが思い出したように俺に何かを差し出していった。
手にはいくつかの紙束がまとめられており、紙面に視線を落とせば、父の字で地図らしき図とメモが書かれている。
「え、何」
見ての通り今は両手が塞がっているんだけど。一先ず手にしていたコップとお茶の入ったピッチャーをテーブルの上に置いて差し出された紙の束を受け取る。
土曜日の昼。特に外に出ることもなく、一日部屋に籠っていた俺を、母さんはいつものように、にこにこしながら見ている。
本当に、何?
「お父さんの知り合いの、若い人たちが立ち上げたお店でね。おしゃれな部品とか売っているところなんだって」
「父さんの?」
改めて視線を落としてみれば、手書きで記された地図と一緒に添えられた文字はどうやら全部父さんの知り合いの店名と店主の名前、あとは電話番号のようで。丁寧に取り扱っている物までメモしてある。
金具や内部のパーツを取り扱う店から、ベルトなどの革製品を扱う店やら木製品を取り扱う店、果てはハンドメイド品を取り扱う個人店まで。
こういうことを言うと、失礼だとはわかっているんだが、なんだか意外だった。几帳面なタイプではあるけど割と無口な方だし、店に籠っているイメージがあったので色んな人と関わりながら仕事をしていたんだ。
「皆お父さんの友達の子供やお弟子さんよ。少しずつでも売ってくれるらしいから、気が向いたら行ってみなさいって」
「結構、多いね」
「ふふ。英時が時計屋さん継いでくれるっていうから、お父さん張り切っちゃったんでしょ?」
でもそっか、喜んでくれているんだ。口元が緩むのを耐えようとしたら、変に手に力が入って紙に少しシワが入った。やべ。
一仕事終えたとばかりに満足そうな母さんに礼を言って、全て手書きの地図を見る。入れるだけ入れて忘れていたお茶を一口飲めば程よい冷たさがのどの奥へと流れていった。
半日部屋に籠って勉強していて、少しくたびれたので水分補給でもしようとリビングに来たが、思わぬ気分転換になったな。
一気に飲み干したコップにもう一度お茶を注ぎ込む。
これだけ目をかけてもらっているんだし、もっと、頑張らないとな。今のところ充分志望校の射程圏内ではあるが、確実に合格できるレベルにまではしておきたい。
その上でわざわざこういう地図を渡してくれる辺り、大学がゴールじゃないぞと言いたいのか。それとも適度に息抜きしろってか? まあ後数ヵ月、根を詰め過ぎて息切れしないようにしよう。
「不安とか、困っていることとか、無い?」
「ん、別に」
「もう! お父さんに似ていっつもクールぶってるんだから」
「そんなんじゃないし」
別に、母さんに話すほどの話ではない。とは思う。
あるとするならP5だとか梨穂のことだが、正直母さんに、アイツらについてを話すのは、いささか気を遣う。
普通の専業主婦をしているのに、急に街で暴れている怪物の話やそれと戦っている魔法少女の話をされても、母さんが困るだろ。
「まぁ。お母さんは二人が楽しそうにしているならそれでいいけどね」
「そういうもの?」
「そういうものよ。それが好きな人で、悪いことをしているんじゃないのならね」
悪いこと、な。俺たちにとって街を壊すのは悪いことだと言う共通認識があるが、きっとP5にはない。
むしろアイツの仲間にとって街を壊さないことは、世界を救うためのイノセントジュエルを探していないと受け取られてもおかしくはないのだ。
他の、街を壊さずともP5の故郷を救う術を俺は思いつかない。
それでも仲の良いP5と梨穂がいがみ合わずに済む方法が、ある日突然降って湧いてくればいいのになんて、無責任に考えている。
「もし、悪いことをしていたら?」
「ちゃんと怒るわ。怒って、どうしてそうなったのか、どうすればよかったのかを一緒に考える」
「ふーん」
「英時にもそういう子ができたのね」
「だからそういうのじゃない」
一度関わったから、最後まで付き合っているだけで、扱いは犬や猫と一緒だ。一度面倒を見たのだから、責任を持って関わっているだけ。一方的に懐かれたから付き合っているとも言う。
まぁ。アイツらに懐かれているのは、悪い気はしないけど。
コップに残っていた二杯目のお茶を飲み切って、コップをシンクに置き、お茶の入ったピッチャーも冷蔵庫に片付ける。
相変わらず母さんはにこにこと楽しそうにしていて、何を言っても暖簾に腕押しな感じだ。のんびりしているようで自分の意見がしっかりある辺り、雰囲気は梨穂に似ているのかもしれない。
「部屋に戻る」
「はーい。勉強頑張ってね」
「ん」
母さんの声を背中に受けながらリビングを出る。廊下の階段を上り切って、部屋に戻る前に、ちらりと父さんの部屋の方を見た。
地図のお礼をと思ったが、さすがにこの時間は店の方にいて、不在だよな。
ふっと、息を吐いて自室の扉を開ける。スマホがベッドの上でピカピカと通知を光らせていたが、今日は一日スマホを触らないって決めているんだ。
やらなきゃいけないことは色々ある。でも、有難いことに自分には一人ではなくて。
……うっし。もうちょっとだけ頑張るか。




