22 一歩
気持ちのいい秋晴れだ。
空にはぼこぼこと、鱗のような雲が広がっている。晴れてはいるものの、つい一、二ヶ月前のような暑さは無く、気持ちのいい気候になって来た。
まぁ、受験生にはのんびりと季節の代わり目を楽しむ暇もないんだが。
最近は暑さが控えめになってきたし、きっと足早に冬が来るだろう。そして冬がくれば受験が待っている。憂鬱でしかない。
行きたい大学や、その先の未来を考え始めれば希望もあるが同じだけ憂いもあり。大学を出て、父の後を継ぐ、なんて簡単に言えるほど楽観視もできていない。いや、一応日頃から勉強はしているし、よっぽどのことがないかぎりは模試だのなんだのでも低い判定は出ないとは思うが。
両親はそこまで時計屋を継ぐことを意識しなくていいと言ってくれているが、俺自身が、時計屋を継ぎたいと思った。
幼い頃に見た、父の背中への憧れがずっとあった。いつの間にか、その憧れは自分で勝手に作り上げた理想となっていたけれど、それでも。その理想ごと抱えて時計と向き合いたいと思った。
そうやってどこにでもいる受験生が決意を新たに、受験勉強の追い込みをかけ始めようとしている横で、ごく当たり前のようにバイデントが暴れている街ってどうなんだろうなぁ。
目の前で魔法少女が飛んだり跳ねたり。杖のようなものを持ってビームを放ったりしているのを遠目に眺めて、妙な感心をする。
「そこのあなた! 早くこっちへ!」
「あ、はいっス」
青い色の服を着た魔法少女に誘導されるがままに人の流れに従って目の前で起こっている事故……バイデントが暴れているのは事故でいいのか? それとも災害?
まぁ、どちらでもいいか。
とにかく、避難誘導をしていたのは梨穂ではなかった。
そういえばアイツ、俺に魔法少女だと明かしたことは他の魔法少女に話したのか? ……ないかも。そういうような存在に接触されていないし。
ある程度離れたところで足を止め、振り返る。魔法少女たちが飛んだり跳ねたりしながらバイデントと戦っている、前にも見た光景が広がっていた。
あの時はまだ深く関わり合いになりたくなかった。だから自分もP5と仲良くなりたい。お互いを理解し合えれば、傷付け合わずに済むんじゃないかと言う梨穂があまり理解できなかった。
理想論と言い放った俺に、困ったように笑う梨穂を思い出す。
信じたいと言った女と、結局その理想論に乗っかかった自分がここに居る。
「なんというか、世の中わかんねぇもんだよなぁ」
一人ごちてみても、俺がわざわざ一から時計を作ってP5に渡した事実は変わらないし、日常も、俺自身の中にある考え方にだって変化が起きている。
敵同士なのに戦わない可笑しな奴らと関わるようになって、P5を引き留めたいと思った。物の善悪も判らず、褒められたいと言う理由だけで街を壊しているP5ならまだ、引き返せると思いたい。
そんなことを考えるようになった。
そんな打算も込めて渡したあの懐中時計は、梨穂の目から見ても、P5を喜ばせているらしい。その結果、梨穂が拗ねているのだが。
自分もかまってほしい。名前を呼ばれたい。などという梨穂は、なんとなく甘えられているようでくすぐったい。
幼い頃に弟や妹に憧れはあるが、実際にいるとこんな感じなんだろうか。
ふと遠目に、魔法少女として戦う梨穂の姿が見えた。屋根の上で器用に態勢を整えてバイデントの攻撃を躱している。
あれで普通の女の子ってやつなんだよなぁ。からかえば怒るし、P5ばかりと拗ねる。
……うん。P5の時より緊急性はないし、休憩の合間や、気分転換にもう一つ時計を作ろう。パーツを集め直して、組み立てて。それだけで充分勉強の合間のリフレッシュにはなるだろう。
そうしてできた物を今度は梨穂に。
それを渡した時、梨穂はどういう反応をするだろうか。
喜ぶのか、二番煎じだと拗ねるか。どちらにしろ、俺にできるのはそれくらいだ。可能なら、喜んでもらいたいとは思うが、どんな反応でもきっと悪いものではないだろう。
なんとなく、視線を彷徨わせてみる。
梨穂の戦っている相手は、あの黒い体に鋭い爪を持ったバイデント以外見当たらない。
一先ず、P5がいないと安心していいんだろうか。いや、街を壊そうとしている奴が近くにいるんだから、安心するのはまだ早い気もするが。
それでも、P5がそこにいないという事実を、今は喜んでおこう。
街で暴れているバイデントを直接止められはしなくても、こうしてP5の気を反らしてそういう行為から遠ざけることはできる。何気ない積み重ねを繰り返していけば、梨穂が願ったように、他のバイデントたちとも、理解し合えるのではないか。
しばらく梨穂たちが戦っているのを眺めてから、踵返す。
まぁ、やることは色々あるが、できる範囲でやっていこう。どこにでもいる高校生にできることなんてたかが知れているかもしれないが、それでも。
梨穂の見ている世界と、同じものを信じたいと思ったんだ。
そのために、俺にもできることを。




