21 物事はもっと単純でいい
世界というのは不思議に満ちているが、個人が生活する分には特に大きな問題に直面することもなく暮らしていくことができている。まぁ、不可思議に慣れた、とも言うが。
暑さも収まってきた十月。この前の一件から、タイミングが合わずすれ違っていたため、月島と遭遇するのは久しぶりだ。
帰宅途中のコンビニを出た先で会い、そのままなんとなく肩を並べて歩く。
気まずい、というわけではないが前回変な空気のまま別れたためなんと言って話しかければいいか悩ましい。
しかもこういう時に限ってP5は現れないのだ。普段はあんなにわけのわからないところから現れるのに、今頃どこかで遊んでいるのだろう。
そう考えるとP5は子供と言うより、野良猫に近いのかもしれない。野良猫なら案外他にも目をかけてくれる人間がいるのだろうか。
もしいるなら、そういうオレらに似た奇特な奴らに構われて踏み止まってくれるなら万々歳だ。
「この間、P5と二人で話しました」
「ん? ああ、そう」
「海中時計、とても喜んでいましたよ」
「そう」
こう、面と向かって言われるのは少し照れ臭い。
P5に時計を贈ったのは打算も入り混じった行為ではあったが、素直に喜ばれるのも、その様子を伝えられるのも、悪い気分ではない。
軽く息を吐いて視線を彷徨わせれば、隣からなんとも言えない視線を感じて。月島が、この前と同じように何かを訴えるような顔でこちらを見ている。
「何?」
「いえ、別に」
何なんだ、一体。言いたいことがあるなら言えよ。不満そうな月島にため息を吐きながら、後頭部を掻く。
険悪な雰囲気になりたいわけではないし、適当に茶化しておくか。
「月島、お前あれだろ。俺がP5にだけ時計をやったから拗ねてるんだろ?」
にやりと、意味もなく意地の悪い表情を作る。できるだけからかうような、声を出した。
さて。呆れるか、呆気にとられるか。どちらにしろ、この微妙な雰囲気は無くなるだろう。そうなれば特に何かに気を遣う必要もないし、適当にP5の話でもすればいいだろう。
俺たちの共通の話題なんて、アイツのことしかないんだし。
「……わかっているなら、わざわざ言葉にしないでくださいよ」
「……は?」
「大体、英時君はP5に甘いんです。確かに最初はそれでいいとは思いましたよ? 実際英時君とP5の様子を見て、全く違う世界から来た存在でも仲良くなれるんだと思いましたし。でも英時君、P5にばっかり構って私には全然だし、今も名前だって呼んでくれないし」
待て待て待て。は?
つらつらと言葉を並べ立てる月島に思わずこちらが呆気にとられる。
先ほどとは違う戸惑いと、妙なくすぐったさが背中を撫でている。
それなりに話す間柄のつもりではあったが、意外と俺は月島に懐かれていたらしい。暑さもマシになったと思ったところなのに、喉の奥が張り付いて変な感じの汗が出そうになる。
「マジで拗ねていたのか」
「だったら何だっていうんですか」
いつもと違い、月島が少し語気の強い物言いをする。多分、俺もこいつも今は可笑しな状態にある。どちらがこの状態の原因かなどと責任を擦り付けるつもりはないが、一応年上としての余裕を保っていたい。
ばれないように小さく深呼吸を繰り返して、さっきと同じような意地悪な顔を張り付けた。
「ふーん?」
「うるさいですよ」
「何も言ってないじゃん」
「顔がうるさいです」
にやにやとした笑みを湛えながら、歩きなれた通学路を行く。
月島は、マイペースなだけかと思っていたが意外と可愛いところもあるようだ。理不尽ではないが、月島の一方的な怒りを大人しくぶつけられておく。
いつもはマイペースで夢想家。魔法少女でありながら、街を壊すバイデントの仲間であるP5と和解したいと考えている。まぁ、それは俺もだが。
そんな奴が、自分にも構えと。随分と可愛らしい年相応か、少し幼いような要求をしてくるとは。
P5といるとどうしても面倒を見る側に回りがちだが、案外末っ子気質なところもあるのかもしれない。
「別に心配しなくても今後はちゃんと構ってやるよ」
「なんですかそれ、私がどうしようもない子みたいな言い方やめてください」
「はいはい」
ぷいっと、そっぽを向いた月島が面白くて少しだけ肩を震わせる。
今すぐに。は、さすがに無理だが、いずれ折を見て新しく時計を作って贈ってもいいかもしれない。そもそも俺が時計作りや父に向き合えたのも月島がいたおかげなのだから。
時計は、それを大切に思う持ち主の手に渡ってこそ完璧になる。
ただただ自分の理想や納得のできる物を追い求めることが間違いだとは思わないが、きっと、時計でも他の何かでも、物が一番魅力的になるのは誰かが目をかけている時だ。
自分はこれがいいのだという人の笑顔が、その物を特別にするのだと、ようやくわかった。
だからまぁ、その感謝の意を込めて。
「そう拗ねんなよ、梨穂」
ぱっとこちらを見上げて目を見開くその姿がおかしくて。
意外とからかいがいのある、年下の友人に怒られるのを覚悟しながら、俺はまた肩を震わせた。




