18 夏の終わりに
八月も終わりが近付いたと言うのに、まだ日差しは強く、だらだらと汗の流れる日々が続いている。
そんな中でも、P5はご機嫌なようで、頻繁に渡した時計を眺めている。気に入ってもらえたようで何より。
あそこまで嬉しそうにされたら、さすがにちょっと照れ臭くもある。だがまぁ、同時に誇らしくも。
多分。あの時計は、アイツの手元にあることで完成するんだ。俺の作ったものでもそうなれるのだと思うと、嬉しいような、もっと精進しなくてはと急かされるような。
ぼんやりと、暑苦しい日差しの中でいつものように公園内を駆け回るP5を眺めていると隣から月島に突かれた。
「ご機嫌ですね」
「ん? ああ、アイツな」
「いえ、英時君が。喜んでもらえて良かったですね、時計」
じっと、どうにも何が言いたいのかわからない表情で月島が俺を見る。
そこに喜色は無く、どちらかというと何かを訴えるような表情をしているのだが、生憎心当たりがない。
「なんだよ」
「別に? ねぇ、P5。私にも英時君の時計を見せてもらえませんか?」
「えー? リホも見たいの? ボクのだよ?」
マジで何なんだよ。ふいっと顔を逸らした月島に、P5が不満そうな声を上げた。
一応ベンチまで近づいてくるものの、時計をしっかりと手に握り込んだままだ。なんだってコイツら今日機嫌悪いんだ? 暑さで苛ついてんの? わからなくもないが、一旦落ち着けよ。
「梨穂にも見せてやれ」
「ヤダ。エージがボクにくれた」
「そうだよ。それはお前のだ。誰も盗ったりしないから。な?」
「……うん」
そりゃあ、この暑い中にずっといれば苛つきもするわな。どっか店にでも入ればと言いたいが、さすがにP5を連れて店の中に入るのはまずい、のか?
すっかり受け入れているが、よく考えなくてもP5って人間と同じ体に頭だけロウソクになってるんだよな。普通はビビる。むしろなんで俺はこいつを受け入れているんだ?
……あぁ、そういやコイツ初めて会った時フェンスに首突っ込んで動けなくなってたんだったわ。ビビるの方向性が違ったんだな。
「意地悪してごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ。見せてくれてありがとうございます」
おずおずと謝りながら梨穂に時計を見せるP5の、子供のようなやり取りを見ながら息を吐く。なんかこういうやり取りあったよなぁ。小学校の低学年ぐらいの頃とか特に。
あの頃仲裁させられていた教師はこんな気分だったのだろうか。
素直に謝っているからいいものの、もう少し知能が付いて来ると、教師に謝れと言われてお互いに半ギレのまま謝り合う光景が見られたりだとかしたものだ。
俺はそちら側になることは無かったが、これは男児あるあるなのだろうか。
「ねぇ英時君」
「何?」
「どうしてさっき、名前で呼んだんですか?」
名前。と、言われて考える。名前が、なんだ? 何か言ったか? しばらく考えて、ようやく思い至る。
そうだわ。今普通に、月島を本人の前で、名前で呼んだわ、俺。
「わり。前に月島呼びだとP5に伝わらなかったからさ」
「そうだったんですね」
「あー、嫌だったか?」
「いえ別に」
自分でも苦しいと思いつつ、言い訳を並べておく。まぁ、うん。この年になってそう女子を名前で呼ぶ機会などそうないから、妙に気恥ずかしい。しかも本人の前で。
どうにも微妙な空気が流れている気がする。険悪、ではないが、なんとなくこのままいるは落ち着かないので、その空気を払拭するために口を開いた。
「月島こそ、さっきのなんだよ」
「さっきの、とは?」
「なんも言わなかったけど、何か言いたいことあったんだろ?」
P5に声をかける前。なんか妙な顔して見ていただろ。あれはなんだったんだ?
相変わらず元気に日差しの中で公園を駆け回るP5の姿を横目に話しかければ、月島がまたじっと俺を見る。なんだよ。
「気になることでもあるのか?」
「それは……」
「っつっても、気になることの方が多いか。確かなことはほとんどないまま、月島は戦わされてるんだったもんな」
わかっているのは、P5の仲間はプルートという世界を守るためにイノセントジュエルを探していて、そのイノセントジュエルは奇跡だか何だかを起こすらしいこと。
正直奇跡なんてものは信じていないが、そういう物にでも縋りたい状況なのだろう。それにしてはP5に危機感はないようだが。
月島が小さく息を吐いた。やっぱり何か気がかりなんじゃないか。
「プルート側が、私たちの思っていた以上に悲惨な状況だということはわかりました」
「ん。何って言ったっけ。あの妖精にはなんか聞けねぇの?」
「チュチュ、ですか? どうなんでしょう。イノセントジュエルの使い方については何か知っているようですが、先代魔法少女については、自分は知らないと言っていましたし」
「魔法少女にも先代とかあるんだ」
「六十年前にもバイデントたちが現れていたそうですよ」
そういえばバイデントが出始めた頃にそんな特集がテレビでやっていた気がする。
まぁ、俺が考えたところでできることはほとんどないんだし、あれもこれもと手を出すべきではないか。
「ね、英時君」
「ん? 何?」
いつの間にかすっかりいつものようににっこりと笑っている月島が、俺に向かって小さく手招きをした。そしてそのまま手のひらを口元に持って行く。何やら大きな声では言い難いらしい。
仕方ないので少しベンチを移動して体を月島側に傾ける。
「名前で呼んでもいいですよ」
……は?
何?




