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うたう竜と桜の世界【StarNotes】  作者: 逢生 藍
一章.竜とゆりかご
7/8

七話.世界の呼吸

 星樹の迷宮の、小部屋の一つ。

 何匹かのハナイヌが、たむろしている。

 うなり声を上げながら、部屋の中を徘徊する獣たち。


 そのうちの一体が、部屋の入口に鼻先を向けた。

 通路から、桜色の光が発される。


『つむじ風』


 少女の声が響いたと同時に、部屋に風が吹き始めた。

 風は段々と大きくなり、渦巻き、ハナイヌたちを吹き飛ばした。


 うめき声を上げ、地面を転がるハナイヌたち。


「…成功したね。行こう!」

「うん、おねえちゃん!」


 通路から出てくる三つの影。

 桜花たちが、部屋の奥の通路へ突き進む。


 起き上がるハナイヌたちよりも速く、先の道へ進んでいった。



「ふう。なんとかなったね」

「風の魔法、すごいね!」

「えへへ。一緒に練習、したもんね」


 笑い合う桜花と紅葉。その後ろのネム。

 転がるウサワタの側を、歩いていく。


「昨夜学んだ風の魔法を、さっそくつむじ風の魔法にするとは、面白い発想じゃな」

「うへへ。くーちゃんと一緒に考えたんだ!」

「おねえちゃんがたくさん褒めてくれるから、くれはも頑張った!」

「そうかそうか。……うん。良い魔法じゃ」


 頷くネムに、桜花が小さく胸を張る。

 そんな桜花の目の前を、ひらひらと一匹の蝶が飛んできた。


「わ。ちょうちょだ」

「おねえちゃん、待ってー! 迷子になっちゃうよぉ」


 フラフラと、黄色い蝶を追おうとした桜花。

 紅葉が、焦った声で止める。


「そうだよね…ありがとう、くーちゃん」


 少し肩を落とした桜花に、ネムが語り掛けた。


「蝶の羽ばたきは国を超える、と言うからの。……まさか蝶を追ってこの星樹まで飛ばされるようなことは、そうそう無いと思うがの」

「そ、そうだね…。えへへー」


 斜め上を見ながら、はにかむ桜花。

 紅葉が器用にジト目で桜花を見るも、口笛を吹いて誤魔化そうとする。

 口笛は、上手だった。


△▼△▼△▼△▼△


 樹の壁を歩き続ける三人。

 少し急な曲がり道を越えたところで、大きな足音がした。


 道の奥の、反対側の曲がり道の先。

 そこから、大きなイノシシのような生物が姿を現した。


「ん、来たね。…あれ?」


 小さな地響きとともに、近づいてくる体躯。

 灰色の体毛の一部、顔の左側の体毛が絡まり茶色くなっている。

 首を上に向けて、毛に覆われたその生物を前にした桜花は、首を傾げる。


「あれは、モリシシじゃの。ああ見えて知能も高いぞ」


 ネムが言う言葉は聞いているのか、いないのか、黙ってモリシシを見上げる桜花。


「おねえちゃん…?」


 鼻息が聞こえるほど近づいた、モリシシを前にしても動かない桜花に、紅葉が問いかける。

 モリシシと目を見つめ合う、桜花。


「こんにちは」


 ぺこりと、頭を下げてお辞儀をした。

 桜花の隣で、紅葉が尻尾を逆立て身を低くする。

 顔を上げた桜花を、見つめてくるモリシシ。


 少しの時間の後。モリシシが、顔を差し出してきた。

 そっと、モリシシの頬を撫でる桜花に、モリシシはわずかに目を細める。


 紅葉が、「大丈夫、なんだ…」と呟き、尻尾を下げた。


「ねえ。たぶんだけど、綺麗にしてほしいみたい。――まかせてね」


 桜花が撫でる手を止め、宙に魔法陣を描いた。

 慣れた手つきで魔法陣が組みあがり、桜色の光が、輝く。


『クリア』


 桜花の静かな一言。

 いくつもの泡が、モリシシの体躯を包む。


 泡が消えると、茶色くなっていた左頬が、灰色の体毛となっていた。

 灰色一色となったモリシシ。


「うん。いいね!――うにっ」


 にこやかに笑った桜花に、モリシシが顔を擦り付けてきた。

 両手で受け止める、桜花。


「あははっ。くすぐたいよー」

「…すごい」


 ぽかんとその様子を見ている紅葉。

 口を弧にしたネムが足を組み、しきりに頷いていた。



 桜花から顔を離したモリシシ。膝をつき、自身の背中に鼻先を向ける。


「いいの?」


 首を傾げる桜花。

 モリシシは、ぶふーと鼻息を鳴らして、もう一度背中に鼻先を向けた。

 隣に座っていた紅葉が、桜花に尋ねる。


「どうしたの?」

「うん。たぶんね、背中に乗ってもいいんだって。――くーちゃん、おいで」


 紅葉を呼んで肩に乗せた桜花は、大人しくしているモリシシの体躯をよじ登る。


「んしょっと。…ありがとう。あっちに、進んでもらえる?」


 背に乗った桜花が迷宮の奥を指差すと、鼻息を一つ吹いてからモリシシは歩き出した。

 段々と、足の動きは速くなり、そして駆ける。


 風が、桜花たちを撫でる。


「わー! はやい!」

「わわっ。揺れる、揺れるよ、おねえちゃん!」

「ぬはは。これは、愉快じゃの」


 はしゃぐ桜花たちと、その横で浮いているネム。

 時折、モリシシの鼻息が鳴る。


 大きな体躯はそのまま、通路の奥へと駆けていった。



「乗せてくれて、ありがとうー!」

「ぶふー!」


 星樹の地面に立つ桜花が手を振ると、鼻息で応えたモリシシ。

 小さな地響きと共に、通路の先へ去っていった。

 しばらく、手を振り続ける桜花。


「おねえちゃん、もう見えなくなっちゃったよ」

「…うん。――楽しかったね!」

「うん、すごかった!」


 満面の笑顔の桜花と、跳ねてはしゃぐ紅葉。

 楽しげな二人の様子を見守っていたネムが、割って入った。


「うむうむ。おかげで、かなり近くにも来れたぞ。――そろそろじゃ」


 道の先を見るネム。連られ、視線を移す二人。

 そこは、少し急になった登り坂。

 坂の奥は、(ひら)けていることくらいしか分からない。


「うん!…でも分からないけど、重たい空気、みたいなのがある、のかな」

「ふむ。どんな感覚じゃ?」


 身体を左右に揺らしながら、何かを感じ取ろうとする桜花。

 目を閉じ、「うーん」と呟く。


「…たぶん、すっごい誰かが、戦ってたような? いまは、静か」

「くれはには、わかんないや。うーん」


 隣に立つ紅葉が桜花を真似て、その後首を振った。

 にんまりと笑うネム。


「うむ。その感覚は、大切にすると良い。…それで、行くかの?」

「うん!」


 勢いよく頷いた桜花は、先頭に立ち通路を進む。

 少し急な坂になった道を、そろりそろりと歩いていった。



「ここは――」


 樹の坂を上った桜花たち。

 開けたその場所は、広い空間。少し、焦げたような跡がある。


「この部屋、空気が混ざってるね。…重いのと、温かいの」

「混ざってる、の?」


 きょろきょろと、周囲を探る桜花。

 ふと、桜花の視線が、部屋の中央で止まった。


「わ、これ…光って」


 部屋の中央にあったのは、緑色の刀身の剣。側には木製の(さや)が落ちている。

 地面にただ刺さった剣に、一歩ずつ歩み寄る。


 剣の前まで近づいた桜花は、半透明で薄い刀身をそっと見る。


「なんだろう。…羽根みたいな剣」


 柄を両手で握ると、一度、唾を飲みこんだ。


「うん。抜くね――わわっ」


 力を込めて抜こうとすると、剣はあっさり抜けて、風が吹いた。

 尻もちをついた桜花。桜色のツインテールが、揺れなびく。


 離さなかった両手で掴んだ剣を、目を開けて眺めていた。


「きれい。透明、だね」

「…うむ。この剣の(めい)は、風葉羽(カゼハバネ)。軽く、そして斬ることは得意じゃが。技量が大きく影響するぞ」


 傍で見ていたネムが、指を立てて静かに告げた。

 桜花はしげしげと、カゼハバネの刀身を見つめる。


「ありがとう。たぶん、とっても、いい剣!」

「そうか。…うむ。名剣じゃぞ」


 簡素な鞘を拾い、腰のベルトに差す。

 落ちないように固定した鞘に、カゼハバネをしまった。


「うん。ばっちり!」

「おねえちゃん、剣士さんみたい!」

「えへへー」


 紅葉の言葉を聞いた桜花は、くるくるとその場を周る。

 腰にあるカゼハバネが、一緒に回っていた。


「…さて、この部屋より少し上からは中層じゃ。迷いすぎんようにな」

「うん。くーちゃん、ネム、行こう!」


 桜花は脚を踏み出し、部屋の奥へ、振り返ることなく進んでいった。



△▼△▼△▼△▼△


 焦げた部屋を抜けた桜花たちの前にあるのは、樹の壁。

 すべらかな樹の肌は、どこかに繋がっている様子もない。 


「むう…。行き止まりだね」

「そうだね、中層…分かれ道が多いよぅ」

「うーん。さっきの道、左に行ってみようか」


 後ろを振り返り、ここまで来た道に向かって引き換えす桜花たち。

 それについてくるネムが、指を立てる。


「正確には、もう少し上の層からが中層じゃがの。――より、星樹の領域に近づくぞ」

「はえー。……あれ。風?」


 ふと、桜花が振り向いた。

 少し通路を引き返した地点にあった、幅の狭い道。

 そろりと、のぞき込む。


「ねえ、この道、行ってみよう。…ワクワクする!」

「うん。…ついてく!」


 一人分の幅しかない道へ、踏み出した桜花たち。

 何度か、登り、下り、しかし軽快に進んでいく。


「なんていうか、迷路みたいだね。くれはの体だと平気だけど、おねえちゃんは…」

「うーん。なんとか、通れてるよ。――んに。…明るい?」


 曲がりくねった樹の通路を、歩き続けたその前方。

 進む先からは、橙色の光が差していた。


「なんだろう。――わあ!」


 光の差す方へ、曲がった桜花。

 夕陽が、見えた。


 傾いた陽の光が、樹の壁を照らし、桜花たちを照らす。


「すごい、ここから外に出られるんだ!」

「ほんとう、おひさまが見えるよ!」


 樹の内部から、駆けだした桜花と紅葉。

 巨大な枝の上を、走っていく。


「くーちゃん…夕日が、綺麗だよ!」

「うん! きれい」


 枝の中ほどまで来た二人。

 横に並んで、茜色の空を眺める。


 深い緑色の森に、沈んでいく紅い夕陽。

 空魚の群れが、泳ぐ。


「登る前の、あのおっきな森よりも、高いところに来たんだね」


 眼下に広がる森は、地平線の先まで続いていた。

 ただ静かに、空を見ていた桜花たち。


「――あれ?…波?」


 どこか、不思議な感覚が、桜花の身体を通り過ぎた。

 ふいに、ソプラノの声が響く。



『旅人たちへ。――いえ…時の旅人たちへ。


この透明な世界は、今。この時点を持って、本物の世界となります。

あなたたちは、元いた世界には帰れませんが、このハザマの世界で飛び立てます。


どうか、無色のノートを、見つけ出してください。

そんなノートがあれば、どのような希望も叶うでしょうね。

ですが…


今更、帰りたい人なんて…いませんよね?』



 ソプラノの声は、そこで途切れた。


 世界が静まりかえる。風が、凪ぐ。

 そしてーー



「あっ…」


 世界が呼吸を始めた。


 木の香りが、鼻に飛び込む。

 風が、吹く。


 枝がざわめき、鳥の鳴き声が、聞こえる。

 葉の匂いが、した。


 雲を茜に染めた、夕暮れの空が、冷たい空気を運んでくる。

 足元の枝の感触が、靴裏を通して桜花に伝わってきた。


 呼吸を忘れていたことに、気がついた。


「…そっか。ここ、生きてたんだ」


 ポツリと、吐息と共に、桜花の言葉が漏れ出した。


 桜花は一度、目を閉じる。

 喉が、渇く。


「戻れなく、なったのかな……」

「――どうしよう、おねえちゃん」


 紅葉が心配そうな瞳で、桜花を見つめた。

 ぎゅっと、桜花は服の上から、胸元のペンダントを握り締める。


 紅葉に向き直り、笑いかけた。


「大丈夫だよ。…うん。ここまで来れたんだ。だから、大丈夫だよ、くーちゃん」

「おねえちゃん…」


 互いを見つめる、桜花と紅葉の視線。

 その時、同時に二人のお腹が鳴った。


「ありゃ。…そういえば、今までお腹も空かなかったんだね」

「うん。お腹が、空くようになったんだね…」

「それなら、まずはご飯だね! しっかり食べなきゃ」


 桜花の掛け声を皮切りに、星樹の枝の上を、幹まで歩いて戻る桜花と紅葉。


「…ねえ、おねえちゃん。ネムさんはどこだろう」

「ネム…。あれ、いないね。どこに行ったのかな」



 そして、月夜。

 翡翠色の半月が、空から桜花たちに明かりを与える。

 幹を背に、枝の上に座っている桜花と紅葉。


「見て、くーちゃん。月が緑色だ。それに、星が、すっごくたくさんで…すてき」

「…すごく、きれいだね。おねえちゃん」


 黒い夜空に散りばむ、視界いっぱいの無数の光点。

 静寂の空に、吐息が吸い込まれる。


 星が、桜花たちを見守っていた。


「こっちの星座も、向こうと同じなのかな」

「くれはは、星座が分からないから…どうなんだろうね」

「うーん。私も、分かんないや」

「もうっ! なにそれぇ」


 小さく笑い合う二人。

 下から見上げた森林を、今は見下ろしている。

 本物になった世界は、飲み込まれそうなほどに、生きていた。



 やがて、桜花も紅葉もいつの間にか、眠りについていた。

 幹を背に、紅葉を抱きしめたまま眠る桜花。


 桜花の目から、一筋の涙が流れていた。


「ゆき、ねえ…」


 小さな呟きは、星空に溶けていった。

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