表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うたう竜と桜の世界【StarNotes】  作者: 逢生 藍
一章.竜とゆりかご
8/8

八話.世界の朝

 ぼんやりと明るくなった光が(まぶた)を通過して、紅葉はゆっくりと目を開けた。

 「ズーイッチョ」と、鳥の鳴き声が聞こえる。


「んん…おねえちゃん?」


 大きな枝の上で目を覚ました紅葉。少し、肌寒い。

 上着が、紅葉にかけられている。


「ーーおねえちゃん!」


 四足で勢いよく立ち上がった紅葉は、きょろきょろと辺りを探す。

 桜花の姿が、ない。


 そのまま、走り出して桜花を探す。

 星樹の枝の上を、走る紅葉。


 浅い息遣いで少し走ると、大きな枝の先に桜花が立っていた。

 朝焼けを見守る横顔は、静かだ。


 髪が、揺れている。


「おねえちゃーん!」


 声に反応して、ゆっくりと振り向いた。

 紅葉の姿に気づいて、微笑む桜花。


「…起きたんだね、くーちゃん、おはよう」

「お、おはよ。…起きたら、おねえちゃんがいなくて」


「…ごめんね、不安にさせちゃったよね」


 足元まで駆け寄った紅葉を、制服の肩に乗せて一撫(ひとな)でする。

 くすぐったそうに、紅葉は身をよじった。


 何度か紅葉の頭を撫でながら、桜花が微笑む。


「くーちゃん。私ね、今日はゆき姉のところに戻れなかった」

「……その、おねえちゃんは…えっと」


 戸惑いがちに、口を何度か動かし言葉を探す紅葉。

 しかし、桜花は微笑んだまま。


「でもね、ゆきねえを寂しがらせちゃうけど、今は…いいんだ」


 紅葉がきょとんと、桜花を見た。


 一度、息をつく桜花。

 吐息の微かな音が、空に吸い込まれていった。


「それに、見て」


 桜花が、空を見る。

 紫の混ざる緋色の空。日が、登り始めていた。

 森が、小さくざわめいている。


「空も、森も、ずっと向こうまで広くて、すっごく綺麗。ーー私、この世界が好きだな」


 桜花を、紅葉を、黄金色の朝日が照らす。

 紅葉を、樹の枝にそっと降ろした。


 桜花は、大きく息を吸った。

 いっぱいまで息を吸って、ぎゅっと身体に力を溜める。

 そして大きく、口を開いた。


「わーーーーーー!!!」


 桜花が、大きな声で叫んだ。

 桜花の声が空に通り、数匹の空魚が跳ねた。


「だからね、戻れなくなっちゃったけど、だけどね」


 もう一度、小さく息を溜めて。

 そして桜花は、弾けるように笑った。


「冒険しよう。ーー私はこの星樹も、まだここまでしか登ってない。世界をもっと、見たいんだ。…くーちゃん。一緒に、ワクワクしよう!」


 空は晴れ渡って、澄んでいた。


「…うん。ーーうん! ついてく!」

「わっ」


 紅葉が、勢いよく桜花に飛びつく。

 桜花は胸元の紅葉を、優しく抱き留めた。


 胸元でじんわりと伝わる、紅葉の体温。

 ぎゅっと、抱きしめた。


 登る朝日を、二人は静かに眺める。

 陽光に照らされた森から出てきた空魚が、泳ぎ始めていた。



 ただ空を見ていた二人。

 そこに、ネムの声が割り入ってきた。


「良く言ったな。オーカ、クレハ。ーーそして、ようこそ。…ここは、世界の循環を司る一柱、星樹。その名は、星樹アルヴじゃ」


 風が、吹く。

 甘い木の香りが、飛び込んできた。


「…んに。ネム、いたんだ。…アルヴ?」

「あの、ネムさん…昨日の声って――」


 星樹の枝葉が、桜花のツインテールが、風に揺れている。

 だが、半透明のネムの身体は風に揺れないまま。


「そうじゃの。話したいことは色々とあるが、ボクの存在が、今のままだと維持できないようじゃ。……しばし、眠ることになる。その前に」


 指をその場で小さく回すと、ネムの左右の空間に小さな渦ができた。


「――旅人たる君たちに、これを授けよう。どちらも、きっと必要になるじゃろう」


 渦に光が集まり、現れたのは一冊の本と、紅い宝石。


「まずはオーカ」


 桜花の前に、茶色の本が浮かぶ。

 装丁(そうてい)には、十字に並んだ四つのひし型の水晶が、円を描くように埋め込まれていた。


「ダイヤのかたちが四つ? 風車みたい」

「あ、でも…下のダイヤだけ少し大きいよ」


 目の前の本を、ちょんとつつき観察する桜花。肩には紅葉が乗っている。

 地面に引かれるように落ち始めた本を、桜花はそっと両手で掴んだ。


「うむ。その意匠は、ひし星と言う。――そして、その本は魔性図鑑じゃ。既に名のある魔性が記されておるぞ」

「ほえー。面白いね! ありがとう」


 魔性図鑑を、空にかざして見る桜花。その目は輝いている。


 続いて、紅い宝石が紅葉の前に移動してきた。


「赤い…宝石ですか? 中に炎?」

「わ、綺麗だね!」


 のぞき込むように、観察する紅葉。

 隣からは、桜花の明るい声。


「それは、紅炎のルビーじゃ。――クレハの火の力を、高めてくれる。火を溜めることも出来るぞ」


 ルビーの両端に、輪のように光が集まり、鎖を作る。

 形作られた鎖は紅葉の首にかかり、ネックレスのようになった。


「あったかい…」

「えへへー。お揃いだね」


 桜花が胸元のペンダントを掲げて、紅葉に笑いかけた。

 大きく頷く紅葉。


「うん! お揃い!」


 二人の様子を見て微笑んでいたネムが、指を立てた。


「…さて、この先。真に危険なのは、魔性図鑑に分類されていない魔性じゃ。…未分類、それは未知ということじゃからな」


「うん。気をつけるよ。ありがとう、ネム」

「はい、ネムさん。ありがとうございます!」


 薄くなり始めたネムの身体。

 ネムが、大きく口角を上げ、笑う。


「世界はずっと、君たちの隣にあった。これまでも、これからもじゃ」


 最後に、両手を組んで、瞳を閉じた。


「――君たちの旅路に、|虹銀《にじぎん》の祝福を祈っておるぞ」


 その言葉と共に、甘い木の香りを残して、見えなくなったネム。

 桜花たちの前にあるのは、星樹の幹と、枝葉となった。


 やがて残り香も、徐々に消える。


 桜花はしゃがみ込み、そっと、魔性図鑑をポーチにしまった。

 しまい終えると、俯いていた顔を上げすっくと立ちあがる。


「…くーちゃん、喉が渇いたね」

「え、うん。そうだね」


 不意の問いに反応した紅葉の返事を聞いて、桜花が空中に、桜色の魔法陣を描いた。

 二つの魔法陣を構築する。


『飲み水』


 桜花の宣言の後、光が収まると、宙には二つの水の球。

 桜花と紅葉の口元に、水の球が寄る。


 喉を鳴らして、水を飲み干した桜花たち。


「ネムはきっと、ずっと居れないことを分かってて。…だから私たちに、いくつも生活魔法を教えてくれたんじゃないかなって」

「おねえちゃん…うん。…そうだと思う」


 星樹の枝の上で、静かに佇む二人。

 肩に乗る紅葉を、桜花が優しく撫でている。

 陽は、登り切っていた。


「朝ごはんにしようか。お腹空いちゃった」

「くれはも、はらぺこだよぅ」


 笑い合う二人。

 星樹の樹の中に、戻っていった。



△▼△▼△▼△▼△


 桜花が手に握るのは、枝に刺したトウセキドリの肉。

 滴る(あぶら)が、キラキラと光っている。


 大きく口を開けて、頬張る桜花と紅葉。

 舌の上で、肉汁が溶ける。


「むむ。おいしい。ぷりっとしててジュワーとしてる!」

「うん! お肉が甘い」

「食べ物の味も、本物になったんだ」


 うんうんと頷きながら、モルモの実を手に取る。

 紫色の果実を二つ。桜花と紅葉の分だ。


 かぶりつくと、強い甘みと少しの酸っぱさが広がる。


「おいしいね。やっぱり、イチゴみたい」

「うん!…おねえちゃん?」


 感じ入るように、もう一度「おいしい」と呟く桜花。


 二口目をかじると、パタパタと、制服に雫が滴る。

 白い制服に、灰色が(にじ)んだ。


 滲んだ制服を見つめたまま、桜花が動かない。

 紅葉が、再び桜花に声をかけた。


「…おねえちゃん?」

「――ゎ。…ごめんね、くーちゃん。汁が落ちちゃったから、お手洗いに行ってくる!」


 紅葉の返事を待たずに立ち上がり、急ぎ部屋から出た桜花。

 振り返ることなく、そのまま去っていった。



 その場で静かに待っていた紅葉の元に、桜花がそろそろと帰ってきた。


「えっと、くーちゃんお待たせっ」

「おかえり。…おねえちゃん、大丈夫?」

「……うん。大丈夫」


 紅葉の側まで歩いてきた桜花は、そのままモルモの果実を食べる。


「んに。おいしい」


 何度か「おいしい」と口にして、それから紅葉と瞳を見つめ合わせた。


「ねえ、くーちゃん。さっきの景色は綺麗で、いまはおいしいね」

「…うん。とっても」


 小さく、しっかりと頷いた紅葉が、次の言葉を待つ。


 桜花は、花が咲いたように笑った。


「私たちの冒険はね、まだ知らない世界を旅して――おいしいも、綺麗も、不思議も。たっくさん探そう。いっぱい見つけようよ。…どうかな?」

「……それ、いい。それがいい!」


 尻尾を揺らす紅葉を抱き止めて、桜花と紅葉は、額をこすり合わせる。

 星樹の一部屋で、二人分の笑い声が響いていた。



 胸元のペンダントを握りしめ、それから地面を二度、スニーカーのつま先で叩く。

 トントンと、木の音色が響いた。


「よし、行こう。ーー知らない世界に!」



△▼△▼△▼△▼△


 うねうねと曲がる星樹の通路を、歩く桜花たち。

 樹の壁は変わらず、ぼんやりと光っている。


「おねえちゃん、そろそろ…」

「うん。中層、かな? 空気が、変わってきたね」


 ゆるやかな道を、登り続ける二つの影。

 傍ではころころと、緑色のウサワタが転がっていた。


「…んに。部屋があるよ」


 桜花が差す先には、一際明るい光が漏れ出していた。

 少し早足で、部屋へ向かう二人。


 通路を、抜けた。


「わあ! すっごい!」

「はたけ…?」


 部屋には、一面の穀倉地が広がっていた。

 遠くに見える向こう側まで続く、豊かに実った黄金色(こがねいろ)の穂。


 揺れる穂からは、何匹もの、同じ色のウサワタが跳ねていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ