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うたう竜と桜の世界【StarNotes】  作者: 逢生 藍
一章.竜とゆりかご
6/8

六話.星樹の歩み

 光る樹壁に囲まれた通路を、気負いない足取りで歩く三つの影。

 桜花と紅葉と、その後ろで浮くネムだ。


 破れた跡の見当たらない、白い制服を着た桜花がネムに聞く。


「んに。さっき倒したトウセキドリって、おいしいの?」

「ふむ。なかなか美味いぞ。……しかし、オーカたちもここ数日で、この辺りの魔性には難なく対処できるようになったの」


 それを聞き、笑顔になる桜花。紅葉も、嬉しそうに尻尾が揺れる。


「えへへー。いろいろ教えてくれてありがとう!…トウセキドリ、あとで食べようね。くーちゃん!」

「うん! 上手に焼くよ。まかせて!」

「ありがとう。楽しみだね!」


 明るい通路のなか、三人は進む。

 道の端では、緑色のウサワタがころころと転がっていた。



 樹の中の一部屋で、紅葉が地面に向かって、前足を動かす。

 小さく息を吸い、そして唱える紅葉。


『クリーン』


 てしてしと地面を叩くと、足元に描かれた魔法陣から、紅い魔法光が放たれた。

 光の球が周囲に広がり、場が綺麗になる。


「くーちゃん、魔法陣を描けるようになったね!」

「うん。お姉ちゃんが、一緒に練習してくれたからだよ」

「もう! くーちゃんかわいいなあ!」


 抱きしめて、何度も頭を撫でる桜花。紅葉は目を閉じて身を任せる。


 それから紅葉は、用意されていた串に刺さる鳥肉の中心に向かって、『ふぁいや』を唱えた。


 焼けるトウセキドリの肉を、囲む三人。少しずつ焼き色がついていく。

 紅葉が、そっとネムを見て、疑問を口にした。


「…でも、不思議ですよね。倒した魔性はそのままでも腐ったりしないなんて」

「うむ。マナがあるからな。――正確には、生きた誰かが所有しない限り、マナとなりやがて世界に還るということじゃ」

「はえー。マナって不思議だね。……ネムにはマナがないの?」


 きょとんとした顔で、ネムを見る桜花。

 ネムは、軽く頷くと、微笑みながら言う。


「うむ。……今のボクにはマナがないぞ。霊体じゃからな」

「そうなんだ。ネムも、大変なんだね」


 桜花はふむふむと頷き、脚を伸ばした。


 少しの静寂のあと。

 焼ける肉から視線を動かさないまま、紅葉がネムに問いかける。


「あの…ネムさん」

「ん? なんじゃ、クレハ」


 小首を傾げながら、ネムが紅葉に顔を向けた。

 紅葉は一度、小さく息を吸い、言葉とともに出した。


「――ネムさんって幽霊、なんですよね。さびしく、ないんですか…?」


 不意を突かれた表情になるネム。

 一瞬、視線が宙を彷徨う。そんなネムを、紅葉はじっと見つめる。


 それからネムは腕を組み、考えながらも言葉にしていく。


「そうじゃの…。ボクは幽霊としての年期は浅いからな。……じゃが、寂しくないと言えば、嘘になる…か」


 一度、言葉を切るネム。炎が、小さくはぜる。

 黙ったまま、続く言葉を待つ紅葉。

 ネムが、小さく息を吐く。


「うむ、そうじゃな。…とは言え。ボクには、ボクの意志を継ぐ者がおるからな」

「…そうなん、ですね。――それはとても、いいですね」


 ネムから視線を外し、紅葉は炎に向かって小さく呟いた。

 焼ける肉から垂れる肉汁を、ぼんやりと眺める紅葉。

 炎が、揺れている。


 ネムが、ふっと笑う。


「何を言っておる。クレハも、オーカも、ボクと接した記憶を持つのじゃから、同じことじゃぞ」


 紅葉が、目を見開きもう一度ネムを見た。


「――それ、とってもいいね!」


 紅葉とネムの話を、静かに聞いていた桜花が、明るい声を上げた。

 二人に向かって、「えへへ」と笑いかける。


「私もくーちゃんも、ネムのこと覚えてるよ! ね、くーちゃん!」

「おねえちゃん……うん。――うん、とても、いい!」


 炎を囲み、笑い合う桜花と紅葉。微笑むネム。

 肉はいつの間にか、こんがりと焼けていた。


 樹の地面に、滴り落ちる肉汁。


「わあ。お肉、焼けたね! くーちゃん、食べよう!」

「うん!」


 トウセキドリ肉が刺さった串を二本、手に取る桜花。

 紅葉と分け合って、肉を食べ始めた。



「ごちそうさまでした!――おいしかったね、くーちゃん」

「うん。ジューシーだった」


 揃って完食した桜花と紅葉は、両手を胸の前で合わせる。

 口の端や手に付いた油を、『クリア』の魔法で綺麗にした。


「それじゃ、行こっか!」


 元気よく立ち上がった桜花の掛け声。

 近くに立てかけておいた小剣を、手に取り腰に差す。


 三人は、明るい迷宮の通路を進み続けた。



△▼△▼△▼△▼△


 通路の中を泳ぐ空魚を、視界の隅に収めながら歩く桜花たち。


 桜花がふと、立ち止まる。つられて足を止める、紅葉とネム。


「ん? なにか、音がする。…ごろごろ?」

「うん。地面を、ころがってるような…」


 桜花たちの前には、なだらかに登っている樹の道。緩やかな曲がり道だ。

 その先から、丸まったまま転がる虫が現れた。


「――おっきなダンゴムシ!」

「こっちにくるよ、おねえちゃん。……くれはたち、つぶされちゃう!」


 桜花よりも大きなその虫は、桜花たちのほうへ向かって、坂を転がってくる。

 ネムが、「…おお」と間の抜けたような言葉を発した。


「…あれは、ヨロイマルムシ。やつは――」

「逃げるよ! くーちゃん、ネム!」

「う、うん!」


 しかし、桜花の声に(さえぎ)られる。

 桜花たちは即座に(きびす)を返し、来た道に向かって走り出した。


「来てる来てる来てるー!」

「そうじゃ、ヨロイマルムシは、狙った獲物に向かって方向も変えられるぞ」

「こわすぎ、ます…!」


 両手両足を大きく動かして、逃げる桜花と紅葉。

 振り返ると、先ほどよりも近づいてきているヨロイマルムシ。

 桜花たちにぶつかるまで、あと少しだ。


「んに! くーちゃんはそのまま、前に走って!」

「おねえちゃん!?」


 駆けていた足で、強く地面を踏み、桜花はヨロイマルムシに振り返った。

 桜色のツインテールが、舞う。


 腰から抜いた小剣の切っ先を、前に向ける。


「…えやっ!――っ!」


 その体躯に斜めに沿うように、突き出された小剣。響く甲高い音。

 桜花は吹き飛ばされ、地面を転がり、折れた小剣の刀身が地面に刺さる。


 ヨロイマルムシは、剣によって進路をズラされて、壁にぶつかった。

 地面にうつ伏せに倒れた桜花が、手足を動かし、膝を立てる。


「ふ…ぅ…」

『キュア』


 紅葉の声が、響いた。


 起き上がろうとした桜花の身体を、光が包む。

 紅葉が、地面に描いた魔法陣から、癒しの魔法を発動させていた。

 桜花の切り傷や()り傷が、治されていく。


「…くーちゃん、ありがとう! 今のうちに、坂を上ろう!」

「うん…!」


 モゾモゾと体躯を開こうとするヨロイマルムシを後目に、桜花たちは再び、通路の奥へ駆け出した。



「ふぅ…。はぁー…」


 荒い呼吸を整える、桜花たち。

 壁に手を当てて、何度か大きく呼吸をする。


「なん…とか、逃げれたね!」

「うん、つぶされなくて、よかったぁ」


 そのまま、樹の通路を背にして座り込む桜花。

 紅葉が隣に来て、桜花に身体を預けた。

 微笑んだ桜花が柔らかな手つきで、紅葉の頭を撫でる。


 ふと、桜花が片手に握る折れた小剣に、紅葉が気づいた。


「おねえちゃんの剣、折れちゃったね…」

「…うん。でも、まあ、そんなこともあるよね。私たちが無事だったんだから、それが一番だよ」


 気負いないまま、紅葉に向かって笑顔を見せる桜花。

 (そば)で浮いていたネムが、腕を組み頷いていた。


「うむうむ。物はいつか壊れるからの。――むしろ刃のこぼれたあの小剣で、良くぞここまで保ったものじゃ」


 ネムの目線は、折れた剣に向いている。半ばほどから、割れている。

 桜花は小剣の残った刀身を、何度か指でなぞる。

 何度かなぞって、ぽつりとこぼした。


「うーん。…どうしようかな」

「ふむ、そうじゃな。……そうじゃ」


 少し考え込み、ぽんと手を打つ動作をしたネム。

 桜花たちの目が向く。


「剣なら、あるかもしれん。もうすぐ着く中層の、その手前の部屋に。…まだ、刺さっておるままじゃろうからな」

「――そうなの?…使っていいの?」

「うむ。勿論じゃ。このまま進むと、明日くらいには行けるじゃろう」


 桜花と紅葉が顔を見合わせる。桜花が、にかっと笑顔を向けた。


「よーし! それじゃあ早速、取りに行こー!」

「おー!」


 勢いよく、右手を上に突き上げる桜花。

 紅葉の掛け声が、それに続く。


「まあ、たどり着くのは明日くらいじゃろうがな。それまでは、魔性に出会ったら魔法で対抗するしかないの」

「…ありゃ。うん。そうする!」


 元気よく返事をする桜花。

 さっそく、迷宮の中を進み始める。


 三人が去った後には、樹の壁に立てかけられた折れた小剣。

 (つた)を使って、『ありがとう』と文字が書かれていた。



△▼△▼△▼△▼△


「うむ。そこは、そうじゃ。…その描き方だと、暴走するぞ。もっとしなやかに」

「むむ。むずかしいね」


 薄暗くなった星樹の壁と、咲いた青火草(あおひそう)のなか。

 桜花たちは、魔法の練習をしていた。


「うむ。だいたいそんなところじゃ。――クレハも、あともう少しといったところかの」

「はい! ありがとうございます!」


 桜花の隣で、地面に魔法陣を描いていた紅葉。顔を上げて、尻尾を揺らす。

 描かれていた、桜花と紅葉二人分の魔法陣が霧散した。


「さて、明日には新たな剣のある部屋と、そして中層にも辿り着けるじゃろう」


 ネムが目を閉じ指を立てる。

 座った桜花の膝の上には、紅葉。揃って、じっと話を聞く。


「中層からは迷うこともあるし、魔性の強度も上がってくる。――それでも、と。…これは、野暮な質問じゃったの」


 瞳をきらきらと輝かせる桜花。

 にまっと笑い、元気よく一言。


「明日も楽しみだね!」

「うん。おねえちゃんと冒険だ!」


 桜花の笑顔に向かって、紅葉も明るく返す。

 二人はそのあと、共に魔法の練習をして、そのまま眠りについた。


 迷宮の部屋の隅で、小さな呼吸が、静かに沈む。



 ――そして、朝。


「おはよう、オーカ、クレハ。――昨日も、戻っていたのか?」

「…うに。おはよう。……ゆき姉のいる世界に、帰ってたよ」


 閉じかけた目で、ぼんやりと返答する桜花。

 ごしごしと目をこすり、何度かあくびを繰り返した。


 しばらく経って目が覚めると、抱きしめていた紅葉を降ろし、立ち上がる。

 つま先で地面を二度叩き、胸元のペンダントを握りしめた。


 一度、息を吸い。そして、はじけたように笑う。


「よーし! 行くよ!」

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