六話.星樹の歩み
光る樹壁に囲まれた通路を、気負いない足取りで歩く三つの影。
桜花と紅葉と、その後ろで浮くネムだ。
破れた跡の見当たらない、白い制服を着た桜花がネムに聞く。
「んに。さっき倒したトウセキドリって、おいしいの?」
「ふむ。なかなか美味いぞ。……しかし、オーカたちもここ数日で、この辺りの魔性には難なく対処できるようになったの」
それを聞き、笑顔になる桜花。紅葉も、嬉しそうに尻尾が揺れる。
「えへへー。いろいろ教えてくれてありがとう!…トウセキドリ、あとで食べようね。くーちゃん!」
「うん! 上手に焼くよ。まかせて!」
「ありがとう。楽しみだね!」
明るい通路のなか、三人は進む。
道の端では、緑色のウサワタがころころと転がっていた。
樹の中の一部屋で、紅葉が地面に向かって、前足を動かす。
小さく息を吸い、そして唱える紅葉。
『クリーン』
てしてしと地面を叩くと、足元に描かれた魔法陣から、紅い魔法光が放たれた。
光の球が周囲に広がり、場が綺麗になる。
「くーちゃん、魔法陣を描けるようになったね!」
「うん。お姉ちゃんが、一緒に練習してくれたからだよ」
「もう! くーちゃんかわいいなあ!」
抱きしめて、何度も頭を撫でる桜花。紅葉は目を閉じて身を任せる。
それから紅葉は、用意されていた串に刺さる鳥肉の中心に向かって、『ふぁいや』を唱えた。
焼けるトウセキドリの肉を、囲む三人。少しずつ焼き色がついていく。
紅葉が、そっとネムを見て、疑問を口にした。
「…でも、不思議ですよね。倒した魔性はそのままでも腐ったりしないなんて」
「うむ。マナがあるからな。――正確には、生きた誰かが所有しない限り、マナとなりやがて世界に還るということじゃ」
「はえー。マナって不思議だね。……ネムにはマナがないの?」
きょとんとした顔で、ネムを見る桜花。
ネムは、軽く頷くと、微笑みながら言う。
「うむ。……今のボクにはマナがないぞ。霊体じゃからな」
「そうなんだ。ネムも、大変なんだね」
桜花はふむふむと頷き、脚を伸ばした。
少しの静寂のあと。
焼ける肉から視線を動かさないまま、紅葉がネムに問いかける。
「あの…ネムさん」
「ん? なんじゃ、クレハ」
小首を傾げながら、ネムが紅葉に顔を向けた。
紅葉は一度、小さく息を吸い、言葉とともに出した。
「――ネムさんって幽霊、なんですよね。さびしく、ないんですか…?」
不意を突かれた表情になるネム。
一瞬、視線が宙を彷徨う。そんなネムを、紅葉はじっと見つめる。
それからネムは腕を組み、考えながらも言葉にしていく。
「そうじゃの…。ボクは幽霊としての年期は浅いからな。……じゃが、寂しくないと言えば、嘘になる…か」
一度、言葉を切るネム。炎が、小さくはぜる。
黙ったまま、続く言葉を待つ紅葉。
ネムが、小さく息を吐く。
「うむ、そうじゃな。…とは言え。ボクには、ボクの意志を継ぐ者がおるからな」
「…そうなん、ですね。――それはとても、いいですね」
ネムから視線を外し、紅葉は炎に向かって小さく呟いた。
焼ける肉から垂れる肉汁を、ぼんやりと眺める紅葉。
炎が、揺れている。
ネムが、ふっと笑う。
「何を言っておる。クレハも、オーカも、ボクと接した記憶を持つのじゃから、同じことじゃぞ」
紅葉が、目を見開きもう一度ネムを見た。
「――それ、とってもいいね!」
紅葉とネムの話を、静かに聞いていた桜花が、明るい声を上げた。
二人に向かって、「えへへ」と笑いかける。
「私もくーちゃんも、ネムのこと覚えてるよ! ね、くーちゃん!」
「おねえちゃん……うん。――うん、とても、いい!」
炎を囲み、笑い合う桜花と紅葉。微笑むネム。
肉はいつの間にか、こんがりと焼けていた。
樹の地面に、滴り落ちる肉汁。
「わあ。お肉、焼けたね! くーちゃん、食べよう!」
「うん!」
トウセキドリ肉が刺さった串を二本、手に取る桜花。
紅葉と分け合って、肉を食べ始めた。
「ごちそうさまでした!――おいしかったね、くーちゃん」
「うん。ジューシーだった」
揃って完食した桜花と紅葉は、両手を胸の前で合わせる。
口の端や手に付いた油を、『クリア』の魔法で綺麗にした。
「それじゃ、行こっか!」
元気よく立ち上がった桜花の掛け声。
近くに立てかけておいた小剣を、手に取り腰に差す。
三人は、明るい迷宮の通路を進み続けた。
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通路の中を泳ぐ空魚を、視界の隅に収めながら歩く桜花たち。
桜花がふと、立ち止まる。つられて足を止める、紅葉とネム。
「ん? なにか、音がする。…ごろごろ?」
「うん。地面を、ころがってるような…」
桜花たちの前には、なだらかに登っている樹の道。緩やかな曲がり道だ。
その先から、丸まったまま転がる虫が現れた。
「――おっきなダンゴムシ!」
「こっちにくるよ、おねえちゃん。……くれはたち、つぶされちゃう!」
桜花よりも大きなその虫は、桜花たちのほうへ向かって、坂を転がってくる。
ネムが、「…おお」と間の抜けたような言葉を発した。
「…あれは、ヨロイマルムシ。やつは――」
「逃げるよ! くーちゃん、ネム!」
「う、うん!」
しかし、桜花の声に遮られる。
桜花たちは即座に踵を返し、来た道に向かって走り出した。
「来てる来てる来てるー!」
「そうじゃ、ヨロイマルムシは、狙った獲物に向かって方向も変えられるぞ」
「こわすぎ、ます…!」
両手両足を大きく動かして、逃げる桜花と紅葉。
振り返ると、先ほどよりも近づいてきているヨロイマルムシ。
桜花たちにぶつかるまで、あと少しだ。
「んに! くーちゃんはそのまま、前に走って!」
「おねえちゃん!?」
駆けていた足で、強く地面を踏み、桜花はヨロイマルムシに振り返った。
桜色のツインテールが、舞う。
腰から抜いた小剣の切っ先を、前に向ける。
「…えやっ!――っ!」
その体躯に斜めに沿うように、突き出された小剣。響く甲高い音。
桜花は吹き飛ばされ、地面を転がり、折れた小剣の刀身が地面に刺さる。
ヨロイマルムシは、剣によって進路をズラされて、壁にぶつかった。
地面にうつ伏せに倒れた桜花が、手足を動かし、膝を立てる。
「ふ…ぅ…」
『キュア』
紅葉の声が、響いた。
起き上がろうとした桜花の身体を、光が包む。
紅葉が、地面に描いた魔法陣から、癒しの魔法を発動させていた。
桜花の切り傷や擦り傷が、治されていく。
「…くーちゃん、ありがとう! 今のうちに、坂を上ろう!」
「うん…!」
モゾモゾと体躯を開こうとするヨロイマルムシを後目に、桜花たちは再び、通路の奥へ駆け出した。
「ふぅ…。はぁー…」
荒い呼吸を整える、桜花たち。
壁に手を当てて、何度か大きく呼吸をする。
「なん…とか、逃げれたね!」
「うん、つぶされなくて、よかったぁ」
そのまま、樹の通路を背にして座り込む桜花。
紅葉が隣に来て、桜花に身体を預けた。
微笑んだ桜花が柔らかな手つきで、紅葉の頭を撫でる。
ふと、桜花が片手に握る折れた小剣に、紅葉が気づいた。
「おねえちゃんの剣、折れちゃったね…」
「…うん。でも、まあ、そんなこともあるよね。私たちが無事だったんだから、それが一番だよ」
気負いないまま、紅葉に向かって笑顔を見せる桜花。
傍で浮いていたネムが、腕を組み頷いていた。
「うむうむ。物はいつか壊れるからの。――むしろ刃のこぼれたあの小剣で、良くぞここまで保ったものじゃ」
ネムの目線は、折れた剣に向いている。半ばほどから、割れている。
桜花は小剣の残った刀身を、何度か指でなぞる。
何度かなぞって、ぽつりとこぼした。
「うーん。…どうしようかな」
「ふむ、そうじゃな。……そうじゃ」
少し考え込み、ぽんと手を打つ動作をしたネム。
桜花たちの目が向く。
「剣なら、あるかもしれん。もうすぐ着く中層の、その手前の部屋に。…まだ、刺さっておるままじゃろうからな」
「――そうなの?…使っていいの?」
「うむ。勿論じゃ。このまま進むと、明日くらいには行けるじゃろう」
桜花と紅葉が顔を見合わせる。桜花が、にかっと笑顔を向けた。
「よーし! それじゃあ早速、取りに行こー!」
「おー!」
勢いよく、右手を上に突き上げる桜花。
紅葉の掛け声が、それに続く。
「まあ、たどり着くのは明日くらいじゃろうがな。それまでは、魔性に出会ったら魔法で対抗するしかないの」
「…ありゃ。うん。そうする!」
元気よく返事をする桜花。
さっそく、迷宮の中を進み始める。
三人が去った後には、樹の壁に立てかけられた折れた小剣。
蔦を使って、『ありがとう』と文字が書かれていた。
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「うむ。そこは、そうじゃ。…その描き方だと、暴走するぞ。もっとしなやかに」
「むむ。むずかしいね」
薄暗くなった星樹の壁と、咲いた青火草のなか。
桜花たちは、魔法の練習をしていた。
「うむ。だいたいそんなところじゃ。――クレハも、あともう少しといったところかの」
「はい! ありがとうございます!」
桜花の隣で、地面に魔法陣を描いていた紅葉。顔を上げて、尻尾を揺らす。
描かれていた、桜花と紅葉二人分の魔法陣が霧散した。
「さて、明日には新たな剣のある部屋と、そして中層にも辿り着けるじゃろう」
ネムが目を閉じ指を立てる。
座った桜花の膝の上には、紅葉。揃って、じっと話を聞く。
「中層からは迷うこともあるし、魔性の強度も上がってくる。――それでも、と。…これは、野暮な質問じゃったの」
瞳をきらきらと輝かせる桜花。
にまっと笑い、元気よく一言。
「明日も楽しみだね!」
「うん。おねえちゃんと冒険だ!」
桜花の笑顔に向かって、紅葉も明るく返す。
二人はそのあと、共に魔法の練習をして、そのまま眠りについた。
迷宮の部屋の隅で、小さな呼吸が、静かに沈む。
――そして、朝。
「おはよう、オーカ、クレハ。――昨日も、戻っていたのか?」
「…うに。おはよう。……ゆき姉のいる世界に、帰ってたよ」
閉じかけた目で、ぼんやりと返答する桜花。
ごしごしと目をこすり、何度かあくびを繰り返した。
しばらく経って目が覚めると、抱きしめていた紅葉を降ろし、立ち上がる。
つま先で地面を二度叩き、胸元のペンダントを握りしめた。
一度、息を吸い。そして、はじけたように笑う。
「よーし! 行くよ!」




