五話.星樹の一拍
「…んに。……おはよう。――今日も、来れた」
「おはよう、おねえちゃん!」
桜花が目を覚ますと、そこは星樹の樹の空間。淡い壁の光が、桜花を照らす。
隣で寝ていた紅葉は、先に起きていたようだ。
「おはようじゃ。起きたかの、オーカ。……しかしオーカたちは、寝てる間はどこに行ってるのじゃ」
ネムがぽつりとこぼした呟きに、目をこすりながら桜花が答えた。
「んー…。ゆき姉のところ。私のお家…。くーちゃん、おいで」
「うん!」
「そうか、ふむ…そうか」
ネムは顎に指を当て、しきりに首を傾ける。
「…では、オーカたちは眠るたびに、ここから消えるのか?」
「ぎゅー。…うん? 起きたら、ゆき姉のところで…また寝るとこっちに来る、のかな…」
紅葉を抱きしめる桜花。瞼がなかなか開かない。
「…夢、なのかな」
こっくりこっくりと、頭を揺らしていた。
スニーカーのつま先で二度、地面を叩き胸元を握る。
「おまたせ! 朝、弱くて…ごめんね!」
立ち上がった桜花は、いつもの声色で紅葉とネムを見た。
「睡眠は十分に取れたようじゃの」
「うん! それじゃ、今日も行こう!」
星樹の突き当りの空間から抜け出し、再び通路を歩きだす。
通路に満ちる壁の光は、明るさが戻っていた。
「わあ…! これが朝なんだね!」
桜花が壁に駆け寄って、手で触れる。
手を離すと、ほんのりと光る手。
「そうじゃ。樹の中でも、昼夜が分かるのは面白かろう?」
「うん!」
何度か、壁を触りながら進む。
触っては、手のひらを見てと繰り返しながら歩いていると、少し開けた場所に出た。
「ん?――うに!」
そこは、桜花の身長ほども大きなキノコの群生地。
色も形もそれぞれ違って、多種多様なキノコ。至るところに生えている。
「キノコがいっぱい!おいしそう! トランポリンもできるかな!」
「おねえちゃん、キノコに突撃しないでー!」
「おお、ここのキノコは美味いぞ。…毒キノコもあるがの。いくつか、食べられるものを…マナタケもあるではないか!」
ネムの上げた声に足を止め、きょとんとした顔を向ける桜花。
見ると、そこにはまん丸な白いキノコ。
「まなたけ?」
「うむ。…これはの、一時的にマナの体内生成を増やす効果があって、……そして――美味じゃ」
「ほえー」
話を聞きながらも、白いマナタケをもぎり取る桜花。
瞳が輝き、口の端から出そうになったよだれを、拭う。
「…オーカ、それは生で食べるには効能が強すぎるぞ」
「そ、そうなんだ!…えへへー」
「もう! おねえちゃん。おいしそうだからって、なんでも食べちゃダメだよう」
ネムから聞きながら、いくつかのキノコをポーチへしまっていく桜花たち。
茶色や黒色、傘が大きなものや閉じたものなど様々だ。
「大量だね!」
「いっぱい詰めたね、おねえちゃん!」
少しずっしりと重くなったポーチをポンポンと叩き、しかし軽い足取りの桜花。
再び、星樹の通路を進み始めた。
「む、魔性じゃ」
「グルル…」
ポツリと、ネムの声。そして、低い唸り声。
「…ん。いぬ…?」
現れたのは、緑色で四足の獣。背からは、赤い花が咲いている。
「あれは、ハナイヌじゃ。背中の花とは共生関係で…その血が口に入った者も、背中に花が生えるから気をつけるのじゃぞ」
「――!?」
思わず、口をつむぐ桜花と紅葉。両手で口を抑える。
手を口の前に置いたまま、桜花は姿勢を整えた。
「んに…。まかせて」
片手だけを離して、ポーチから小剣を取り出す。一歩、後退りして唸るハナイヌ。
桜花は動かず、ただ正面を見つめていた。
ハナイヌの前足が、屈む。
「ギュルオオ!!」
桜花たちに向かって、ハナイヌは飛びかかってきた。
桜花は一拍だけ遅れて、トン――と、軽く地面を跳躍する。
跳んだ先は、斜め前。小剣を両手で握る。
「やあっ」
「ギャインッ」
すれ違いざま、小剣の腹でハナイヌの顔を打った。
打たれたハナイヌは地面に崩れるが、よろめきながら起き上がる。
その間に、紅葉の前に立った桜花が、静かに語りかけた。
「…まだ、やる?」
「グウゥン…」
桜花の目を見た後、尻尾を巻いたハナイヌは、踵を返して走り去っていった。
「ふうぅ…」
ゆっくりと、肩を下ろす桜花。
手で握っていた小剣を、ポーチにしまう。
「おねえちゃん…!」
「ん。くーちゃん」
小さな足音で駆け寄ってきた紅葉を、抱きとめる。
紅葉にほおずりする桜花に、ネムが語りかけた。
「ふむ。対応として、満点じゃな」
「そう? えへへ。よかった!」
何度か頷くネム。
「…そうじゃの、せっかくじゃから。…昨日伝えられなかった他の3C魔法の『クリーン』と『キュア』も覚えておくか?」
「うん! やったあ!」
通路を歩きながら、魔法を教えてもらう桜花と紅葉。
三人はまったりと、星樹の中を進んでいった。
△▼△▼△▼△▼△
樹の壁に、桜花の声が響く。
「こうかな? 『クリーン』」
同時に、桜花の指先から球状の魔法光が発せられた。
光は三人を包み、周囲で漂っていた小さな木片を、球の外側まで押しのける。
「うむ。成功じゃな。この魔法は、場の浄化ができるぞ」
「そうなの? すごいんだね」
星樹の内部の開けた場所で、桜花たちは座っていた。
紅葉が魔法で出した火の球で、木の枝に刺したキノコを焼いている。
「ネムさん、もうちょっと焼いたほうがいいですか?」
「どれどれ。…ふむ、あともう少しじゃな」
「くーちゃん、ありがとうね」
パチパチと、音を立てて蒸気を上げているキノコ。
それを見た桜花の目は、焼けるキノコに釘付けだ。
「おいしそう…」
「くれはも、役に立ててうれしい!」
枝に刺さった三色のキノコや緑のキノコ、黒いキノコ。
こんがりと、焼き色が付いてきた。
「……うむ。もう良いぞ」
「やったあ! くーちゃん、食べよ!いただきまーす!」
「うん! いただきます」
桜花は、両手にそれぞれキノコの刺さった枝を握る。
一本は自身に、もう一本は紅葉の前に差し出した。
まだ温かいままのそれに、勢いよくかぶりつく。
「やわらかい! でも噛んでるとコリコリ!」
「…おねえちゃん、こっちはモニュモニュしているよ!」
「えへへ。おいしいね!」
口いっぱいに頬張って、キノコを味わう桜花たち。
ネムはそれを、傍でじっと見ている。
「…そうじゃ。言い忘れたが、赤青黄の色をしたキノコ。それはイロキノコと言ってな。…食べるとしばらく、声が高くなるのじゃ」
「――!?」
イロキノコを頬張っていた桜花。
身体をこわばらせて、恐る恐る口を開いた。
「コエガタカ……!! コエガ…、キンキンナッテル!」
「ぷはっ」
「ぬっはっは! オーカの声がカナドリのようじゃ!」
変わった声を聞いた、紅葉が吹き出した。腹を抱えて笑うネム。
「ナニコレオモシロイ! キャー!アハハッ。」
喜ぶ桜花に、笑いをこらえる紅葉。
桜花の声が元に戻るまで、ネムの笑いは止まらなかった。
△▼△▼△▼△▼△
「それじゃあ、いこっか!」
焼いたキノコを綺麗に食べ終わった桜花たち。
再び、三人揃って星樹の通路を進み始める。
少し歩いたところで、紅葉が何気なく問いかけた。
「でも、コダマソウだったりイロタケだったり、色んなものがあるんですね。マナタケだったり」
「うむ。星樹の内部は、マナが満ちているからの。他にも多くの植生があるぞ」
「ほえー…。空を飛べる果物とかもあるのかな」
前を向きながら、口にした桜花。
唇に指を当てて、上を向く。
「あるといいよね。おねえちゃんと飛んでみたい」
「いいね! その時は空で追いかけっこしよう!」
明るい通路を進みながら、楽しげに話す桜花と紅葉。
ネムは、桜花たちの後ろをフワフワと浮いていた。
「ん。分かれ道だ」
桜花たちの目の前には、二股の通路。どちらの道も、その先は見えない。
「んに、どっちに行こうか。……あれ」
「おねえちゃん、どうしたの?」
ふと、耳に手を当てる桜花。瞳を閉じて、口を結ぶ。
それを見て、小首を傾げる紅葉。キョトンとした表情をしている。
「…ねえねえ。なにか、音がしない?」
「え? くれはにはなにも…」
両耳に手を当てたまま、桜花はきょろきょろと周りを見回す。
迷宮は、静かなままだ。
「むー。なんだろ…なにか、――くーちゃん!!」
桜花が、紅葉に飛びついた。紅葉は、反射的に目をつむる。
直後に響く、何かが擦れる音と、桜花のうめき声。
「…いっ!……くーちゃん、大丈夫?」
「う、うん。…くれはは大丈夫だよ。おねえちゃんは、…っ!」
紅葉の言葉がそこで止まる。
桜花の左肩から、血が流れていた。
白い制服が、破れたところから赤く染まる。
「おねえちゃん…! 腕が、きられてる!」
そっと紅葉を撫でて、抱えたまま桜花が立ち上がる。
うるんだ瞳を紅葉に向け、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫、だよ。くーちゃん」
「でも…」
「…だって、私はくーちゃんのお姉ちゃんなんだもん。これくらい、平気だよ!」
肩から滴る血を一瞬だけ見て、紅葉を地面に降ろす。
もう一度、頭をそっと撫でた。
「ちょっとだけ、待っててね」
「…うん」
桜花が後ろを振り返る。
右の分かれ道から、一羽の鳥が桜花たちに向かって飛んできていた。
クチバシは鋭く、羽根は薄い。
「…あれは、カゼドリじゃ。高速で近づきクチバシで刺してくるぞ」
「うん。ありがとう」
ポーチから小剣を取り出した桜花。片手に握り、剣先を正面に構える。
飛来してくるカゼドリに向かって、振り下ろした。
「えやっ!…っえ」
しかし、桜花の剣先はカゼドリを捉えることなく、あっさりと躱されてしまった。
すぐさま後ろを振り向く桜花。カゼドリは、後方で速度を落とし旋回していた。
「わわっ」
桜花は駆け、再び紅葉の前に出た。
片手で小剣を構え、桜花に向かって加速するカゼドリを、ただ見つめる。
「…おねえちゃん」
「今度は、大丈夫だよ。……たぶん」
再度の飛来。桜花は勢いづけて、小剣を振り下ろした。
「…やっ! っ…!」
「おねえちゃん!」
やはり剣筋を避けたカゼドリが、今度は桜花の脇腹をかすめた。
桜花の白い制服が裂け、脇腹から血が流れ落ちる。
振り返るとまた、旋回しているカゼドリ。
桜花は俯き――そして笑った。
「ごめんね。…これで、終わりだよ! 『ふぁいや』」
小剣を握っていなかった片手。
その身体の後ろに隠した指先で、描いていた魔法陣が桜色に光る。
魔法陣から、桜色の炎が走った。
それは、カゼドリを飲み込み。そして通路の先まで走り、消えた。
もう、カゼドリは飛んでいない。
「んにゃぁ…」
へろへろと、そのまま地面に座り込む桜花。脚が、震えている。
「おねえちゃん…! ケガが!」
「…くーちゃん。このくらい、へっちゃらだよ」
紅葉を抱きとめ、笑顔で頭を撫でる桜花。
何度か撫でたあと、片手で魔法陣を描いていく。
完成した図形が、桜色に発光した。
『キュア』
光が桜花の身体を包み、その切り傷が、塞がるように治っていく。
そして、桜色が収まった頃には、桜花は傷一つない肌に戻っていた。
桜花の肌を見て、ほっと吐息をこぼす紅葉。
「…うん! ばっちり!」
「…まったく。無茶しおって。星樹が燃えたらどうするつもりだったんじゃ。――じゃが、よくやったの」
「えへへ。…ありがとう!」
「それに、星樹は魔法の火では燃えないからの」
桜花を撫でる仕草をするネムと、撫でられる仕草をする桜花。
紅葉を抱えたまま、あくびが出てきた。
「ふに…。すごく、ねむい…」
「すこし、休憩にする?」
「うん…。ちょっと、お昼寝したい」
桜花はぼんやりと半目になり、うつらうつらと頭が揺れる。
ネムが「うむ」と声を漏らした。
「近くに魔性があまり来ない場所がある。…少し、歩けるか?」
「…うん。歩けるよ…」
「おねえちゃん、くれはは自分で歩くよ!」
紅葉を地面に降ろして、ゆっくりと立ち上がった桜花。
小剣を、腰の細いベルトに突き刺して、入れ込む。
何度もあくびをしながら歩く桜花は、ネムに連れられ右の分かれ道へ向かった。
△▼△▼△▼△▼△
――夜。
星樹の壁は、薄暗くなっていた。
淡く光る花が、桜花たちの休む小さな空間を、青に染める。
「んにー…。動けないぃ…」
樹の地面に寝転がる桜花は、完全に力が抜けきっていた。
「おねえちゃん。マナタケが焼けたよ」
「うむ。マナが枯渇しているときは、それが一番じゃ」
「…ありがとう」
地面に立てた、マナタケの刺さった枝の一本を寝そべったまま持つ桜花。
こんがりと焼けたマナタケを前に、ゴクリと唾を飲む。
緩慢な動作で、口に運んだ。
「おいしい! 口の中で、溶けてく!」
桜花の笑顔がはじけ、二口目を頬張る。
「うん。おいしい! ほら、くーちゃんも!」
「ダメだよ! まずはおねえちゃんが――もごぅ」
紅葉の言葉を最後まで待たずに、マナタケが紅葉の口に放り込まれた。
「もご…おいしい。…もう! おいしい!」
「えへへー。おいしいね!」
交互にマナタケを食べる二人。
あっという間に、そこにあるのは枝だけになった。
「ふぅ…おなかいっぱいだね」
「ぱんぱんだよぅ」
二人の食事を、柔らかな微笑みのまま見ていたネム。
口角が上がったまま、喋りかけた。
「今日は、このままここで眠ると良い。…そこの青い花。青火草は、魔性を遠ざける。じゃから、ゆっくり眠って良いぞ」
「…そうなの? うん。そうする。おいで、くーちゃん」
桜花に呼ばれ、桜花の腕の中に収まる紅葉。
「…あったかい。くーちゃん、もこふかだ」
「くれはも、あったかい」
ゆっくりと、瞳を閉じていく二人。
星樹の夜は、青い光に包まれ、静かに更けていった。




