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うたう竜と桜の世界【StarNotes】  作者: 逢生 藍
一章.竜とゆりかご
4/8

四話.進む理由



「ほう。君たちは迷子になって、この場所に辿り着いたんじゃな。…何処に行く予定なのじゃ?」


 その場が落ち着いた頃、桜花と紅葉の事情を聞いたエルフの言葉だ。


「うーん。決めてないけど、冒険したいな! とりあえずこの木のてっぺんまで登ってみたい!」

「はい。この場所が何なのか、くれはたちは何も分からないんですけど…。とにかく上を目指してみようと」


「さっすがくーちゃん! そういうことだよ!」


 桜花に続く紅葉の言葉に、桜花は紅葉を抱き寄せる。

 エルフの少女は小さく笑い、そして顎に手を当てる。


「冒険か。それは――いいな。心が、踊る」

「だよね! えへへ」

「そうじゃな。……うむ。それに、この樹はきっと多くの冒険となるじゃろう。――何より、頂上からの景色はまさに、絶景じゃ」

「絶景…!冒険…! それ、すっごくワクワクするね!」

「うん。くれはも楽しみ!」


 顔を見合わせる、桜花と紅葉。

 明るい空気が満ちるも、エルフの少女が「じゃが」と空気を止めた。


「危険な道のりになるかもしれんぞ。ボクですら、この星樹の上層は、現在観測できなくなっておる。それでも、行くか?」


 桜花は紅葉に視線を向け、そしてゆっくりと頷き合う。紅葉の琥珀色の瞳が、エルフを見た。


「うん。行くよ! 冒険だもん。分からないから、ワクワクするんだよ!」


 にこやかに言い放った桜花と、そして隣に立つ紅葉。

 エルフは眩しいものを見るように、彼女たちを見つめる。

 一言、「良し」と溢して少しだけ真剣な表情になった。


「さて、ボクのことは…ネムとでも呼んでくれ」

「ねむ?分かったよ!かわいい名前だね!」

「そうじゃろうそうじゃろう!大切な友からもらった名前じゃからな」


 名前を褒められて大きく微笑むネム。にこやかなまま、二人へ話しかける。


「うむ。…クレハも、ボクのことはネムと呼んでくれ」

「は、はい。ネムさん」


 紅葉の返答に、「うむ」と頷くと、笑顔になるネム。


「ぬっふふ、君たちの冒険にボクも同行しようと思っての。と言っても、霊体だから、オーカたちには触れられず、付いていくだけじゃが。良いかの?」

「うん!もっちろん! よろしくね、ネム!」


 桜花は再び距離を詰めて、両手でネムの手を握ろうとするも、再びその手は空を切った。



△▼△▼△▼△▼△


 星樹の迷宮を、桜花たちは歩む。

 淡く光る洞の道。並ぶ桜花と紅葉の後ろを、ネムが浮いている。


「わあ! くーちゃん!綺麗な木の実があるよ!…ネム、これは食べれるの?」


 桜花が見つけたのは、赤い小粒の果実。木壁から生える(つた)に、いくつも実っている。

 ネムは目を閉じ、指を立てた。


「うむ、食用可能じゃ。じゃが――」

「いただきます……ふぎゃっ! ひゅっぱいー!」


 しかしネムの言葉は途中で止まる。

 食用可能と聞いた桜花が、即座に口に運んでいたからだ。


「おねえちゃん! 大丈夫?」

「ベロがひびれう…」


 目をつぶり、舌を出す桜花。頬に手を当て、はふはふと息を漏らす。

 笑うネムが、果実に指先を向けた。


「それもまた経験じゃ、な。…これは、モルモの実での。熟すまでは痛いほどに酸っぱいのじゃ。――ほれ。そこの紫色になった実を食べてみよ」

「…こっち?」


 ネムが指した果実をもぎ取り、口の前に運ぶ。

 恐る恐る、かじる桜花。――瞬間、桜花の表情が弾けた。


「あっまい!おいしい! これは、イチゴみたいだけどもっと甘いね」


 頬っぺたに両手を添えて、満面の笑みだ。

 ごくりと、唾を飲む紅葉。


「ほら、くーちゃんも」


 もう一つ、もぎ取ったモルモの実を紅葉に差し出す。

 桜花の手のひらの上の果実を、紅葉は慎重に、口に入れた。


「…おいしい。これが、イチゴの味…」


 ゆっくりと味わう紅葉を見て、にんまりと微笑む桜花。


「ね! おいしいでしょ!いくつか持っていこう」


 モルモの実をもぎ取り、肩にかけたポーチにしまっていく。


「うむ、気に入ったようじゃな。――そのポーチは見た目以上に詰め込めるようになっておるからの。ただし、重さは中身の分だけ増えるから注意じゃぞ」


「うん! ありがとう!このポーチもとっても素敵だね」


 ポンポンと、モルモの実が入ったポーチを叩く桜花。

 ふと、カップ状の花が咲いた草に目を移した。


「ネム、これはなに? 綺麗な青い花」

「おお! それはコダマソウじゃ。これは面白いぞ。オーカ、この花弁になにか話しかけてみろ」

「こだまそう?」


 首を傾げて、花に顔を近づける桜花。

 そのまま、言葉を投げかけた。


「こんにちは!私は桜花! 冒険がとっても楽しい!」

「――うむ。では根元からちぎって、茎に息を吹き込んでみるのじゃ」

「うん。こうかな?」


 桜花は手に取ったコダマソウの茎を、口に当てる。

 紅葉が静かに見守るなか、息を吹いた。


『こんにちは!私は桜花! 冒険がとっても楽しい!』


 コダマソウから発せられる、桜花の声。

 桜花と紅葉の瞳が、キラキラと輝く。


「なにこれすっごい!」

「おねえちゃんだ!」


 それぞれの反応に満足げなネム。

 何度かコダマソウを吹くも、声は変わらず発せられた。


 それから桜花はゴソゴソと、コダマソウをポーチにしまう。


「む」


 その時、ザリ――と、何かの音がした。

 ネムが、口元に指を当て、静かにというジェスチャーをする。

 真似て、紅葉にも同じジェスチャーをする桜花。


「――魔性のお出ましのようじゃ。オーカ、クレハ、いけるか?」

「…うん。大丈夫」


 コクリと頷き、桜花はポーチから取り出した小剣を、握り締めた。

 ビクリと小さく跳ねる紅葉。


 曲がる樹の通路の先から、現れたのは一匹の小豚鬼。片手には棍棒を持っている。

 桜花たちに気づいて、慎重に近づいてきた。


「グゴッ」

「あれは、ゴブタンじゃ。魔性の中では弱いほうだが、知能は高めじゃの」


 ゆっくりと距離を詰める子豚鬼――ゴブタン。

 皺くちゃなその顔が、歪む。


 桜花の指先はかすかに、震えていた。はやる鼓動が、耳に響く。

 ふと、隣を見ると、四肢が震えている紅葉。


 桜花は小さく息を()くと、ふっと微笑んだ。


「くーちゃん、大丈夫だよ。見てて」

「…おねえちゃん」


 小剣を握り直す桜花の指先の震えは、止まっていた。

 まるで歩き出すかのように、踏み出す。


「いくよっ」


 接近する桜花に、ゴブタンが棍棒を振り下ろす。

 柔らかに、斜め前方に跳躍する。その髪の一房にも当たらない。


「てやっ」

「ゴギャッ!」


 切り付けられたゴブタンの顔が、更に歪んだ。

 乱暴に振り乱す棍棒を、躱し続ける桜花。躱す度に、ゴブタンを切り付ける。

 桜色のツインテールが、舞う。


「やっ! やっ!…やあ!」


 数度の剣閃を受けて、ゴブタンは地に沈んだ。

 桜花はそのまま小剣を構えてゴブタンを見るが、起き上がることは、ない。


 大きく息を()き、ぺたんと樹の通路に座り込んだ。転がる、小剣。



「おねえちゃーー!」

「んにっ」


 紅葉が、桜花の懐に飛び込んできた。

 その小さな身体を、ぎゅっと抱きとめる。


「オーカ」


 胸元に紅葉を抱きしめたままの桜花に、ネムが寄ってきた。

 ニヤリ、と笑みをこぼす。


「よくやったの。動きは未熟じゃが、節々から才気を感じる」

「ほんと? えへへー」

「おねえちゃん、すごい!…それに、ありがとう」


 「うむ」と、口元を緩めるネム。それから、緩めた口元を引き締めた。


「じゃがの…星樹のこの先は、ゴブタンよりも強力な魔性が多く棲む。…進んだことを、後悔することもあるかもしれん。――それでも、オーカは進むのか?」


 ネムのセピア色の瞳が、わずかに光る。一歩近づき、桜花たちの正面に立った。

 桜花は一拍だけ、キョトンとした表情。にこりと笑った。


「うん。進むよ。だって、行かないほうが後悔すると思う」

「ふむ。…うむ。その心意気、ボクは好ましく感じるな。――じゃが、クレハはどうする?」


 桜花の腕の中に納まっていた紅葉が、小さく息を飲んだ。

 ネムが、厳かな表情のまま、続ける。


「見たところ、その子は身体相応のマナしか持っていないようじゃ。…連れて行くのは、危険かもしれん。下層のここで、待っていてもらった方が安全ではあるぞ」


 ゴクリと、紅葉は唾を飲みこむ。

 腕の中に視線を落とす桜花。軽く頭を撫でてから、ネムに視線を戻した。


「…そう、かもしれない。それでも、私は……くーちゃんはどうしたい?」


 紅葉は一度だけ目を閉じてから、ぴょんと飛び降り、地面に立つ。

 樹の地面は、滑らかで紅葉の四肢を受け止めた。


「くれはは、行きたい。おねえちゃんと一緒にいたい」

「――うん」


 ネムから桜花に目線を戻し、二人は静かに笑う。


「それなら、私はくーちゃんを連れていくよ。だって、その方が楽しそうなんだもん」


 桜花も立ち上がり、ネムを見る。

 ネムは、表情を変えずに二人を見ていた。


「それに、お互いに助け合えばいいんだよ。…そうしたいんだ」


 桜花は最後に紅葉を流し見て、頷きあった。

 そこまで聞いたネムは、ふっと口角を上げる。

 光っていた瞳も元に戻り、ネムは空中にふわりと浮いた。


「うむ。きっと、オーカとクレハは良いコンビとなるな。――それに」


 胸元に手を当て、言葉を続ける。

 声の抑揚が、柔らかくなった。


「心は、生きる上で重要な器官じゃ。心が望むのなら、それは進む理由と言っても良い。……すまんの。意地悪なことを聞いて」

「ううん。ネムは、私たちを心配してくれたんでしょ? ありがとう」

「あの、ありがとう、ございます。くれはも、頑張ります!」


 ぺこりと礼をする桜花と、それに倣う紅葉。

 顔を上げた桜花は、「あれ?」と呟いた。


「ねえ、ネム。ここ、少し暗くなってきたよ」

「…わ、ほんとだ。さっきより暗い気がする」


 きょろきょろと、辺りを見渡す二人。

 明るかった樹の通路は、ほんのりと青白くなっていた。


「うむ。星樹の外では日暮れのようじゃ。夜になると、更に暗くなるぞ」

「そうなの?…それじゃあ、今日はここまでだね。お休みしよう!」


 元気に休息を宣言した桜花。

 ネムは安全な場所として、少し入り組んだ場所へ案内した。



△▼△▼△▼△▼△


 星樹の通路の、枝分かれしたうちの一本。その突き当りの空間。

 そこには、淡く光る、青い花々が咲いている。


 そして奥には、壁から湧き出る水が溜まった泉があった。


「わあ――きれい」

「すごい、ね」


 足を踏み入れた桜花と紅葉からは、漏れ出るような声。


「うむ。星樹とは、世界のマナの均衡を保つ存在なのじゃ。…じゃから、そこの泉にはマナが混ざっておる。浸かるとマナが回復するし、そのまま入れるぞ。――何より、この泉は温かい」

「温泉だあ!!」


 湯気が、泉から立ち昇っている。桜花は両手を上げて、歓声を上げた。

 ソワソワと、泉に近づく桜花は水面に手を当てる。


「あったかい! 温泉だよ!くーちゃん、温泉だよ!」

「きゃー!」


 桜花は大きく振り返って紅葉を抱き上げ、くるくると回りはじめた。

 なされるがまま、紅葉は一緒に回る。


「喜んでくれたようで嬉しいの。…そうじゃ。エルフはの、お湯に浸かる前に、身体を清める習慣があるのじゃ。――清めの魔法、3C魔法を知りたいか?」

「さんしーまほう? 魔法!教えて!」

「魔法…くれはにも使えるかな」


 ネムの前まで駆け寄って、片手を上げる桜花。紅葉は抱かれたままだ。

 ネムは指を立てて、再度口を開いた。


「まあ、問題ないぞ。――魔法とは、マナがあれば誰でも再現可能な術式じゃ。……では、早速じゃが、指先にマナを集めて、ボクの指の動きをなぞってみてくれ」


 二人は、ネムの指の軌跡をなぞる。

 何度か繰り返して、そして。


「できた! わあ…体がしゅわしゅわ。ほら、くーちゃんも!」


 桜花の身体を、いくつもの泡のようなものが包む。少しして、桜花の魔法が紅葉の身体も泡で包んだ。

 少し経って、泡はゆっくりと消えていった。


「うむ。それが、3Cのうちの一つ。汚れや異物を分解する『クリア』の魔法じゃ。――気持ち良かろう?」

「うん。とっても!」

「くれははできないよぅ。マナが見えなくて…ごめんね、おねえちゃん」


 自らの前足に、視線を落とす紅葉。

 その頭をひと撫でし、桜花は笑いかけた。


「くーちゃん、大丈夫だよ! あとで一緒に練習しようね」

「おねえちゃん…うん!」


 それから二人は、樹の凹凸によって作られた、湯舟に入った。



「ふわあ…。あったまるうぅ」


 肩までお湯に浸かった桜花が身体を伸ばし、力の抜けきった声を吐いた。

 泉の少し浅いところには、紅葉が顔を出す。


「おんせん、あったかい」

「温泉…気持ちいいね、くーちゃん!」

「…うん、気持ちいい!」


 目を閉じて、ゆっくりと身体を休める。

 桜花たちの側に咲く花が、柔らかな灯りとなっていた。



「ふわ…ぽっかぽかだあ」

「くぉん…」


 湯舟から上がった桜花と紅葉は、樹の空間に寝転がっている。

 紅葉の瞳は既に、半開きだ。


「…でも、ネムは入れないの、勿体ないね。私たちだけ入っちゃった」

「むふふ。君たちが癒されたのなら、ボクにとっては一緒に入ったのとそう変わらんよ」


 桜花たちの傍で、宙に浮いたまま足を組むネム。


「そっか――えへへ」

「――うむ。…明日からもきっと、冒険が待ち受けているじゃろう。ここに魔性は来れないから、今日は、ゆっくり休むと良い」

「うん、そうする――」


 ゆるやかに、桜花は瞳を閉じる。

 星樹のなかで、三人は穏やかな夜を迎えた。

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