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素直な気持ち

 帰る道すがら、フォスさんとの間にはほとんど会話はなかった。時折見上げた先に見えた表情は神妙な面持ちだった。

 帰り着くとフォスさんに「おいで」と手招きをされたので、招かれるままにリビングへと足を進めた。

 テーブルの椅子へ座らされ、フォスさんは反対側の椅子に腰を下ろした。話をしたいという事はわかるのだけれど、テーブルばかりを見ていてなかなか話し始めてはくれない。


「あの……」

「すまなかった」


 話しかけようとすると、突然フォスさんも同時に口を開いた。視線は落としたままだった。


「俺が目を離したばっかりに、怖い思いをさせてしまった」

「……わざと、じゃないですよね?」

「わざと? 何がわざとだ?」


 違うとは思いつつも、ずっと誘拐犯に言われたことが引っ掛かっていた。


 本当は、私って囮だったの?


 フォスさんが送ってくれた指輪には私がどこにいるのかわかるように細工が施されていた。しかもそれが施されたのは攫われる直前。

 はじめから計画でもしていたかのようにタイミングが良すぎだ。

 私はその答えをフォスさんの口から直接聞きたかった。


「私を囮にして、誘拐犯のアジトを見つけ出そうとか思ってたわけじゃないですよね?」

「そんなことするわけないだろ‼ 誰が好き好んで嫁を囮になどするものか‼」


 フォスさんはやっと私の方を見てくれた。

 見開かれた目や張り上げる声からは、そんなつもりなど全くなかったという事が伝わってきた。

 ほっとした。

 けれどその思いを素直に言葉として出すことはできそうになかった。自分でも自棄になっているだけだという事はわかってはいる。

 私の口から出てきたのはフォスさんを信用してないような言葉だった。


「最初から囮にするために連れて来たとか。嫁にするっていうのも、私に囮と思わせないようにして、誘拐犯達を油断させるためとか……」


 フォスさんは盛大にため息をついた。


「はぁぁぁぁ。俺は本当に信用されてないんだなぁ。ここまで言われるとさすがに泣けてくる」


 ついには机に突っ伏してしまった。


「人間だったら誰でもいいみたいなこというヒトの言う事なんて信用できませんよ。そもそも、誘拐犯と同列のことをしてるヒトなんて」

「……たしかにナツキを迎えた理由は、人間の女だったから。それだけだったというのは否定できない。だが……」


 フォスさんは立ち上がり、私の後ろまで歩いてきた。

 何をするのだろうと、その姿を目で追いながら座っていると、フォスさんの両腕が私の肩を包み込んだ。


「今は、俺の嫁はナツキだけだと思っている。ナツキじゃないとだめだ。それ以外考えられないし、考えたくもない」

「そ、うやって誤魔化そうとしてもダメです」

「……ならば、帰るか?」


 フォスさんの両腕が私から離れていった。


「え?」

「この数日、俺はできる限りナツキに好かれるためにやってきたつもりだ。だが、お前は俺のことがどうしてもお気に召さないらしい。このままこちらの国に留まらせ続けても。苦痛を与えるだけだ。俺とてそれは本意ではない。ならば親の元に帰してやるのが一番だろう?」


 突然の言葉に何が何だか分からなくなった。

 これまで帰らせてくれるつもりはなかったはずなのに。帰らせてもらえるというのなら願ったり叶ったりのはずだ。


 けど、そしたらフォスさんとの関係は?


 胸がチクリと痛んだ。


「そしたら、フォスさんは? もう会う事って……」

「ないな。俺は立場上、そうそう国を離れるわけにはいかんのでな。それに商人でもない魔族は、人間の国に行くのには一苦労だ。とくに俺のように力のある者はなおさら。ナツキもこちらへ来ることもないだろうから、二度と顔を合わせることもない。安心しろ」


 お母さんとユキ姉のところへ帰れる。それは嬉しい事のはずだ。断る理由などない。ここで暮らすより安全でもある。


 ……お母さん達のところへ帰れる代わりに、フォスさんとは二度と会えない。


 私は自分がどうしたいのか答えられなかった。

 黙り込んだ私を見たフォスさんは、私が肯定したいけれどそれを口にしてもいいのか迷っている姿だと捉えたのかもしれない。


「善は急げだな。俺の気の変わらないうちに準備をしよう。送った指輪は好きなようにしてくれ。捨てようが売ろうがナツキの好きなようにな」


 フォスさんの顔が悲しそうに見えたような気がした。

 フォスさんが私の傍から離れていく。私の目には、まるでこの離れていく距離が、これからの私達の姿のように映った。

 気が付くと私はフォスさんの服を掴んでいた。


「ナツキ?」

「あ、いえ」

「なら離してくれるかい? でないと書類をとりに出かけられない」

「書類って?」

「もちろん、お前の戸籍を人間の国に戻すための書類さ。帰りたいんだろ?」


 本気なんだ。


 フォスさんの瞳は本気だと言っている。


 じゃあ、私は?


 私はそれでいいのか考えるけれど答えは出ない。だからフォスさんに尋ねた。否定してほしくて。


「フォスさんはそれでいいんですか?」

「いいもなにも。これ以上好いた女に嫌われたくはないのでな」


 思ってもない言葉に聞き間違いではないかと思った私は、無意識で聞き返していた。


「好いた女? 私が?」

「? ナツキ以外におらんだろ」

「……」


 温かい雫が頬を流れた。

 突然の私の涙に、フォスさんは慌てふためいた。


「おい! どうしたいきなり⁉ 嫌、だったのか? 俺に好かれるのがそんなに」


 私は思い切り首をふった。


 そうじゃない。その反対。


「嫌、じゃない、です」

「それなら、なぜ……」

「だって、フォスさんは人間をお嫁さんにして、その人に自分の事を好きになってもらいたいだけで……だから、フォスさんは私の事なんてどうでもいいんだって、好きになってくれないんだって思ってたから」

「そんなことは……」

「……思ってたでしょ?」


 フォスさんは即答できず、目をそらした。

 けれどすぐに視線を私の方へ戻した。


「そういう考えをしていたつもりはなかったが、ナツキを迎えた当初はそうだったのかもしれん。だが、たとえそうだったとしても今は、言いたいことを言い、素直になれずに天邪鬼になって俺に噛みついてくるお前といるのが楽しくて、手放したくないと思っている」

「天邪鬼って……」

「だってそうだろ? 表情やら雰囲気やらと、口から出てくる言葉が明らかに異なっていたことが何度もあった」


 自分の感情がバレバレだったことに私の頬は熱を帯びた。

 やっぱりフォスさんは相手の考えが読めるんじゃないかと思えてくる。


「ほんとにフォスさんって鋭いんですね」

「ふっ。ナツキがわかりやすいだけさ」


 フォスさんは私の頭をポンポンと軽くたたいてきた。たったそれだけのことに胸が締め付けられる。

 そして、困ったような笑顔を向けてきた。


「どうする? お前が戻りたいなら、今から書類をとりに行くが。俺としてはこのままここにいてくれると嬉しいのだが」

「……お母さんたちのところに帰りたい。けど、そうしたらフォスさんと会えなくなっちゃうんですよね?」

「ナツキが望むなら、会いに行く。だが、先も言ったが立場上そうそう会いには行けんがな」

「行けるとしたら?」


 フォスさんは目を閉じて考え始めた。何を基準にして考えているのかはよくわからない。


「2カ月。非番はあれど、この国から出られるような完全な休みが回ってくるのはそれくらいだ。場合によってはさらに長くなる」

「……2カ月……」


 思った以上に長い。

 お母さんたちのところへ帰りたいけれど、それほどの間フォスさんと離れていられるだろうか。

 

 せっかくフォスさんが私のことを好きだって言ってくれたのに。


 これまで反発し続けていた理由は、いつの間にかフォスさんは私のことを好きにはなってくれないから、というのがほとんどになっていた。攫われたことが許せないと拒絶していたのも、すでに思いを見透かされないためのただの建前だった。

 それなら、天邪鬼でいる必要なんてどこにもない。

 結論を出すには、あとは私が素直になれるかどうかだけだった。


 フォスさんは黙り込む私に優しく言った。


「好きなほど悩むといい。そのまま悩み続けてくれた方が嬉しい。その間は一緒にいられる」


 せっかくの申し出だけれど私の決意はもう固まっていた。

 自分の気持ちに素直になる。

 その決意を表明するように、私は大きな声を出した。


「決めました!」


 声の大きさに驚いたのか、それとも早々に結論付けられたことに驚いたのか。

 フォスさんの尻尾の毛がぶわっと逆立った。


「いっ、言ったそばからそれは無いだろ。もう少し悩んでくれてもいいんじゃないかい?」


 フォスさんの表情は不安げだった。ここに残るという結論を出すはずがないと思っているのだろう。

 そんなフォスさんを安心させたくて、私は嬉し涙を浮かべながら笑顔を作った。


「大丈夫ですよ。ここに残るって決めたんですから」

「……いいのか? 親に会いたいのだろう?」


 まるで信じられないとでも言いたそうな表情だ。

 出会って今日までの間、これほど困惑したフォスさんの顔を見たことが無いような気がする。

 こんな顔をさせることができたのが嬉しくて、私はちょっと甘えてみたくなった。


「そりゃ会いたいですよ。だから、ちゃんと連れて行ってくれるんですよね? 私の実家に」


 すりよってそんなことを言ってみると、フォスさんの口元が優し気に緩んだ。


「ああ。2カ月に1回くらいしか連れてゆけぬがな」

「十分ですよ。結婚してそんなに頻繁に実家帰る人、たぶんいないですし」

「そうなのか?」

「わかんないですけど、たぶんそうですよ。だから、これからもよろしくお願いしますね、フォスさん」


 全力で笑顔を向けると、フォスさんも本当に嬉しそうに微笑んでくれた。


「ああ、こちらこそ。だな」





 こうして私は魔族の国に残ってフォスさんのお嫁さんになることを自分自身の意思で決めた。

 まだいろいろやることは多いし、完全に夫婦になったとは言えないけど、2人で頑張ればまあ何とかなるでしょう。

 お読みいただきありがとうございます。

 一応、メインの話は終わり……だったような気がします(忘れた)。まだ書いておきたいエピソードはちらほらとあるのでその辺を書いたら終幕ですかね。ただ、そのエピソードたちがどれくらいの長さになるかは不明です。もしかしたらまだまだ続くかもしれません。

 でわ、また次回!

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