脱出劇
誤算だった。
この建物は予想外に広く、入り組んでいてなかなか出口へ辿り着けない。窓すらない。しかも隠れられるところも少なく、9人全員でというのは無理があった。
目の前に分かれ道が現れた。
仕方がない。
「ここで二手に分かれよう」
「ああ、その方がいいかもな。他もいいか?」
不安そうな顔をする人もいたけれど、全員が頷いた。
「じゃあこの部分で2つに分けよう。こっち側は俺が先頭になる。そっちはお前がまとめてくれ」
「わかった」
私は4人を任された。
断りたいところだけれど、脱出も2つに分かれることも私が言い出しっぺだ。断れるわけがない。
緊張で口から心臓が飛び出しそうだ。
「それじゃあ、健闘を祈る」
「そっちもね」
そして私たちはそれぞれの道を進んでいった。
こんなに大きな建物だったら外からは目立つ。窓もないし、もしかしたらここは地下なのかもしれない。
私を含めた5人で隠れながらゆっくりと彷徨っていると前方の脇道から足音が聞こえてきた。
私は4人に止まるように手で合図を出した。
覗き見ると1人の魔族がこちらに向かって歩いていた。
こっちに来そう……いったん下がって……
そう思い指示を出そうと振り向いた途端、私は目を見開いた。
「だ、脱走だぁぁぁぁ‼」
運悪く後方からも誘拐犯が来ていた。その犯人が大声を上げてしまった。
今ので他の誘拐犯にも気づかれてしまったはずだ。
私のすぐ後ろを歩いていた男性が舌打ちをした。
「見つかったか」
「逃げよう! こっち!」
全員全力で走るけれど、足音はだんだん近づいている。
私の横を走っていた男性が声を上げた。
「おいお前ら、先に行け! 俺がっ……」
男性がそう言った瞬間、言葉は途切れ、視界の端で何かが地面に落ちるのが見えた。
丸いボールのような何かが落ちて転がる。
「えっ……」
全員が足を止めてしまった。
「‼ 見ちゃダメ‼」
とっさに一緒に走っていた少女の目を抑えた。吐き気がこみあげてくるけれど、どうにか抑えた。
転がったものの正体は、男性の頭だった。
全員がパニックで動けずにいると、後から合流してきた誘拐犯に全員抑え込まれてしまった。
「手間かけさせやがって」
もうおしまいだ!
悔しくて涙が溢れ出てきた。
こんなところにいるわけはないけれど、私はとっさに叫んだ。
「フォスさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
もしかしたら、来てくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。
けれどそんな期待は、ただの期待だ。
答える声が聞こえてくるはずもなかった。
「フォス? 誰だそれ? お前の飼い主か? 飼い主がこんなところまで来るわけはないだろ。代えの利く人間なんかを助けにな!」
手を背中で強く縛り上げられた。
「痛っ!」
その時に私の手を見た誘拐犯は、いきなり私の手を掴んできた。
「なんだお前。奴隷の癖にこんないいものを指にはめやがってよ。飼い主は着せ替え遊びが好きな子供か? そりゃあ余計に来るはずがないなぁ」
フォスさんを馬鹿にされているような気がして、私はカッと頭に血が上った。
「バカにしないで! フォスさんを他の魔族なんかと一緒にしないで‼ フォスさんは、フォスさんは……私の旦那さんなんだから‼」
「ああ? なに言ってんだ? こいつ。旦那とか……」
私は押さえつけていた魔族が言葉の全てを言い終わる前に、掴まれていた手を振りほどき全力の頭突きをお見舞いした。その攻撃は見事に相手のお腹に命中した。
誘拐犯はお腹を押さえて床に転がった。
「いってぇぇ……」
「撤回してよ‼ フォスさんはあんたなんかが侮辱していいヒトじゃない‼ 立派なヒトなんだから‼」
こんなやつらがフォスさんを悪く言うのは許せない。
ちょうどその時、どこからか騒がしい声が聞こえ始めた。
誘拐犯の1人と思われる魔族が慌てて走ってきた。
「おい、逃げるぞ‼ どっからか騎士団がかぎつけて乗り込んできやがった‼」
「はぁ⁉ なんで⁉ こんなところに⁉⁉」
「知るわけねぇだろ‼ とにかく逃げるぞ! 少数で乗り込んできてるが、その中にあの騎士長がいんだよ」
「! あのフォスってやつか‼ フォス……? そういや、お前さっきフォスって言ったか⁉」
「だから何‼」
誘拐犯の男は気が付いたとでもいうように目を見開いた。
「それをよこせっ‼」
誘拐犯は私の指から指輪を奪い取ると、内側を覗き込んだ。
どうやら懸念していたことが当たっていたようで、下唇を噛みしめていた。
「くそっ‼ こいつだ‼ この女あのフォスってやろうの囮だ‼ この指輪、追跡の呪印が施してある‼」
誘拐犯の言葉で私はあることに気がついた。
もしかして“加工”っていうのは、その追跡の呪印のこと?
誘拐犯の囮という言葉がよみがえり、頭の中が真っ白になるような感じがした。
「とりあえずここは放棄だ。とっととずらかるぞ‼」
そう言った誘拐犯はすぐには逃げようとはせず、私の方見た。
「テメェがいなけりゃまた大金を手にできたのに。テメェだけは……」
誘拐犯が手の上に魔力で炎の球を作り出した。
最後まで聞かなくてもわかる。
この男は私を殺そうとしてる!
思考回路が通常運転に戻り、この場から逃げるため立ち上がろうとするけれど、腰が抜けてしまっていて立ち上がることができなかった。手も縛られているため全く身動きが取れない。
「や、やめて……」
炎は徐々に大きさを増す。
「い、いや……」
恐怖に支配され声が出ない。
誘拐犯は手を振り上げた。
私は目を瞑った。
その時。
「ナツキ‼」
フォスさんのことを考えすぎていたせいか、名前を呼ばれたような気がした。
直後、地面にさほど硬さの無い物が落ちたような鈍い音がした。
「俺の嫁に何をする」
目を開けると、フォスさんの後姿が見えた。聞き間違いじゃなく、本当に助けに来てくれたのだ。
「フォスさん‼」
フォスさん越しに私を殺そうとしていた誘拐犯が見えた。
その誘拐犯は、火を飛ばそうとしていた腕がなくなっていた。フォスさんが切り落としてしまったのだろう。
たす、かった……
これですべてが片付く。私は安堵した。
けれど、物事はそう簡単にはいくわけがない。
私は背後から近づいてきている気配に気が付かず、別の誘拐犯に首を絞められた。
「貴様、この女のことを嫁とか言ったな⁉ なら、この女がどうなってもいいのか⁉」
魔族の爪が首に食い込み、痛みが走った。そこから生暖かいものが流れる。
「人質か……だが、それくらいで俺がひるむとでも思ったのか?」
フォスさんが目を見開くと、この辺り一帯の空気が変わった。
何が変わったのかはわからない。けど、とにかく恐怖に支配されるような感じがした。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁん‼」
そう感じたのは私だけではなかったみたいだ。
小さな女の子はフォスさんの醸し出す空気に、泣き出してしまった。
一緒に逃げていた他の人たちも恐怖で顔を真っ青にし、震えている。
「あっ……ああ…………」
私の首を絞めている誘拐犯の男も恐怖に震え、掴む手が緩んだ。
「ナツキ‼」
フォスさんの声が聞こえたかと思うと、私は無意識に誘拐犯の男の腕を振りほどき、フォスさんの方へ走った。
「フォスさん!」
「ナツキ‼」
フォスさんが開いている両手の中に、無我夢中で飛び込んだ。
「ナツキ、よかった。指輪に呪印を入れさせて正解だった」
その苦し気な声で、囮としてこの指輪を与えられたのではないとわかった。
フォスさんはギュッと私を抱きしめてくれた。
「呪印って、追跡の?」
「ああ。万が一ってことがあるからな。まさかこんなに早く役立つとは思わなんだが……」
私達が話をしている間、誘拐犯達は恐怖に駆られ動けずにいたようだ。我を取り戻した途端、誘拐犯の1人が叫んだ。
「くそ、くそっ‼ お前ら全員殺してやる‼」
短剣を取り出し、一目散にフォスさんに向かってくる。
それなのにフォスさんは慌てる様子どころか、自身の剣を構えることすらもしない。
何故構えないのか1人で焦っていると、誘拐犯の後ろから飛びかかるヒト影が見えた。
「騎士長‼」
あれは、ラウルさんだ!
飛びかかったラウルさんの剣は、振り返った誘拐犯の胸元を切り裂き、大量の血しぶきが上がった。
あの犯人はもう、ダメだろう。
誘拐犯を切った本人は慌てて私たちの方へやってきた。
「騎士長! ナツキちゃん! 無事っスか⁉」
「ああ、ラウル。問題ない。他の者たちは?」
「他は攫われた人間達の解放に向かったっス。誘拐犯達の大半は生け捕りに成功。逃げ出した奴らは泳がせ、他のアジトに逃げ込まんだところでそこのアジトごと捕縛するように言ってあるっス」
「うむ。わかった」
「後は俺が指揮を執るんで、騎士長はナツキちゃんを連れて帰ってください。もともと非番だったんスから」
「では、そうさせてもらおうか」
ラウルさんに任せても大丈夫なのか不安になってフォスさんを見た。
「大丈夫だ。ラウルはあれでも俺が直々に育てている1部隊の部隊長だからな」
「そうだったんですね」
ただのおちゃらけたヒトだと思っていただけに、その事実は意外だった。今のこともあるし、正直見直した。
「それに直に副長のうちの誰かが来るだろう。だからナツキ、帰ろう」
フォスさんが優しく私の手をとった。
手を握られた瞬間、私の心臓は大きく脈打った。
きっと怖い思いをしたからだ。
そういう事にしておきたかった。
「……」
「どうした?」
いつもならいきなり手を握るなとさわぐところなのに、大人しく握られている私をフォスさんは不思議に思ったようだ。
フォスさんに悟られないよう、私はできる限り平静を装った。
「いえ、何でもないです。あ、あの。それより、さっき一緒に逃げてた人が、その……」
言いにくそうにしていると、一瞬の視線から何を言いたいのかフォスさんは悟ってくれた。
「向こうで、頭と胴が離れておった男のことか?」
「はい……あの人も魔族のヒトのところに帰されるんですか?」
「……そうだな」
フォスさんは言いにくそうに言った。
この後、彼がどんな扱いをされるのかわかっているのだろう。表情は憐れんでいるようだった。
「そしたらどうなるんですか? きちんと埋葬してもらえますか?」
「わからん。あやつの主人が、あやつを大事にしていれば埋葬してやるだろうが……そうでない可能性の方が高いな」
「どうにかなりませんか?」
「……」
どうにもならないと無言で肯定されているような気がした。
それでも、死んでまでひどい扱いを受けさせたくない。
どうにかしてほしい。そう願いを込めて名前を呼んだ。
「フォスさん……」
「……わかった。ナツキがそう言うなら、俺が話をつけてこよう。最悪受け取り拒否をさせて、俺が埋葬の手配をしよう」
「えっ⁉ フォスさんが⁉」
まさか自身で埋葬するなんてことを言いだすとは思っていなかったので、私は驚いた。
「ナツキがそれで納得するなら安いもんだ。俺としても、死んだ者をぞんざいに扱うのは気が引けるしな」
「ありがとう、ございます」
フォスさんに負担を押し付けるのは気が引けたけれど、一緒に逃げていた私達のために、犯人に立ち向かおうとしてくれた彼がきちんと埋葬してもらえることにほっとした。
そして、私にはもう1つ気がかりなことがあった。
「あの、もう少し待っててもらっていいですか?」
「ああ。かまわん」
フォスさんに許可をもらうと、私は今まで一緒に逃げていた仲間の元へ向かった。
「あの、私先に帰るね」
「え、ええ。あの騎士長ってヒトがあなたの主人なの?」
「主人……といえばそうなのかな。一応私はフォスさんのお嫁さんってことになってるけど」
「お嫁って……」
自分たちを道具としか思っていない魔族のお嫁さんになったという事に、彼女だけでなく、他の人達も驚いていた。
「人間と結婚したかったらしくて。今来てる騎士のヒト達は人間だからって乱暴なことはしないから安心して。私も最初は怖かったけど、みんないいヒト達だから」
女性の表情が曇った。
「けど。元のご主人様のところに戻ったら……」
これからのことを考えれば、ここで助け出されたことを素直には喜べるはずはない。
これもどうにかならないかフォスさんの方を見たら、すぐさま首を横に振られてしまった。
「こればっかりは俺にはどうしようもない」
死んだ人は、言い方は悪いけど使い道がないから魔族も手放してくれる。けれど生きている彼らはまだ働かせることができる。そうそう手放す魔族はいない。
それに、彼ら以外にも同じ扱いを受けている人間がいるのだ。出会った人間を皆救い出そうとしはじめたらきりがない。
それを理解している女性は苦しそうに笑っていた。
「いいの。どうしようもないことだもの。このまま誘拐犯に捕まったままだったら、痛い思いをした挙句、もっとろくでもない主人のところへ連れていかれてたかもしれないんだもの」
「……ごめんなさい」
「いいから。あなたがそんなに落ち込まないで」
彼女は私の肩に手を置いた。
「そういえば、名前教えてなかったわね。私はカトリーナ。あなたは?」
「ナツキ。ナツキ・フォーリアです」
「ナツキ……あなたは幸せになって。じゃあ、元気でね」
カトリーナは笑っていた。けれど、その笑顔には悲しみも含まれているように感じた。
「はい、またどこかで」
カトリーナと他の攫われてきた人間たちは、騎士達に誘導され、元の主人のところへと帰っていった。
それが彼らにとって良かったのかはわからない。
「ナツキ。俺達も帰ろうか」
「はい」
……なんて薄情なんだろう……
私はここ数日の生活、フォスさんのところに戻れることに安堵していた。
お読みいただきありがとうございます。
次は少し時間が空くかもしれませんが、少し進めてあるのでなるべく早めに更新します!
でわ、また次回!




