誘拐事件発生!
冷たくて小さいものが頬に当たった感触で目が覚めた。
「んん……あ、れ? ここは?」
見渡すと、今私がいるのは3面を石の壁、残る1面を鉄でできた格子で囲まれた薄暗い部屋の中だという事がわかった。
格子の向こうのどこかに明かりがあるのか、通路はこの部屋の中よりも明るい。
様子を見るにここは部屋、というより牢屋だ。
何で私こんなところに……えっと、そういえば、誰かに口抑えられた途端になんだか眠くなってきて……
状況を確認しようともう一度牢屋の中を見渡すと、何ニンかのヒトが壁際で膝を抱えてうずくまっていることに気がついた。
その中の一番近くにいたヒトに声をかけてみることにした。
「あの……」
「ひっ!」
そのヒトはどうしてそこまで驚くのかというくらいに驚いた。
驚いて上げられた顔を見て私も目を丸くした。
「あなたは……」
ここにいるのは魔族だと勝手に思い込んでいたけれど、私が話しかけたのは人間の男の子だった。
他の人も、彼の声に驚いたようでこっちを向いていた。
ここにいるのは私を入れて10人。どの顔を見ても人間にしか見えない。体に羽や鱗、尻尾などの人間にあるはずもない物を持つ人は誰もいなかった。
今朝のフォスさんの言葉を思い出し、小さく言葉がこぼれた。
「ここにいるのがみんな人間なら、今朝聞いた誘……拐……?」
「なんだよあんた。攫われたのは初めて?」
声がした方を向くと、そこにはまるで清々したとでも言いたそうな顔をした青年がいた。
誘拐されて、なぜそんな態度をとれるのかが私にはわからない。
「あたりまえでしょ……誘拐なんて……」
フォスさんも入れたら誘拐されるの2回目なんだけど。まぁこの際それは置いておこう。
私の戸惑う様子を見た青年は鼻で笑った。
「ふーん。その様子じゃ、今まではよっぽどいいゴシュジンサマのとこにいたんだな。俺なんてこうやって誘拐されるの3回目なんだぜ? 3回目。新しく買われた先の主もことごとくくそみたいなヤツばっかでさぁ。次こそはマシなシュジンに買われねぇかな」
「それなら、その主人の所から逃げ出そうとか考えなかったの?」
青年は皮肉めいた表情をした。
「お前、ほんと頭ん中お花畑なんだな。逃げてどうすんだよ。逃げ出してその後は? 飯は? 寝床は? もし追いかけてきたシュジンに捕まったら? 人間なんて魔族の奴らの手にかかれば一瞬の命なんだ。俺らは大人しくあいつらに飼われとくのが一番いいんだよ」
青年は私と話すのが馬鹿馬鹿しいと思うようになったのか、それっきり口を閉じてしまった。
ここにいる全員がそう思ってるのかな。生まれてからずっとこの人達は魔族に従い続けて、そうやって生きるのが当たり前だと思って……
聞きたいけれど聞いてもいいことなのかわからずに黙り込んでいると、小さな少女が表情を歪め、目元に涙をいっぱいに溜めてぼそぼそと呟き始めた。
よく聞こえないけれど、名前を呼んでいるようだ。そして数秒後には涙が決壊し、大きな声で泣き叫んだ。
「メルディざまぁぁ! メルディざまのどごろに帰りたいよぉぉぉぉ! うわぁぁぁぁぁん‼」
あまりの声の大きさに、この場にいた全員が耳を塞いだ。牢屋の外の通路にも響き渡っていることだろう。
叫びを聞いた誘拐犯と思しき魔族が牢屋の前まで来て、鉄格子を蹴りつけた。
「うるさいぞ!」
「ひぃっ」
ガシャンという大きな音に、泣いていた少女の鳴き声は止まり、かわりに体を縮こまらせた。
それは少女だけではなかった。
この場にいるほとんどの人が体を震わせ、硬直した。それは私も例外ではない。
数秒すると少女は思い出したかのように、再び目元に涙集を浮かべ始めた。
これ以上見回りの誘拐犯達を刺激したらダメだ!
私は少女を抱きしめ、頭を撫でた。
「いい子だから泣かないで」
その行動に少女は多少落ち着いてくれたようで、声を上げることはせず、私の服を握りしめた。
そしてずっと、「メルディさま、メルディさま……」と自分の主人であろうヒトの名前を小さな声で呼び続けていた。
どれくらいの時間がたっただろう。泣いていた少女は泣きつかれたようで私の腕の中で眠りに落ちていた。
フォスさん……今頃心配してるかな? 探しに来てくれるのかな……魔族のヒトって人間が誘拐されてもあんまり気にしないみたいだし……フォスさんも……
私の中で不安がうごめき始めた頃、牢屋の外で誘拐犯が捕まえた人間を牢屋の外に連れ出す音が聞こえ始めた。連れ出され、しばらくして戻ってくる。
その人達はみんな苦しそうな声を漏らしていた。その声がこの場にいる全員の不安を駆り立てた。ただ1人、あの青年を除いて。
同じ牢屋に閉じ込められている1人の女性が不安な声を出した。
「なによ……いったい。これから何をされるの」
「呪印入れてんだよ」
答えたのは捕まるのが3回目という青年だった。
何度も同じ光景を目にし、体験しているからだろう。大体のことはわかっているらしい。
何も知らずに恐怖して待つか、聞いた後に聞かなければと後悔するか。
私は後者を選んだ。
「なんの呪印ですか?」
「……見えるかわかんねぇけど、俺の口の中見てみな。上あごのところ」
青年は口を大きく開いた。私は言われた通り彼の口の中を覗き込む。
薄暗い牢屋内で、さらに暗い箇所を見ようとしているためよく見えない。
けれど、凝視するうちにうっすらと何か模様が描かれているのが見えた。
「何か……模様のようなものが……よく見えないです」
「ふん。それが呪印ってやつだよ。誘拐された人間だってことを買った側の魔族や騎士団にばらさないようにするためのものらしい。呪印つっても、正直ありゃ焼き印って言った方が正しいだろうな。相当痛いぞ、あれ」
既にそれを体験している青年は笑っていた。その笑みは私達の反応を楽しもうとしているように見える。
私は顔から血の気が引いて行くような感覚に襲われた。おそらく、私だけではないはずだ。
これで戻ってくる人たちが苦しそうな声を出す理由がはっきりとした。聞くんじゃなかったと私の心臓は悲鳴を上げている。
人が牢屋に出入りする気配がだんだん近づいて来た。
そしてついにこの部屋の牢屋の格子扉が荒々しく開かれた。
「おら、お前らついて来い」
何をされるか知ってしまった私達は、ついて来いと言われてもみんな怖くて動けなかった。
そんな中、あの青年が誘拐犯に話しかけた。
「俺、捕まるの3回目なんすけど、またアレやられるんすか? 前んときは増やされなかったんすけど」
「……いいだろう。お前はここに残れ」
「へへっ。わかりました」
青年はニヤニヤしながら牢屋の奥へと下がっていった。
面白がってる。これから何をされるか教えて、怖がる私たちを見て楽しんでるんだ。
あまりの性格の悪さに、私は青年を睨みつけた。
誘拐犯は格子に手をガシャンと思いきり叩きつけた。
「それ以外はついて来い。逃げ出そうものなら容赦しないからな。はやくしろ!」
これ以上言う事を聞かなければ何をされるかわからない。
そう感じた私達9人は大人しく誘拐犯の男の後に続き、呪印というものを施されるであろう場所へ向かった。
「おいそこの女! こっちにこい!」
その部屋に入ってすぐに指差されたのは私、ではなく横にいた可愛らしい女の子だった。年は私と同じくらいだ。
彼女は首を横に振り、後ずさりした。
「いや……やだ……」
恐怖ですくみあがり、声すらまともに出せない状態になっていた。
そんな状態の彼女に、誘拐犯は苛立った。
「ちっ。面倒をかけんじゃねぇ‼」
「ひぃっ!」
女の子は震えあがった。
我慢の限界を迎えた誘拐犯は、彼女の髪を掴んで恐ろしい形をした椅子へと引きずった。
「痛い痛い痛い痛い!」
「手間かけさせんじゃねぇ‼」
誘拐犯は椅子に彼女を縛り付けると、口を無理やり開かせた。
このままだと、ここにいる全員どこの誰かもわからない魔族に売られてしまう。私は二度と人間の国には戻れない。フォスさんにも、もう。
大人しくしてても、ろくな目にあわないのなら。
幸いなことに、この部屋に敵は1人しかいない。
何か使えるものはないかと部屋の中を見渡した。丁度近場に椅子があった。
あれなら。
私は思い切って椅子を掴み、焼き印の道具を手にしている誘拐犯に向かって力いっぱい叩きつけた。
運よく、椅子の足の1本が後頭部に命中した。誘拐犯はその場にひっくり返り、見事に白目をむいている。
「はぁ……はぁ……やった」
これでここから抜け出すことができる。
私はこの場にいる人達に向かって言った。
「み、みんな。今のうちに逃げよ?」
私の問いかけに1人の感じの良い青年が口を開いた。
「逃げるって言ってもどうやって」
「気づかれる前にここから脱出するの!」
「逃げてどうするんだよ。ここがどこかもわからないし、逃げたところでどうせ……」
元の主人が良いヒトではないのか、青年はあまり乗り気ではないようだった。
けれど今はそんなことを考えている暇はない。
早く動かなければここで伸びている魔族が起きてしまう。
それになかなか戻らないことを怪しんで、他の誘拐犯が探し始めるかもしれない。
逃げるのが先決だ。
「それは後から考えればいいんだよ! とにかく今はここを出ないと、誰かもわからない魔族に売られちゃうんだよ! 今の家のヒトよりひどいヒトのところに売られちゃうかも」
今度はこの中で一番年上女性が言った。
「私、もう今のご主人様のところには戻りたくないわ……」
本当につらそうな表情をしていた。
この女性もよほどひどい扱いを受けていたのだろう。もしかしたらこのまま誘拐犯達の手によって、別の魔族の元へ行く方が彼女にとってはいいのかもしれない。
元居た場所に戻りたい。
ここにいる全員がそう思っているわけでない。少女のように主人が大好きな人もいれば、今の状況から抜け出したい人だっている。
フォスさんが前に言っていたように、これまでのことを当たり前だと思っている人が全てではない。ただ仕方なく受け入れていただけなのだ。
それなら、これからどうしたいのか自分で決め、好きなように行かせてあげるべきだと思った。
「じゃあ、好きなようにすればいいよ。このままどこかへ逃げたければ逃げればいいし、元居たところに戻りたければ戻ればいい。ここに残って他の魔族のヒトのところへ行きたければそうすればいいよ。私は売られていくつもりなんてないから脱出して帰るの」
私は必ずフォスさんのところへ帰る。
フォスさんも自分勝手に私に対して誘拐犯と似たようなことをした。それは今でも許せないと思っている。
それに私を嫁にすると言い、フォスさんのことを好きにさせようとしてくるけれど、私のことを好きになってはくれない。
でも、優しくもしてくれた。勘違いしそうなくらい優しい目を向けてくれた。恋を教えてくれた。だから私はフォスさんのところに帰りたい。
私の心はそう叫んでいた。
戻りたくないと言った女性の瞳はまだ迷っていた。
「私だって売られていくなんて嫌よ。けど、逃げ出してところで行くところなんて……」
「それくらいの覚悟しか持てないなら、選択肢は元の主人のところに戻るかこのまま売られていくしかないんじゃない? 本当に耐えられないっていうなら、逃げた先に行き場が無いなんて些細な事だもん。つらい生活強いられるよりはね。もしかしたら手を貸してくれるヒトが現れるかもしれないし」
「……」
彼女はどうも腹をくくれないらしい。
けれど私には、もうこれ以上この場から逃げ出すために後押しする言葉は見つけられない。
それにこれ以上覚悟を決めるのを待ってあげることもできない。
「なら、あなたはここに残ればいい。そして他のヒトのところへ売られていけばいい。そのヒトがいいヒトかなんて私にはわかんないけど」
「……」
自分でもひどいことを言ったとは思う。
けど今は本当にそれどころではない。自分がここから逃げ出すことを考えなければ。
「ここから逃げたい人は一緒に行こう! まだ気づかれてない今のうちに」
「他のやつらは?」
何人ここに捕らわれているかわからないし、大人数で動けば見つかるリスクは跳ね上がる。
それならフォスさんに助けを求めて、騎士のヒト達に誘拐犯を捕まえに来てもらうのが最善のはずだ。
「とりあえず、まずは私達だけで。大勢だと見つかっちゃうし、人数いても魔族に敵うとは思えない」
これまで黙って話を聞いていた別の男性が叫んだ。
「置いて行くのかよ! 帰りたいって思ってるやつらもいるはずだぞ!」
彼が怒るのももっともだと思う。
けれど、それで全員が捕まってしまったら元も子もない。
「逃げきれれば、たぶんなんとかできる。私がお世話になってるヒトは騎士のヒトで、今朝も誘拐事件の事で頭を悩ませてたから」
「……本当か?」
「うん」
男性は葛藤しているようだった。けれど彼はすぐに腹をくくってくれた。
「……わかった。お前を信じる。行くぞ」
「わ、私も連れて行って!」
結局迷っていた女性も逃げることにしたようだ。
この場にいる全員がここから脱出することに決め、このおぞましい部屋から抜け出した。
お読みいただきありがとうございます。
ちょっと支離滅裂?で(とまではいかないけど)、なんとなく納得いかないところがあるので後日、どう修正するか思いついたら少しだけ修正加えるかもしれません。次回更新予定については、次の話がボチボチできているので早めに更新すると思います。
でわ、また次回!




