09 番の信頼の喪失
いつもは穏やかな愛する番の罵声に、抱きしめようとした手をそのままにキリアンは固まった。
「王配教育と言っても、龍人国の歴史やマナーを教わるだけ。マリアンネ様を構うようになってからは、公式行事にも出さずに僕を部屋に閉じ込めたまま……そんな者を誰が王配として敬う? この国での僕の価値はキリアンに愛されているということだけ。その愛が無くなれば王宮の人たちにとって、踏みつけてもいい害虫に成り下がるなんて当たり前のことだろう? そんな……そんな無力な者に僕をしたのは、キリアンだろう!」
自分を睨みつけ涙ながらに訴えるマークに、キリアンは何も答えられなかった。
「誰かひとりでも、僕に同情してくれる女官をつけてくれれば、あそこまで冷遇されなかった! せめてカイン様に連絡を取れるようにしてくれていれば……」
「そんなことできる訳ないだろう!」
言われるがままだったキリアンが、怒鳴りつける。
そして絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……あの捕縛作戦の間、私はお前の側にいられないのに、どうして他の奴を側にやれるんだ! ましてや気安い仲のカインなんて…! 私はお前に会えなくて辛いのに、他の奴が番の側にいるなんて許せるわけないだろう!」
その言葉を聞いてマークの肩が落ちた。
「……結局、あなたは自分の事だけなんだ。僕の気持ちなんて何も考えてくれない」
「そんなこと…!」
「ならあなたは『人間の生態』を学習した? 僕に『龍人の生態』を学ばせておいて、あなたは僕を知ろうとしてくれた?」
もちろんキリアンはそんな学習などしていなかった。
王としての執務で忙しいなど言い訳に過ぎない。
「あなたは僕を知ろうとはしなかった。僕の気持ちを考えようともしなかった」
そうして涙にぬれたマークの瞳がキリアンを真っ直ぐ見つめる。
「あなたは番には興味があるけど、僕自身には全く興味がないんだよ」
キリアンは反論しようと口を開くが、あまりに番の言葉が衝撃的すぎて、言葉がでなかった。
「もうこれ以上蔑まれるのは嫌だ。憎まれるのも嫌だ。僕自身を見てくれない愛もいらない!」
キリアンの目の前で愛しい番が、何よりも大事にしたいはずの番が苦しんでいた。
「もう僕を解放して。人間の国に帰してください」
マークは膝をつき、地べたに這いつくばって頭を下げた。
「お願いします……」
「言われたとおり、人間の国の屋敷を購入したよ」
カインはその屋敷の見取り図を執務室の机の上に置いた。
「……ん」
キリアンは返事をしたが、見取り図には見向きもせず、窓から景色を見たままだ。
「元の家から馬車で30分ほどのなかなか良い屋敷が手に入った。マークの家族や兄弟も来やすいだろう」
「……あぁ」
「屋敷に住まわすんじゃなく、元の家…実家に帰してやれば良かったのに。お前がマークを引き取る際、渡した祝い金であの家は裕福な農場主になってるんだから」
「……番の世話は私の金でしたい。それに実家に帰せばもう二度と龍人国に戻ってきてくれないだろう?」
「……そう…かもな」
「……どうして…どうしてこんな事になってしまったんだろう。番と離れて暮らすなんて気が狂いそうなほど辛い」
「…マークは責められていたよ」
「…」
「番が相手を拒否するなんてありえないと。どんなことをされても番なら許すのが当たり前だと。我々龍人族の常識ではそうだよな。でも……」
カインは自分の首筋に手を当てた。
「俺には青い逆鱗がないからマークの気持ちは少し分かるんだ。俺の妻も事故で青い逆鱗がないだろう? だから俺たちはお互い番を認識することができない。じゃあ、どうして夫婦になったのかといえば、日々共にいながら信頼関係を築いてきたからだ」
「……」
「俺は妻を愛している。妻もたぶん……。でもその愛はお互い信頼しあっているから成り立っているんだ」
「……あの子は私を信頼していないと?」
「……女官たちは王宮に行儀見習いに来た貴族の子がほとんどだ。裁判もかけずに処刑したせいで議会が反発しているし、親の貴族たちからもかなり恨みを買っている。矛先がお前に向けばいいが、マークに危害が加えられる可能性もある。そのためにもあの子を王宮から一度出した方がいい」
「…戻ってきてくれるだろうか」
「お前らは少し離れた方がいいんじゃないか。距離があれば逆鱗も反応しないからお前も辛くないだろう? 執務も落ち着いてできるから文官たちも喜ぶ」
番が離れたところにいれば、青い逆鱗の反応は鈍くなる。
マークの愛を、その冷たさを感じなくなる。
「マークは今、感情的になっている。時間がたてば落ち着いてくれるだろう」
「……会いに行ってもいいだろうか」
「飛竜を使えば3時間の距離だ。頻繁にはやめておけよ?」




