08 番の糾弾
カインがマークの部屋に向かっていると女の金切り声が聞こえた。
「もっと陛下に甘えてしっかりご機嫌を取りなさいよ!」
「機嫌の悪い陛下に毎日怒鳴られてうちの人は大変なの! あんたのせいよ!」
「陛下にちょっと冷たくされたからってなんなのよ」
「そもそもマリアンネ様にかなうわけなかったんだから、人間風情が!」
「また抱いてもらえるようになったんだから、感謝してお仕えするのが番でしょう!」
「番だったら、何があっても相手の全てを許すべきよ!」
公正名大なキリアンの機嫌の悪さの原因は、誰もが予想できるところなのだろう。
「やめろ! 無礼者!」
カインの怒鳴り声に、マークを取り囲んでいた女官たちがきゃっと声を上げる。
「王配陛下にその口のききかたは何事ぞ! おい衛兵! こいつらを牢屋に放り込め!」
マークの部屋の前で控えていた衛兵に声をかける。
「このことは陛下にご報告する。処分はおって沙汰する」
そう言い女官たちを睨みつけたあと、ギロリと衛兵たちを見る。
「お前らも何をしていた! 王配陛下をお守りするのがお前らの務めだろう! このこともご報告する。ただで済むと思うなよ!」
悲鳴をあげながら衛兵に引きずられていく女官たちがいなくなると、マークの部屋に静寂が戻った。
「……いつもあんな事を言われていたのか」
「……」
何も答えずに、マークは床に転がっていた黒パンを拾った。
「……それは何だ」
マークは何も言わず、黒パンを持って窓辺に向かった。
ついて行ったカインの視界に時計が目に入った。
時計は12時を差していた。
「……まさか! 昼食…」
部屋には昼食の用意は無く、それを運ぶワゴンすらなかった。
「……いつからこんなこと!」
カインは怒りに震えた。
我が国の王族がこんな扱いを受けるなど――――!
「……さぁ…陛下がここに来なくなってからかな」
キリアンが魅了にかかったふりをした頃からか。
それならば3カ月以上前からだ。
「すぐに改善する。関係者には必ず罰を受けさせる!」
「…別にいいよ。今は陛下と一緒に夕食を取るからこれを食べる必要はないし」
「……これを食べていたのか。夕食も?」
「…今はこれを小鳥にやってるんだ」
そう言ってマークは窓を開け、小さくちぎったパンを窓枠に並べる。
瞬く間に3羽の小鳥たちが窓辺に降り立った。
その背中は二回りほど痩せていた。
キリアンの態度を気に病んで、心労から痩せたのかと思っていたが違ったのだ。
「キリアンに訴えなかったのか?」
「…会えなかったからね」
「俺に……」
口にした瞬間理解した。
カインはキリアンの命令で魔女捕縛に動いていたので、王宮にはいなかった。
ちゅんちゅんと小鳥の可愛らしい声が響いたあと、柔らかな陽の光が突然、雲に覆われる。
とたんに室内が暗くなり、マークの背中にも黒い影が落ちる。
「どうしてかな」
ぽつりと彼がつぶやく。
「キリアンは王だし、周りの国に頼られたんだから、当たり前の事をしたと分かっているんだ。国を守るため、私情を捨ててやらなきゃいけない時もあるって、頭では分かっているんだ」
パタパタと小鳥が飛び立っていく。
「でも…」
「心がついていかないんだ」
「…マーク」
「そんな僕の心をキリアンは青い鱗で感じ取って、怒っているんだね。いくら番とはいえ、心の中に隠している思いなんて知らない方がいいのに」
「怒っているんじゃない。悲しんでいるんだ」
「…また前のように僕を愛してくれるようになったのに、ふと冷静になった時考えてしまうんだ。実はこれは僕が見ている都合の良い夢で、目覚めればキリアンの側にはマリアンネ様がいて、僕のことは冷たい眼で見てる……それが現実なんじゃないのかと」
その日、衛兵たちの制止を振り切って、マークは執務室に飛び込んだ。
「愛しい私の番。どうしたんだい?」
久しぶりに執務室に訪れた番に、キリアンは満面の笑みで答えた。
「女官たちを処刑したってどういうこと!?」
「……あぁその事?」
自分に会いに来てくれたと思っていたキリアンの声音は、とたんに低いものに変わった。
「私の番を蔑ろにした者など死んで当然だろう?」
「そんなこと、僕は頼んでいない!」
「ふふっ。番の憂いを払うのは当然のことだよ? 次はもう少し頭の良い者を……」
「みんな殺すなんて…!」
直接マークを罵った女官はもちろん、掃除や配膳を怠った侍女、洗濯を怠った者、厨房の者など……30人以上が処刑された。
「うっううううっ」
マークの瞳から涙がこぼれた。
「…もう…本当に私の番は優しいね。自分をイジメた者にまで情けをかけるとは」
そう言ってキリアンはとろけるような笑顔でマークを抱きしめようとした。
だが、その手をマークが振り払う。
「全部キリアンのせいじゃないか!」




