07 番の心は戻らない
その日は突然やってきた。
バンと勢いよく扉が開く。
ドカドカと部屋に踏み込んでくる音がして、突然身体を掴まれた。
殴られるのかと思いマークが身を固くしていると、強く抱きしめられた。
「あぁやっとお前に触れられる!」
抱きしめてきた相手はキリアンだった。
「キ…キリ…陛下…」
「やめてよ。お前に陛下なんて他人行儀に呼ばれたくないよ」
拗ねた表情で口を尖らせる彼に、マークは固まってしまった。
「あぁ~~辛かった。やっとお前を抱きしめられる~!」
そうしてまた強く抱きしめ、首筋に顔をうずめる。
「あぁ番の匂いだ。安心する」
その瞬間、マークの中で嫌悪感が走った。
「やめて下さい!」
彼は全力でキリアンの抱擁から逃げ出した。
そうして背を丸め、自分で自分の身体を抱きしめた。
そんなマークの行動をぽかんと口を開けて、キリアンは見つめる。
心底驚いたように。
「どうして僕にこんな事をするんですか…」
震えながら、より一層自分の身体を抱きしめながらマークは訴えた。
するとキリアンの顔に朱が走った。
「なに? 私を拒絶するの? 番のお前が?」
そこで怒りの形相で、マークに掴みかかろうとする彼の腕を掴む者がいた。
カインだ。
「キリアン落ち着け! お前は今冷静じゃない!」
ふーふーとキリアンは肩を怒らせて呼吸する。
「長い間、番に会えなくて禁断症状に耐えたあと、ようやく会えて興奮したのは分かる。だが、まずは説明だろう? マークは混乱している」
まだ荒い息を繰り返すキリアンは、青い顔をして怯えるマークを見た。
「魅了魔法ですか…」
「そうだ。主犯は魅了魔法に長けた東方の魔女で、高値で魔法をかけた指輪を売りつけ荒稼ぎをしていた」
マークの言葉にカインが答えた。
「魅了魔法は大陸の法では禁忌とされていて、使用したものは一族郎党極刑と決まっている。にも拘らずその魅了魔法がかかった指輪を秘密裏に手に入れた者たちが、権力者を魅了する事件が各国で多発した」
説明するカインの後ろではまだ不貞腐れた表情のキリアンが見える。
「そのせいで、政治は混乱し、王が魅了され滅んでしまった国もある。そこで周辺諸国が我が龍人王国に助けを求めてきたんだ」
「…番を得た龍人族には魅了魔法は効かんからな」
キリアンが口を尖らせたまま口をはさむ。
「ところがそれを知らないアーチー家が、その指輪を手に入れたとの情報が入ってきた。使用目的は…キリアンを篭絡し、マリアンネ嬢を王妃にする事だとすぐに予想はついた」
マークはたくさんの指輪をつけていたマリアンネの優雅な指先を思い出した。
「そこでこの件は国際問題だと位置づけ、我が国は魔女捕縛に動くことにした。キリアンは魅了魔法にかかったふりをしたあと、その指輪を盗み取り、マリアンネ嬢に素っ気なくする……そうすると魔法が切れたと思ったマリアンネ嬢が焦ってまた指輪を手に入れるため魔女に接触するだろうとその機会をうかがっていたんだ」
「そして昨日やっと魔女を捕縛したんだ。あ~長かった」
そう言いながらキリアンがマークに近づいてくる。
そして抱きしめてきた。
「…どうして僕に冷たい態度をとったの?」
石像のように固まったまま、なされるがままのマークが言った。
無視するだけでよかったはず。
あんな冷たい眼で見る必要はなかったはずだと。
「私も辛かったんだよ。でも少しでも私と仲睦まじい姿を見られたら、マリアンネにどんな危害が加えられるか分かったもんじゃなかったし…指輪ひとつで一人しか魅了できないとは聞いていたけれど、もし愛する番が魅了されたらと思うと怖くて……突き放すしかなかったんだよ」
「……どうしてこの話を先にしてくれなかったの」
そうすれば我慢するのは簡単だったし、不安にもならなかった。
「だってお前は騙す演技ができないでしょう? 素直で優しい子だから」
あれから1週間、元通りの生活に戻ったはずだった。
だが、日に日にキリアンの機嫌が悪くなっていく。
王宮職員たちの懇願に押され、カインは執務室を訪れた。
「毎日番と夕食を取り、ベッドを共にしているのにどうしたんだ。お前が怒鳴り散らすから、文官たちは委縮してるし、王宮の雰囲気も最悪だ」
「……」
キリアンは黙々とペンを動かし、顔を上げない。
「おい!」
カインが側に行くとボソボソと声が聞こえた。
「…笑っては、いる」
「?」
「あの子、私に笑ってはいるし、閨だって拒まない」
「なのに…」
キリアンはゆっくり顔をあげてカインを見る。
その手は左の首筋にあった。
「…なのに…逆鱗は冷たいままなんだ」
カインは驚きで目を見開いた。
「王宮に来たばかりで戸惑っていた頃ですら何も感じなかったのに…今は冷たいんだ」
青い逆鱗は番の愛情を読み取れる器官だ。
「気持ちが通じ合った頃は暖かくて、ポカポカしてすごく幸せな気分になれたのに…今は氷をあてたみたいに冷たいんだ」
「…キリアン…」
カインはポンポンとキリアンの肩をたたき慰めるしかなかった。
「俺がマークと話してみる。いいか?」
キリアンはこくんとうなづいた。
「たのむ…」




