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10 番の平穏な暮らし

 人間の国の屋敷は大きくはないが、とても手をかけられて作られた美しい邸宅だった。


 ユニコーンが彫られた飴色の螺旋階段の手すり、アボガニーのドアは部屋のテーマごとに彫刻がほどこされ、金のドアノブは動物の形の見事な細工物、壁には緻密に織られた絹のタペストリーがかけられ、一点ものの家具が並ぶ。

 また庭には季節の花々が咲き乱れており、心洗われる美しさだった。


 そして門番こそ屈強な龍人族の兵士だったが、使用人は全て人間で彼を蔑む者はひとりもいなかった。


 農業主として成功していた両親、兄弟たちも、1カ月に1度は屋敷を訪ねてきてくれる。


 そうして少しずつ心を癒していったマークだが、問題はあった。




「それでは失礼いたします」


 食事を私室に運んできたメイドが、頭を下げて出て行こうとする。


「ちょっと待って。食事をする間、話し相手になってくれない?」


「…それは……申し訳ございません」


 マークと接する上級使用人たちは、龍人国で暮らしたことのある人間で、番の何たるかを熟知した者たちばかりだった。

 マークのことを主人として充分に敬うが、必要以上に親しくならないようにしている。



 龍人は番に関して、恐ろしく嫉妬深い。



 元々番を誰にも見せず、隠しておきたいくらい独占欲が強いのに、側にいれないのならなおさらだ。


 それを彼女らはよく知っているので、マークの世話するメイドも日替わりの交代制で極力親しくならないようにしている。


 2週間に一度は飛竜に乗ってキリアンが会いに来てくれてはいたが、まだわだかまりを抱えた状態では会話も弾むわけがない。


「愛しい私の番。お前のそんな憂い顔を見るのは辛い。まだ私を許してはくれぬのか……」


 悲し気にこちらを見るキリアンにマークの心は揺れる。


 こんな立派な屋敷を用意してもらい、こんなに許しを懇願されているのだ。

 許すべきなのだろう。


 だが、『番』は大切にされているが、『自分』は蔑ろにされているという思いは消えない。

 こんな待遇も番だからこそなのだから。


 そんなマークの葛藤を相談できる人は誰もいない。

 話し相手すらいない孤独に、マークの癒え始めた心も徐々に陰りが見え始めていた。




 そんなある日、散歩していたマークが裏庭に目をやると、ひとりの洗濯女が目に入った。

 小柄な身体に亜麻色の髪。


「エレン…」


 それはかつて許嫁だった幼馴染の少女だった。




「何も言わずに龍人国に行ってごめん」


 攫われるように龍人国に行って、別れの言葉ひとつかけれなかったのだ。


「謝らないで。マークが悪いんじゃないよ。王様の番だもん。仕方ないよ」


「……エレンはどうしてここに……」


 エレンは18才。

 結婚していてもおかしくない年齢だ。

 もしマークが番でなければ、二人はとっくに結婚していたはずだ。


「住み込みだし、お給料も良かったから…」


「住み込みって…え??」


 エレンの家も農家だったが、娘を追い出すほど貧しくはなかった。

 しかも住み込みということは…


「結婚は……?」


「してない」


「どうして…」


 エレンは働き者だし、器量だって良い。

 村の男たちにも人気だった。


「……」


 マークは頭を巡らせた。


 マークが龍人国の王の番になって、実家にも村にも莫大な祝い金が渡された。

 それでこの村は一気に発展し、みんな裕福になった。


 だが、自分にとっては愛しい故郷でも、そもそも閉鎖的な村だったところだ。

 村人も閉鎖的な者が多くて……


「僕のせい…?」


「……」


 沈黙は肯定だ。


 村を出る時、エレンがマークの恋人だったとキリアンに、ばれていたように思う。

 キリアンはエレンを睨みつけていた。

 村人みんなの前で。


 村に金を与えた権力者に睨まれている娘など、誰が嫁に欲しがるだろう。


「なんてこと……!」


 本当に謝っても謝り切れない――――!





 それからマークはエレンに会いに行くようになった。

 もう恋愛感情はなかったが、とにかく彼女の助けになりたかったのだ。

 贖罪だった。


 食材や菓子を渡し、少しでもエレンの生活を楽にしてやりたかったのだ。

 それに彼女とのおしゃべりはとても楽しかった。


 会話に飢えていたマークにとって彼女は癒しだった。




 こうして徐々に明るさを取り戻していったマークの変化を、目ざとく感じる者がいる。


 キリアンだ。


 逆鱗は冷たいままなのに、番の機嫌がいいとは……。

 他に感情を向ける者がいる――――

 押し殺したほの暗い怒りが、キリアンの疑心暗鬼を誘発する。




 そんなキリアンの憂いを心配し、カインはマークの周辺を調べることにしたが……


「別に問題はなさそうだったぞ。隠れて会っているわけじゃないし、接触時間も10分ほどだ」


「だが元許嫁だ」

 キリアンは吐き捨てるように言う。


 龍人にとって、番に近づく者はみな敵だ。


「話し相手くらい許してやれよ。誰とも喋らずに屋敷に閉じ込めちゃ可哀想だろ?」


「私と話せばいい」


「その独占欲でお前らは拗れたんだから、ちょっとは寛容になれ」


「なれない。番は私のものだ。私だけを見ていればいい」


「は~~なんかその独占欲を抑えるいい方法はないかねぇ」


「……独占欲をなくす方法…?」



 ため息を吐くカインを見て、キリアンにある方法が思い浮かんだ。



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