05 番は冷遇される
それから1週間後のことだった。
マークはキリアンに呼び出され執務室を訪れた。
キリアンは年若い貴族女性と共に3人かけのソファーに腰を下ろしていた。
マークが来るまで親密に話し合っていたのか、顔をよせ合っており、目だけでこちらを見てきた。
「座ってくれ」
キリアンにそう言われ、マークは二人と机を挟んだ対面のソファーに座った。
「彼女は我が国の筆頭侯爵家、アーチー家の令嬢、マリアンネ嬢だ」
キリアンはマリアンネの手を取った。
きれいに整えられた彼女の指にはいくつもの指輪がキラキラと輝いている。
そこに吸い込まれるように、キリアンはうやうやしくその甲に口づけを落とす。
マークは驚愕した。
彼がこんな風に女性にふれる姿を初めて見たからだ。
「マリアンネ嬢には龍人族の常識や気質をお前に教える役目をお願いしている」
カインに龍人族への知識が足りないと指摘されたところだったから、彼の助言でつけてくれたのかと思うがそれにしても……
「マリアンネ嬢は社交界でも評判の淑女だ。粗相のないように、しっかり教えを乞うんだぞ」
「……はい」
「以上だ。下がれ」
こんなに素っ気ない態度を取られたのは初めてで…呆然としたマークは言われるがまま退出するしかなかった。
マークが廊下に出ると、執務室付きの女官が中からドアを閉める。
「ふふっ」
その瞬間、女官が蔑むように笑った。
パタリとドアが完全に閉まったあと、一人廊下に取り残されたマークの耳がキリアンとマリアンネの声を拾う。
会話内容まで聞こえないが、笑い声も混じった実に楽しそうな声だ。
マークの足元からじわじわと不安が押し寄せてきた。
次の日からマリアンネの授業が始まった。
マークはもちろん真剣に学ぶつもりでいた。
だが……
「人間は家畜から産まれたって本当?」
龍人と人間の違いを学ぶ授業だと言って、マリアンネはマークに何かを教えるのではなく、質問ばかりを繰り返した。
「……いえ、人間は人間から産まれます」
「あらあ。だって家畜と一緒に住んでいるんでしょ? 家族だからじゃないの?」
牧畜を生業としている民は、たくさんの家畜を畜舎で飼育するが、農民は売るためではなく、使役するために飼うので頭数は少ない。
だから盗難対策として母屋の一室で飼っている者も多い。
だが寝食を共にしているわけではないし、年を取るまで飼うので家族同然に可愛がってはいるが、それだけだ。
「人間とわたくしたちの違いって何だと思う?」
「身体能力と寿命でしょうか」
「貴方、犬を飼ったことがあって?」
「……はい」
もう死んでしまったが、山で拾った野良の子犬を飼っていた。
「犬は10年ほどの寿命よね?人間は100年あるのに」
「……」
「犬は人間の幼児ほどの知能しかないでしょう? つまり寿命の差ってそういう事なのよ」
彼女からはっきりとした人間への蔑みを感じた。
だが彼女のこの感情は、龍人族のほとんどが持っている感情なのだろう。
確かにそう言う意味では、龍人族を知る有意義な授業と言えるかもしれない。
腹は立つが。
カインみたいな人が稀なのだろう。
だがキリアンは……
もし番でなければ、彼は自分にどんな態度を取ったのだろう。
そう考えると心にどんどん影がさしていった。
そうしているうちにマークの王宮での立場は、あっという間に失われていった。
「本日陛下はご多忙のため、夕食はご一緒されないそうです」
慇懃無礼に女官がマークに告げる。
この龍人国に来て、この王宮に来て今まで、キリアンはどんなに執務が多忙でも夕食は共に取ってくれていた。
時間が取れるときは午後のお茶にも誘ってくれた。
だがここ最近、顔を見ることはない。
もちろん閨にも呼ばれない。
そんな日は続くと、一時は収まっていた女官や侍女たちの態度も悪化の一方をたどった。
私室は掃除されないし、洗濯もされない。
だが、それはまだいい。
元農民だから、自分の身の回りは自分で整えられる。
庭の枝を切って箒をつくり掃き掃除をし、井戸の水をくんで自分で洗濯をする。
困ったのは食事だった。
厨房の料理人たちはマークを見つけると追い出すし、食材を分けてもくれない。
「ほらこれでも這いつくばって食べれば?」
侍女が部屋にやってきて、黒パンを放りなげてくる。
最初は悔しくて無視していたが、飢えには勝てなかった。
時おり投げ込まれる黒パンと、庭の木の実を食べて何とか飢えをしのいだ。
キリアンに面会を求めても無視され、カインを呼んで欲しいと訴えても『カイン様は業務のため、この城にはおられません』と言われる。
授業も続いていたが教師の態度もあからさまに悪くなった。
「これだから下等生物は!」
些細な間違いを鬼の首を取ったかのように罵られる。
どうして自分がこんなめにあっているのか。
キリアンは知っているのか。
この国で人間は蔑まれている存在なのだともう十二分に知っている。
しかし、これほどの仕打ちを受けるほどなのか。
別に番として敬ってもらおうとは思っていない。
だがここに強引に連れてきたのはキリアンだ。
どうして守ってくれないのか……!
あんなに愛していると言っていたのに――――!
マークは悲しみで心が張り裂けそうだった。




