02 見つけだされた番
マークは人間が住む小さな国の、ありふれた農民の家に生まれた。
父と母、妹と弟、祖母の6人家族で、狭いながらも畑を持ち、小さな家でそれなりに幸せに暮らしていた。
農家の後継ぎとして幼馴染のエレンという許嫁もおり、来年には結婚しようかという18才の春にそれは起こった。
家の近くを『外国の王さま』が通るから農作業を中止しろと役人に言われ、家族と家に入ろうとした時だった。
ザザザザザ…!
奇妙な音がして振り返ると、遠くから人がこちらに駆けてくるのが見えた。
それは尋常ではないスピードでこちらに近づいてきており、まるで地面を滑っているようだった。
あっけに取られていると、その人はスピードを緩めることなく目の前までやってきて、マークの前でピタリと止まった。
30代くらいの大柄な男だった。
腰まである長い黒髪は頭の上で結われていて、金銀のかんざしで飾られている。
耳は尖っていて、大ぶりな耳飾りがついており、その首にもたくさんの首飾りがかかっていた。
幾重にも重なる錦の着物、絹の靴。
ひと目見て貴族だと分かったマークは、ひざまずこうと頭を下げたところで、その貴人に抱きしめられた。
「やっと見つけた私の番!」
「へ?」
抱きしめていた身体を離し、今度はマークの顔をその手で包み込む。
「あぁよく顔を見せておくれ。なんて可愛らしいんだ」
幼児の頃以来、そんな事を言われたことのないマークはうろたえた。
自他とも認める平凡顔だったからだ。
逆にとろけるような笑顔で見つめてくる大男の顔の美しいこと!
毛穴すら見えない滑らかな色白の肌にキリリと跳ねあがった眉毛、バサバサと音がしそうなほど濃いまつ毛に縁どられた瞳は青銀色、筋の通った鼻に桃色の唇……
あまりの麗しさに目が離せずにいると、近くに別の人の気配がした。
そこには別の大柄な男が立っており、服装から彼も貴族に見えた。
「キリアン。その子がお前の番なのか?」
男がそう言って美しい貴人に声をかけた。
「あぁ、カイン。そうだ。間違いない。こんなに胸が高鳴ったのは初めてだ。この子が愛おしくて堪らない! これが番。私の番…!」
そう言ってまたマークを抱きしめる。
「……ニンゲンだな…お前、この方に何か感じるものがあるか?」
カインと呼ばれた男がマークに尋ねてくる。
「……感じるもの??」
綺麗な顔をしてもやはり男なのだな、ゴツゴツしているなと思うし、ジャラジャラとした首飾りが頬に当たって痛いなとも思う。
なんか高雅な香水のいい匂いがするなとも思うが、『感じるもの』と言われてマークは首をひねった。
「やはり人間には【つがい】は分からぬか」
「つがい?」
「龍人族が生涯をかけて愛する、ただ一人だけの伴侶をそう言う」
「生涯…愛する…伴侶」
「そうだ。其方は私が愛する、唯一の番だ」
そう言いながらキリアンはその唇でマークの顔中にキスをし始める。
「や、やめて!」
マークは真っ赤になって、後ろに飛び下がった。
「ぼ、僕は男だ!」
目の前の綺麗な人はどう見ても男なのに、どうして同じ男である自分に『恋人のキス』してくるのかマークには全く分からなかった。
「私たちは魂でつながっている番なんだよ? 外見の性別なんて何の意味もなさないさ」
子沢山の田舎の農家の常識では、男同士の恋愛などありえない。
「そんなこと……」
マークの目はこの騒ぎで駆け付けた幼馴染の女の子、許嫁のエレンに向けられた。
エレンは驚いた顔で彼を見ていた。
それを龍人族キリアンの鋭い眼は見逃さなかった。
「なんだいあの女は?」
「……」
マークは何と言えばいいか分からなかったが、許嫁と答えたら不味いことだけは分かった。
「龍人族はね。それは嫉妬深いんだ。特に番を横取りしようとする者に対してね」
ギラギラと青銀色の瞳が光った。
口から尖った犬歯も見える。
「あの女は何?」
「……なんでもない」
マークは震える声でそう答えるのが精いっぱいだった。
「ふうん。まぁ、いいよ。『なんでもない』なら。紹介が遅れたね。私は龍人族の王なんだ」
龍人族の国はこの国が簡単に消し飛ぶくらいの大国だと、この大陸の者はみな知っている。
「その私を怒らせたらどんなことが起こるか。分かるよね?」
そう言ってキリアンはマークを見て、マークの家族を見て、周りにいる村人を見て……最後にエレンを見た。
そうして家族との別れもおざなりなまま、キリアンの馬車に乗せられた。
馬車には何だかいい匂いのお香のようなものが焚かれていて、そこからはマークの記憶は曖昧だ。
しばらくすると何だか気持ち良くなってきて、まるで酒に酔ったようになった。
馬車の中ではずっとキリアンの膝の上にいて、記憶は途切れ途切れで意識は朦朧としていた。
ずっと淫らな夢を見ていて、目覚めたときは声が枯れていた。
そうして気が付けば、龍人国の王宮の豪奢なベッドの上にいた。
毎夜キリアンはマークを抱いた。
それは丁寧に。
大切に。
マークが気に入りそうな物を世界中から集め、それに彼が喜んだり、驚いたりするのを至上の喜びとした。
豪華な衣装で彼を着飾り、共に美食を楽しむ。
初めは恐れ多いと尻込みしていたマークもキリアンが全力で与えてくれる愛に次第にほだされていった。
龍人国で絶対的な権力を持ち、みんなが頭を下げるキリアンに、ここまで愛されていたら男同士だという忌避感も徐々に薄くなっていった。




