01 居場所のない番
「キリアン。それは悪手だ。一度失った信頼を取り戻すのは難しいぞ」
キリアンは龍人族の王だった。
強靭な肉体を持ち、優れた執政能力を使って広大な龍人王国を治める王だった。
つい1年前、彼は番を得た。
「王配陛下は人間だ。龍人族のように番を認識する能力はない。番のお前が何をしたって許してくれる訳じゃないんだぞ」
キリアンの魂の伴侶、番のマークは19才になる人間の青年だった。
人間であっても、男であってもキリアンの愛は彼にだけ。
「問題ない。すぐに決着をつけるし、愛する番にはきちんと詫びを入れる。あの子のためにプレゼントも用意してある」
「プレゼントって……! あのつつましい子にそんなもの…」
「宮殿の南の庭を潰して田舎の農家風の家を建てさせ、畑も作らせるつもりなんだ」
キリアンは満足気に笑った。
「それは……まぁ喜ぶかもしれないが…王宮の中じゃ居心地悪そうにしていたし」
マークは人間の国に住む、農民の青年だった。
たまたま人間の国を通りかかったキリアンが龍人族の本能で自分の番だと感知したのだ。
肉親に金を積み、そのまま龍人国に連れ帰ったのが1年前。
慣れない王宮生活に戸惑い、ふさぎ込む事も多かったが、最近ようやく落ち着いてきていた。
「だが、お前のその態度。すごく傷ついた顔をしていたぞ」
「…私も胸が痛む。だが仕方ない」
「……せめてどうしてそんな態度を取るか、理由を少しでも話してやれよ」
「あの素直な子に腹芸は無理だ。態度に出てあの女にすぐばれる」
「だが……」
「話しは終わりだカイン。仕事に戻れ」
カインはキリアンの乳兄弟で幼馴染。
平均寿命500才の龍人族で60才になった現在、側近として仕えていた。
幼馴染としてキリアンに苦言を呈していたが、キリアンは『王』に戻ってしまった。
「承知いたしました陛下」
カインも王に仕える側近の立場に戻るしかなかった。
「あぁ臭い、臭い。人間臭い」
バサバサとシーツをふりながら、二人の侍女が王宮の廊下で話していた。
「あはは。人間臭いってどんな匂いよ」
「陛下に媚びて、王宮の財宝を漁る、下等なドブネズミの匂いよ」
「違いない。人間って身体も弱いし寿命も短いし、どうしてあんなのを王配陛下としてあがめなきゃいけないのかしら」
「本当に陛下がお可哀想。長年探しておられた魂の番が人間だなんて、どんな神の試練なのかしら」
「あたしだったら死にたくなる~~ってその前にその人間、くびり殺してしまうかも」
「そうよねぇ。……でも最近、陛下も思い直されたみたいよ」
「らしいよね! 建国祭の夜会でのパートナーはマリアンネ様にするって言うじゃない?」
「あの人間が来るまでは王妃候補でいらした、あのバーナー侯爵家のマリアンネ様よね?」
「そうそう。龍人族として由緒正しき筆頭侯爵家のご令嬢で、お美しい方なのよね」
「あの方が陛下の伴侶になって下さったら良かったのに~~」
「近々そうなるかもよ?」
「え?」
「最近、陛下の午後のお茶のお相手はマリアンネ様らしいし、マリアンネ様はあの人間のマナー講師のおひとりとして王宮にお部屋をお持ちでしょ? そのお部屋にも陛下はよくお訪ねになるらしいのよ」
「へぇえ~」
「それにね。これは内緒だけど……陛下の寝室担当の侍女の話によると……アレをした形跡がないんだって」
「アレってアレ?」
「そうアレ。最近陛下はあの人間をベッドに呼んでないってことよ」
「そして、陛下はマリアンネ様の部屋には通われていると…」
「そう。つまりそういう事なのよ」
キャーキャーと喜声を上げながら廊下から消えていく侍女たちを、柱の影から見送る青年がいた。
この龍人国の王、キリアンの番である王配のマークだ。
赤みかかった茶髪にこげ茶色の瞳。
元農民だったため日焼けがやや残った浅黒い肌に、細身の身体。
呆然と立ち尽くすその顔は、色を失っていた。
そこに一人の女官が走ってきて怒鳴りつける。
「王配陛下! 勝手に部屋から出ないで下さいって、あれほど言ったじゃないですか!」
「……ごめん」
「全く……手間をかけさせないで下さい! 叱られるのは私なんですからね!」
『さぁ戻りますよ』と言って女官は乱暴にマークの肩をこつく。
夜会や茶会での貴族たちの態度、女官や侍女たちの態度、何よりキリアンの自分への扱い。
部屋に閉じ込められていても薄々感じていたが、これでようやくマークは納得がいった。
王の番、絶対的な伴侶などと言われていても、周りの者たちからはずっと蔑まれていた。
それに耐え、早くこの国の慣習に慣れてキリアンの愛に応えようと努力してきた。
その熱烈で献身的なキリアンの愛のために……。
だが、実際は――――
「なんとあっけないのだろう」
その愛を失えば、自分はもう無用の者なのだ。
ここに居場所などないのだ。




