第8話「王城を凌ぐログハウス」
澄み切った青空の下、死の森の奥深くに佇むログハウスは、周囲の自然と完全に調和しながらも、圧倒的な存在感を放っていた。
外壁の木材は時間が経つにつれて深い飴色へと変化し、太陽の光を吸い込んで温かな光沢を帯びている。
ソウタは建物の裏手に回り、地面に手のひらを当てた。
食料や素材を長期保存するための、巨大な地下室を作るためだ。
意識を地下の土壌へと向け、万能クラフトの魔力を流し込む。
青い光が波紋のように地面を突き抜け、地下の土砂が凝縮されていく感覚が指先を通して伝わってくる。
空間を確保するために土を四方へ押しやり、同時に岩盤を削り出して滑らかな石の壁面を形成する。
一切の音を立てることなく、地下数メートルの位置に広大な空間が作り出された。
ソウタは新たに作り出した木の扉を開け、石造りの階段を降りていく。
ひんやりとした空気が肌を撫で、外界の熱を完全に遮断していることがわかる。
壁面の一定の間隔に窪みを作り、森で採取した冷気を放つ氷の魔石をはめ込んだ。
魔石から薄青い冷気が流れ出し、地下室全体の温度が急速に下がっていく。
『これなら、肉や野菜をどれだけ置いても腐ることはないな』
ソウタは満足げに頷き、氷の魔石の冷気を循環させるための通風孔を壁に刻み込んだ。
完璧な冷蔵・熟成庫の完成だ。
保存庫ができたとなれば、次にするべきことは一つしかない。
大量の食材の確保だ。
ソウタはナイフを腰に差し、シロとルナを連れて結界の外へと足を踏み出した。
森の空気は相変わらず重く淀んでいるが、もふもふたちと歩く道程に恐怖は微塵もない。
シロが鼻先を地面に擦り付け、微かな匂いを辿って先行する。
その後をルナが優雅な足取りで続き、周囲の気配を複数の尾の揺らぎで感知している。
しばらく進むと、シロが足を止め、低い姿勢をとって茂みの奥を睨みつけた。
ソウタも息を潜め、視線の先を見透かす。
巨大な木の根元で、巨大な猪の魔獣が地面を掘り返していた。
全身を硬い泥と岩の鎧で覆い、先端が鋭く尖った二本の牙が天を突くように伸びている。
一般的な騎士団が数人がかりで討伐するような凶悪な個体だ。
しかし、ソウタがナイフに手をかけるよりも早く、もふもふたちが動いた。
シロの青い瞳が冷たい光を放った瞬間、猪の足元の地面が急速に凍結し、分厚い氷が四肢を完全に拘束する。
猪が驚愕の声を上げる間もなく、ルナの複数の尾が黄金色の光の粒子を撒き散らした。
光の粒子は猪の視界を奪い、方向感覚を完全に狂わせる。
身動きが取れず、視界も奪われた猪の首元へ、ソウタが滑り込むように接近した。
神話級の切れ味を持つナイフが、一切の抵抗なく分厚い岩の鎧と硬い皮膚を切り裂く。
刃は吸い込まれるように喉元へ滑り込み、悲鳴を上げる間も与えずに太い血管を両断した。
猪は声すら上げることなく、地面に崩れ落ちて事切れた。
『二匹とも、すごい連携だな。助かったよ』
ソウタはナイフの血糊を葉で拭き取り、もふもふたちの頭を撫でた。
彼らは強大な魔力を一切無駄にせず、ただ主人の狩りを手伝うための最適な行動を選択していた。
ソウタは倒れた猪に手をかざし、万能クラフトを発動させる。
青い光が巨体を包み込み、毛皮、内臓、骨、そして鮮度を保ったままの赤身肉が、部位ごとに綺麗に切り分けられていく。
それらを革袋に詰め込み、拠点へと帰還した。
◆ ◆ ◆
夜の帳が降り、ログハウスの中は暖炉の炎が落とすオレンジ色の光に満たされていた。
ソウタは地下室で数日間熟成させた猪の肉を厚く切り出し、熱した鉄板の上に乗せる。
肉の表面が高温の鉄板に触れた瞬間、透明な脂が弾け飛ぶ。
暴力的なまでに香ばしい匂いが、白い煙となって一気に立ち上った。
表面がこんがりと焼け焦げ、内側には赤い肉汁が閉じ込められていく。
塩と胡椒だけのシンプルな味付けだが、素材の暴力的なまでの旨味が匂いだけで伝わってくる。
木のお皿に分厚いステーキを盛り付け、シロとルナの前に置いた。
二匹は行儀良くお座りをして待っていたが、皿が置かれた瞬間に瞳の色が変わる。
シロが鋭い歯で肉に噛み付くと、閉じ込められていた熱い肉汁が口いっぱいに弾け飛んだ。
ルナも上品さを忘れたように肉に食らいつき、喉の奥を鳴らしながら夢中で咀嚼している。
ソウタも自身の皿から肉を切り分け、口に運ぶ。
噛み締めるたびに、濃厚な旨味と甘い脂が舌の上で溶け合い、脳髄を痺れさせるような快感が押し寄せてきた。
『やっぱり、自分で狩って作った飯は最高だな』
ソウタは食後の果実水を飲み干し、深く椅子に背中を預けた。
暖炉の火の温もりと、満腹になったもふもふたちが足元で丸くなる重み。
外の死の森の静寂が、結界の内側の絶対的な安全と快適さをさらに際立たせている。
王城の貴族たちすら味わえないであろう、極上のスローライフがここにあった。




